しん、と静まり返る場。
この言葉を貰って喜ばなかった者は存在しないと声高に言う男は、この国の貴族に準じる立場にある「人間」だった。
しん、と静まり返る場。
この言葉を貰って喜ばなかった者は存在しないと声高に言う男は、この国の貴族に準じる立場にある「人間」だった。
おいこら代金を支払え。
こちとら能力(これ)で生活してるんでね、ボランティアです、だなんてタダで技術を散蒔く優しい偽善者サマごっこをするつもりはこれっぽっちも無いぞ?
その気性も実に良いな、発言たるや余の思想と通ずるものがある。
良い、いくら欲しい。許可しよう。
……どこまで傲慢なんだこの男は。
キラキラと年甲斐もなく輝かせている瞳を無視して、指先で机を二回ほど叩く。
トントン、という音がまたも静まった部屋に響いた。
1オーダー5000リンドと書いてあるだろう。
庶民の言葉を理解出来んほどに天上人として生きてきたのか貴様は。
良くわかっておるではないか!
わかりやすい嫌味だ、気付け馬鹿者。
5000リンドであるな、と納得したかのように頷き、ギラギラと光る、なんともまあ風情も情緒もない金色の財布を取り出したこの男は見せびらかすように中身の紙幣をちらつかせた。
ふふん、という声が聞こえてくるようなその表情で、値段表をまじまじと眺める。
かと思えば、美しく整えられている眉を大きく歪めて、値段と俺の顔を交互に見合わせた。
うん?貴様こそ盲目かコヤギよ。
2500リンドと書いておるではないか。
きょとん、とした表情、といえば伝わるだろうか。
間抜けた顔で値段の表記が違うと主張する。
ああなるほど、なるほどである。
こいつは良くも悪くもそう、
馬鹿め。今更気付いたか。
お前の頭には蟹味噌でも入っているのか?
何も考えずに生きてきたのだろうな、さぞ人生は楽しかったろう?
正規の値段がわかったのならそこに金を置いて帰れ。
蟹味噌は余の好みではないな。
……なるほど「悪意を持った悪意ほど伝わらない」。
俺と一生相容れない人間だろう。
金持ちであったのだけが口惜しい。顧客に入れたいリストから永久追放だ、いやむしろブラックリスト入りだ。
……ええい、金を払え!金を!
良いだろう、受け取れコヤギよ。
余を楽しませた褒美だ!
耳障りな高笑い。
一頻り笑い終えると、直接俺の手に金を握らせた奴はムカつくほどに満足そうな、ここに来て一番の笑顔を見せた。
握らされた手を解くと、そこにはボッタくり値段の倍である1万リンドが顔をのぞかせる。
驚かないわけはない。
踵を返して去ろうとする、ブラックリスト入りの男に思わず叫んでしまった。
おい!
なんだ?まだ足りんと?
多いんだよ、250‥‥5000リンドと言っただろう。
何、余を楽しませた礼だ。
笑う。
悪意を知らない男は笑う。
何故か悔しくてたまらない。
……お客さん、名前は?
良い。余の名を知る権利を与える。
余はスーラジ・スーリヤ。余こそ太陽、太陽こそ余である。
続いてコヤギ、貴様の名を我が脳に刻むことを許可する。名乗るがいい。
太陽、とはまた大きく出たものだ。
お前の名前を知って俺がどうこうするつもりはない。
が、その「スーリヤ」という名に様々なものが引っかかる。
俺の記憶でないことは確かであるが、「探せば引っかかる」だろう。
嫌だ。
拒否は認めぬ。
不許可だコヤギ。
……エジリオ・サボリー…………。
ふふ、ふはははは!
気に入ったぞエジリオ・サボリー!
良い、改めて余の下僕となることを許可しよう。
エラいものに名前を知られたもんだ。
はぁ、とため息をつく俺を見向きをせず、男は店を去っていった。