呼びかけをしても誰も出てこない。
玄関に置いておいたはずのフォーチュンも
見当たらない。

これはいったいどういうこと?
 
 

トーヤ

ふたりとも、
どこへいったんだろう?

クロード

前金を払ったんですよね?
もしかしたらフォーチュンも一緒に
持ち逃げされたんじゃ……。

トーヤ

そんなのっ、絶対にないよ!
僕にはあのふたりが悪人だなんて
絶対に思えないもんっ!

 
 
ニーレさんやエルムくんが
そんなひどいことをするわけないッ!!!


だってもし悪人だったら、
あんな透き通った瞳ができるはずないもん。
穏やかな空気を醸し出せるとは思えないもん。
 
 
 
 
 

 
 

エルム

あっ、トーヤ様!
お帰りなさいませっ!

 
 
その時、奥の部屋のドアが開いて
エルムくんが廊下に出てきた。

そして僕たちの姿に気付くと
さっきと変わらぬ無垢な笑顔を見せて
こちらに歩み寄ってくる。
 
 

トーヤ

エルムくん!

エルム

すみません、お出迎えできなくて。
部屋の片付けを
していたものですから。

トーヤ

部屋の片付け?

エルム

あっ!? い、いえっ、
なんでもないですっ!

カレン

っ?

エルム

皆様、靴はここでお脱ぎください。
すぐにブラシで
手入れをしておきます。

カレン

ニーレさんは?

エルム

買い物に行きました。

トーヤ

エルムくん、ここに置いておいた
フォーチュン――えっと、
棒のようなものを知らない?

エルム

それならお部屋に
運んでおきました。
……まずかったですか?

トーヤ

ううん、見当たらなかったから
聞いたんだ。
運んでくれてアリガトね。

 
 
そういうことだったのかと僕は状況を理解した。

やっぱり彼らが盗みを働いたり
他人を騙したりするはずがないよ。


むしろ気を利かせて
部屋へ運んでくれているって考えた方が
自然だよね。
 
 

エルム

あの、お部屋なんですけど
もう一部屋は準備するのに
あと少し時間がかかるんです。
お待ちいただいても……。

トーヤ

それならさっきの部屋で
待たせてもらうよ。
座って過ごすのなら
充分な広さがあるしね。

エルム

では、すぐにお茶を――

カレン

エルム、待ちなさい。

 
 
キッチンへ向かおうとするエルムくんを
カレンは引き留めた。
腕を掴み、厳しい顔つきで睨み付けている。

どうしたんだろう?
 
 

カレン

あなたたち姉弟、
私たちに何か隠しているわね?
正直に話しなさい。

エルム

っ!?

カレン

部屋の片付けをしてたって
どういうこと?
それって追加でお願いした
もう一部屋の方のことよね?

エルム

は……はい……。

カレン

私たちがここを出てから
結構な時間が経っているのに、
なぜ準備が終わらないの?

エルム

あ……う……。

 
 
カレンの追求に、
エルムくんは焦った表情で口ごもった。


――確かにカレンの言うことはもっともだ。

もし片付けをしている部屋の広さが
さっき案内された部屋と同等だと仮定すると
時間がかかり過ぎかも。


そういえば、ニーレさんもエルムくんも
態度が少しよそよそしかったような気もする。
 
 

カレン

ニーレさんの買い物だって、
食事の材料の買い出しだとしたら
時間がかかりすぎじゃない?

エルム

…………。

エルム

実は……片付けているのは
僕と姉の生活している
部屋なんです。

ライカ

どういうことですか?

エルム

民宿と言っても規模は小さくて、
客間は一部屋しかないんです。
何部屋も用意できるほど
人手も経済的余裕もないですから。

エルム

だから皆様に二部屋ご提供するには
僕たちの部屋を
使っていただくしかなくて……。

サララ

そうなんですかぁ。

エルム

客間用の布団も4つしかなくて、
さっき姉が1つ借りてきて。
そのあとに買い物へ……。

トーヤ

あの広さだと、
確かに4人が限界だろうな。
だから僕たちが
5人だって言った時に
慌てていたのかぁ……。

クロード

待ってください。
それじゃ、今夜あなたたちは
どこで寝るつもりだったんです?

エルム

廊下とかキッチンとか、
スペースはありますから。

 
 
エルムくんはやや伏し目がちになって、
頬を指で掻きながら苦笑いをした。

でも廊下やキッチンで寝るなんて
簡単に言うけど、
それじゃゆっくり休めないだろうに……。
 
 

カレン

あんたたち姉弟は、
そこまでして私たちを……。

エルム

うちはこんな感じなので
泊まってくれるお客さんが
あまりいないんです。
だから生活も苦しいし。

エルム

皆さんは二週間ぶりの
お客さんなんです。
もし泊まってもらえなかったら
次はいつお客さんが来るか
分かりませんし……。

 
 
 
 
 

カレン

おバカっ!

 
 
 
 
 

エルム

痛っ!

 
 
カレンは眉を吊り上げながら
不意にエルムくんの頭をチョップした。
容赦ない勢いで、見るからに痛そう……。

すると叩かれたエルムくんは
少し怯えながら涙目になっている。
 
 

カレン

ニーレさんもバカよ。
なんでそういうことを
ハッキリ言わないのっ?
言ってくれれば手伝ったのに!

エルム

えっ?

カレン

……でもこれであんたたちが
どんな人なのか、
深く分かったような気がするわ。

 
 
いつも患者さんや僕たちに向ける
慈愛に満ちた笑顔。
カレンはすっかり優しい瞳になっていた。

つまりエルムくんへの疑念が
なくなったってことなんだろう。
 
 

カレン

優しすぎるのよ、エルムたちは。
でもそれってどことなくトーヤに
似ている気がする。

カレン

だからこそトーヤは本能的に
ふたりの心を感じ取って
警戒心を抱かなかったのよね?

トーヤ

ただ単に僕は
ニーレさんやエルムくんを見て
信用できるって思っただけだよ。

カレン

そっか……。

ライカ

ふふっ、トーヤさんらしいですね。

サララ

ですですっ!

クロード

では、私たちも彼の手伝いを
一緒にしましょうか。

カレン

クロードもたまにはいいこと
言うじゃない。

エルム

あのっ、お客さんに
そんなことをさせるわけにはっ!

トーヤ

僕たちはやりたくてやるだけだよ。
いや、やらせてほしいんだ。
みんなでやれば早く終わるし。

カレン

力を合わせましょう!

エルム

皆さん……う……ぐ……。

 
 
エルムくんはこぼれ落ちる涙を
手で何度も拭っていた。

それからしばらくして顔を上げた時、
そこにあったのは
花が咲いたように明るい満面の笑みだった。
 
 

エルム

ではっ、お願いしますっ!

 
 
その後、
僕たちは協力して部屋の片付けをしたのだった。

やっぱりみんなでやれば早く終わるねっ♪
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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