僕とカレンはニーレさんの案内で
居住区にあるという民宿へ向かった。


居住区は建物が雑多に密集していて、
ほとんどが集合住宅になっている。
また、中には壁を削って作った穴を利用した
住居もある。

狭い路地ではたくさんの住民が行き交い、
井戸端会議をしているおばさんたちや
元気に走り回る子どもたちの姿が見られた。


そんな中を進んでいき、
やがてニーレさんは一軒の建物の前で
立ち止まった。
 
 

ニーレ

こちらがうちの民宿です。

トーヤ

普通の民家だね。

カレン

でもこれは普通と言うには、
汚れや傷みが目立ってるわね。

ニーレ

あはは、古い建物ですから
それは仕方がありません。
でもお部屋はきれいにしているので
ご安心ください。

 
 
僕たちはニーレさんに促され、
建物の中へ足を踏み入れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
中へ入ると、
廊下では僕より年下っぽい感じの子が
雑巾で拭き掃除をしていた。

こちらに気が付くと手を止め、
ニコニコと愛想良く微笑みながら
深くお辞儀をしてくる。
 
 

エルム

いらっしゃいませっ!

ニーレ

あの子は弟のエルムです。

トーヤ

こんにちは。僕はトーヤ。

カレン

カレンよ。

エルム

トーヤ様とカレン様ですね?
こちらで靴をお脱ぎください。
ブラシで埃を落としておきます。

 
 
エルムくんは玄関に素速くスリッパを並べ、
下駄箱から年期の入った
靴磨き用のブラシを取り出した。

そしてスリッパの横に正座をして
僕たちが靴を脱ぐのを待っている。
 
 

カレン

で、でもまだ泊まると
決めたわけじゃないのに、
そんなことしてもらうのは
悪いわよ……。

ニーレ

いいんですよ。
これはサービスですので。

エルム

さぁ、遠慮なさらずに!

トーヤ

じゃ、エルムくん。
お願いするね。

エルム

はいっ!
屋内ではこちらのスリッパを
ご利用ください。

 
 
僕たちは靴を脱ぎ、民宿の中へ入った。

するとすぐにエルムくんは
靴磨きを始めたみたい。
ザッザッという音が聞こえてくるから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
一方、僕たちは奥にある部屋へ通された。
そこには草を編んで作った床板が
一面に敷かれている。


――草のいい匂いがしてなんだか落ち着く。


きっとこの草には
精神を安定させる効果のある成分が
含まれているんだろうなぁ。

それが揮発して、香りが漂っているんだと思う。
 
 

カレン

思ったよりきれいな部屋ね。
建物の外観を見た時には
ちょっと不安だったんだけど。

トーヤ

でもベッドがないね?

ニーレ

ここに布団を敷くんです。
夕食のあとにご用意します。
お疲れならすぐにご用意しますが。

トーヤ

ねぇ、カレン。
ここに泊まってもいいよね?

カレン

そうねぇ……。
無登録ってところ以外は
問題なさそうだけど。

カレン

この状態なら
最終的な判断はトーヤに任せるわ。

 
 
カレンがそう言うってことは、
ここでいいよって意味だ。

もちろん、僕はカレンさえオーケーなら
ここに泊まろうって最初から決めていたから、
ニーレさんに対して正式に返事をする。
 
 

トーヤ

ニーレさん、
お世話になってもいいですか?

ニーレ

あ、ありがとうございますっ!

トーヤ

それで相談なんですけど、
僕たち全部で5人いるんです。
もう一部屋用意できますか?
ここに5人だとさすがに狭いですし。

ニーレ

えっ? 5名様だったんですか?

ニーレ

あ……はっ、はいっ!
多少のお時間をいただければ
ご用意しますっ!

 
 
ニーレさんは少し慌てているみたいだった。

きっと旅をしているのは僕とカレンだけだと
思っていたんだろうなぁ。


最初に人数を伝えておけば良かったかな……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

トーヤ

じゃ、部屋の準備をお願いします。
僕たちは残りの3人を
連れてきます。

ニーレ

あのっ!

 
 
建物を出ようとすると、
ニーレさんは僕たちを呼び止めた。
表情を見ると、なんか眉を曇らせている。

どうしたんだろう?
何か気になることでもあるのかな?
 
 

ニーレ

申し上げにくいことなのですが、
5人分の宿泊費の
半分で構いませんので
前金でいただけますか?

トーヤ

分かりました。
そうすると前金は
2500ルバーですね?

 
 
なるほど、キャンセル料みたいなものか。

ニーレさんの立場なら
もし僕たちがこのままいなくなっちゃったら
困るもんね。


僕は懐からお金を取り出し、彼女に手渡した。
 
 

ニーレ

確かに受け取りました。
よろしければ荷物はここに
置いていっていただいても
構いませんよ?

カレン

さすがにそれは――

トーヤ

じゃ、フォーチュンだけ
置かせてもらおうかな。
町の中では使わないだろうし。

カレン

もぉ……
トーヤは無警戒すぎるよぉ……。

 
 

 
 
僕は玄関の隅にフォーチュンを立てかけた。
そしてエルムくんが手入れをしてくれた
靴を履いて民宿を出る。


――うん、丁寧に靴の汚れが落としてある。

手際よくこれだけの仕事が出来るなんて
エルムくんはすごいなぁ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その後、僕とカレンは市場の散策をしながら
約束の時間まで過ごした。

そして待ち合わせ場所に着くと
すでにクロードたちの姿がそこにはあって
僕たちは無事に合流を果たす。
 
 

トーヤ

クロード、何か情報は掴めた?

クロード

えぇ、もちろん。
リム様は居住区にある施療院で
医師をなさっているそうです。

ライカ

場所も判明しています。
明日に揃って行きましょう。

サララ

トーヤくんたちはどうです?
宿は見つかりました?

トーヤ

うん、中心地の宿は
どこも満室だったんだけど、
いい民宿を見つけられたよ。

クロード

へぇ、それは楽しみですねぇ。

カレン

あまり期待しすぎないでね。

 

カレンは苦笑いをしていた。 
だけどきっとクロードたちは
ニーレさんの民宿を気に入ってくれると思う。

こうして僕たちは民宿へ移動した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
建物の中に入ると、そこは静まり返っていた。

誰もいないような雰囲気で、
屋内の空気にも流れが感じられない。
 
 

トーヤ

戻りましたぁ!
ニーレさーん! エルムくーん!

カレン

トーヤ! ここに置いてあった
フォーチュンがないわよっ!

トーヤ

えっ!?

 
 
カレンの慌てた声を聞き、
僕はフォーチュンを置いた場所を見た。

するとそこにあったはずの
フォーチュンが確かに見当たらない。
周りを見てもそれらしき姿はない。


いや、そもそもあんなに大きいものが
勝手に動くなんて考えられないよね……。
 
 

カレン

私、嫌な予感がするんだけど……。

 
 
これはいったいどういうことなんだろう?

それにニーレさんやエルムくんは
どこへ行っちゃったのかな……。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第111幕 民宿の健気な少年

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