外との出入口を出発してから3日後、
僕たちは地底都市アンカーへ到着した。

上には空がなくて
どこまでも岩盤が続いているだけ。
だから気分的には少し圧迫感がある。


でも実態としては、王城規模の建物でも
すっぽり入ってしまうくらいに
高さがあるんだよね。

町も王都に負けないくらいに広いし、
住民や商人の姿も同じくらいに多い。
すごく活気がある。



こんな広大な空間が地下深くにあるんだから
本当に驚きだよ……。
 
 

トーヤ

ここが地底都市アンカーかぁ。
こんなに大きな町が
地底にあるなんてビックリだなぁ。

カレン

家もたくさんあるし、
市場も活気があるわね。

サララ

あのあの、私、
気になることがあるんですけどぉ。

ライカ

どうしたんですか?

サララ

なんかゴブリンとかコボルトとか
普通に街の中を歩いてますよね?

トーヤ

えっ?

 
 
よく見てみると、
確かにサララの言う通り
あちこちに彼らの姿がある。

でも誰も気にしている様子がないなぁ。
追い払わなくていいのかな……。
 
 

クロード

ご安心ください。
彼らは雇われて
鉱山で働いているのですよ。
各地の鉱山でも見られる光景です。

トーヤ

そうなの?

クロード

穴掘りに関しては、
彼らの方が得意ですからね。
最適任はドワーフなんですけど
彼らと私たち魔族は
種族間の仲が悪いですから。

カレン

ドワーフって頑固で閉鎖的で、
しかも無愛想なのよね。
だから私たち魔族だけじゃなくて
エルフ族とも仲が悪いでしょ?

ライカ

ですよね。
私もあまり好きではありません。

サララ

私は好きでも嫌いでもないです。

トーヤ

僕は種族が違うってだけで
対立はしたくないなぁ。
きっとアレスくんだって
そう言うだろうし。

カレン

ホント、トーヤって呆れるくらいに
アレスくんを慕ってるのね。
彼が女子じゃなくてよかったわ。

トーヤ

えっ? アレスくんが女子だったら
何か困ることでもあるの?

カレン

そっ、それは別に……。
ふ、深い意味はないわよ……。

 
 
なぜかカレンは慌てて僕に
そっぽを向けてしまった。


クロードは僕の方をニヤニヤ見ているし、
ライカさんはなんか苦笑しているみたい。

サララは当惑混じりに微笑んでる。
 
 

ライカ

さて、このあとはどうしましょう?
宿を探すのは当然として、
リムさんの情報集めや
買い物をしてもいいですよね。

サララ

手分けをすれば効率いいですよ。

トーヤ

そうかもね。

カレン

商人ギルドで情報を集めるなら
クロードがいないとダメよね。

クロード

では、私とトーヤがふたりで
商人ギルドへ――

 
 
クロードがそこまで言ったところで
カレンが僕とクロードの間に入った。

そして彼をすごい剣幕で睨み付ける。


その迫力は思わず震えちゃうくらいに怖い。
 
 
 
 
 

カレン

それは絶ッ対にダメっ!
トーヤが不良になっちゃうでしょ!
ノースエンドでのことを
忘れたとは言わせないわよ?

 
 
 
 
 

クロード

うぐ……。

カレン

宿探しは私とトーヤでやるから。
いいわねっ?

クロード

は……はぃ……。

カレン

情報収集はクロードと
ライカさんとサララに
お任せします。

ライカ

はい、承知しました。

サララ

分かりましたっ!

カレン

そうね、5時間後に
中央広場で落ち合いましょう。

 
 
こうしてこの場はカレンが勝手に仕切り、
僕とカレンは宿を探すことになった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
まずは町の中心付近から見て回る。

やっぱり中心に近い場所の宿の方が
どの方向にも動きやすいもんね。
 
 

カレン

ふふ~ん、ふ~んっ♪

 
 
隣を歩くカレンはニッコリしながら
自然と鼻唄を漏らしていた。

その雰囲気やしっかり握られている
僕の手を通じて、
浮かれている感じなのが伝わってくる。


それにしても温かくて柔らかい手だなぁ。
 
 

トーヤ

カレン、随分とご機嫌だね?

カレン

っ!?

カレン

き、気のせいなんじゃない?
そんなことより早く宿を見つけて
市場を散歩しましょう。

カレン

貴重な薬草やキノコなんかを
売ってるかもしれないわよ?

トーヤ

わぁっ、そうだねっ!
行こう行こうっ!

 
 
そういえばゆっくり薬草を見られるのって
すごく久しぶりだ。

地底都市での成育環境に適応した植物や
貴重な薬石なんかがきっとあると思う。
見て回るのが楽しみだなぁ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
でも気楽な気分だったのは、最初だけだった。

なぜなら訪ねた宿の全てが満室だったから。
一部屋だけでも、
大部屋でもいいって条件にしてもダメ。


こんなに混んでいるなんて、困ったなぁ……。
 
 

トーヤ

はぁ……。

カレン

これで5軒目ね。
みんな満室だなんて……。

トーヤ

最悪の場合、
野宿も覚悟しておかないとね。

カレン

でも町の中心地から離れれば
きっと空いている宿があるわよ。

トーヤ

そうだね。次へ行こう。

 
 

 
 
僕たちが郊外へ向けて
歩き出そうとした時だった。

路地から僕たちと同い年くらいの
女の子が出てきて声をかけてくる。
 
 

ニーレ

あ、あのっ、
宿をお探しなんですか?

トーヤ

そうだけど。

ニーレ

私の家、民宿をしているんです。
よかったらいかがですか?

トーヤ

そうなの?

ニーレ

料金はおひとり様、
1泊1000ルバーで構いません。
夕食と明日の朝食も付きます。

トーヤ

ホント? すごく安いねっ!

カレン

待って、トーヤ。
ちょっと怪しいわよ。
無警戒に話に乗るのは危険よ。

 
 
カレンは僕の耳元に口を寄せ、
小声で話しかけてくる。

横目でチラリと様子をうかがってみると、
カレンの目つきは鋭くなり、
立ち居振る舞いや空気が張り詰めている。
 
 

ニーレ

立派な部屋ではないですし、
食事だって私が作る粗末なもの。
だけどできる限りのおもてなしは
いたしますっ!

ニーレ

うちは居住区の中にあるので、
滅多にお客さんが来ないんです。
それで市街区にある宿の前で、
泊まれなかったお客さん相手に
客引きをしていて……。

カレン

民宿組合には登録してるの?

ニーレ

ぅ……。そ……それは……。

カレン

口ごもるってことは、
無登録なわけね?

ニーレ

は……はい……。

 
 
女の子は眉を曇らせ、静かに頷いた。

するとそれ見たことかと、
カレンはさらに眼光を鋭くさせて
言葉をたたみかける。
 
 

カレン

つまり食事や衛生面、接客などが
一定の水準に達していない。
あるいは違法なサービスを
提供しているってことでしょ。

ニーレ

違いますっ!
確かに無登録ですっ!
でもそれは組合費が高すぎて
入りたくても入れないんですっ!

カレン

いずれにしても、
もし問題が発生しても自己責任。
それは間違いないでしょ?

カレン

組合登録の宿だと
保障制度があるものね?

ニーレ

…………。

 
 
女の子は下唇を噛み、
無言のまま涙を堪えているようだった。


きっとこれにはわけがあるに違いない。
この子は悪い子じゃない。

そう感じた僕は自分から声をかけてみる。
 
 

トーヤ

ねぇ、キミ。
部屋を見て決めるってことは
できないの?

ニーレ

えっ? もちろん、
見てから決めていただいて
構いませんっ! 

カレン

ちょっとトーヤ!

トーヤ

ダメなら断ればいいだけだよ。
僕は彼女が悪い人には
どうしても思えないんだ。

トーヤ

だってもし僕たちを騙すつもりなら
バカ正直に無登録だなんて
言わないでしょ?

カレン

そ、それは……確かに……。

 
 
僕は女の子の方へ向き直った。
そして笑みを浮かべて手を差し出す。
 
 

トーヤ

僕の名前はトーヤ。よろしく。
こっちの子はカレン。
キミの名前は?

ニーレ

ニーレと申しますっ!

 
 
ニーレさんは僕の手を握り、
嬉しそうにお辞儀をした。
その瞬間、僕はあることに気が付いた。


――それは彼女の手がすごく荒れていたこと。


ある意味、それって働き者の手とも言える。
だけど薬を塗ったり、
手入れをしたりしている様子がまるでない。

そういうことをする余裕がないのか、
それとも気にしない性格なのか……?


いずれにしてもちょっと気になった僕は
このことを心に留めておくことにした。
 
 

トーヤ

じゃ、ニーレさん。
案内してもらえる?

ニーレ

はいっ! こちらへどうぞっ!

 
 
こうして僕とカレンはニーレさんの案内で
民宿へ移動することになったのだった。

どんな宿なんだろうなぁ……。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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