それから数日後、
僕たちはデビルズキャニオンを抜け、
地底都市アンカーへ続く出入口に立っていた。


出入口といっても左右の幅も天井の高さも
王都の城門と変わらないくらいに大きい。
そして緩やかな階段が
地下深くまで果てしなく続いている。

この規模の通路が地下深くまで
続いていると思うと、
アンカーって主要都市規模の大きさなのかも。



ちなみにここの近くには港があって、
そこで物資のやり取りをしているらしい。

産出されたミスリルは船に積まれ、
逆に船で運んできた食糧や道具などが
この出入口から持ち込まれるんだって。


事実、港の方とアンカーを行き来している
旅人や商人の姿も多く見られる。



今まで僕たちが通ってきた
デビルズキャニオン経由の陸路には
ほとんど通行人がいなかったから、
きっと海路経由の経路が主流なんだろうなぁ。
 
 

トーヤ

僕の想像していた以上に
大きな町なんだなぁ……。

カレン

えぇ、北の果てに
こんな大規模な町があるなんて
普通は思わないわよね。

クロード

でも商人であれば
ここの重要度は周知の事実。
そういう方々なら
意外に驚かないかもしれません。

ライカ

私はサンドパーク周辺のことしか
知らないので、
毎日が驚きの連続ですけどね。

カレン

もしかしてアンカーって
副都よりも大きいのかしら?

サララ

カレンちゃんは
副都に行ったことがあるんですか?

カレン

行ったことがあるというか、
私は副都の出身なのよ。

サララ

そうだったんですかぁ!

ライカ

それは初耳ですね。

トーヤ

実家が副都にあって、
ご家族もみんなそっちに
住んでるんだよね?

カレン

まぁね。実家にいい思い出は
あまりないけど……。

 
 
カレンは少し寂しげな瞳で呟いた。


確か以前に聞いた話だと、
ご両親と大ゲンカをして
実家を飛び出してきたも同然だとか。

お兄さんやお姉さんたちとも
あまりソリが合わなかったみたい。
 
 

サララ

では、王都ではひとり暮らしを
していたんですかっ?

カレン

うん、王城の敷地内にある
寮に住んでいたのよ。

トーヤ

僕もそこにいたんだ。
デリンさんが紹介してくれてね。
保証人にもなってくれたんだ。

サララ

ご主人様がっ?
そうだったんですかぁ!
ですよねぇ、
ご主人様って優しいですもんねぇ!

 
 
デリンさんの話をすると
本当にサララは嬉しそうな顔をする。
よっぽど慕っているんだろうなぁ。



ちなみに僕もすごくお世話になってるし、
デリンさんのことが好きだ。

でもそれだけいい人なのに、
なんでサララを破門にしたんだろう?
きっとわけがあるんだよね?


いつか話を聞いて、
できればデリンさんとサララの間を
取り持つことができたらいいな。
 
 

ライカ

アンカーの町に入ったら
まずは宿を確保して、
そのあとリムさんを探しましょう。

クロード

商人ギルドに行けば
きっと手かがりを得られますよ。

トーヤ

クロードは商人ギルドの
組合員証を持ってるの?

クロード

はい、商人ギルドは
ネットワークが確立しているので
どこの町の所属でも使えるんです。
私はサンドパーク組合所属です。

カレン

ポートゲートの商人ギルドでは
セーラさんが王都の組合員証を
掲示して中に入ったのよ。

クロード

そうでしたか。
では、ある程度は
仕組みをご存知だったのですね。

トーヤ

ほんのちょっとだけだよ。
詳しくは知らない。
ほとんどセーラさん任せだったし。

クロード

なるほど……。
では、商人ギルドに関しては
私にお任せください。

カレン

えぇ、クロードは
大商人であるマイルさんの
秘書をしているくらいだから、
交渉関係はお任せするわ。

クロード

恐縮ですっ!

カレン

ちなみにもしセーラさんがいたら、
クロードの出る幕は
なかったでしょうけどっ♪

クロード

ひ、酷いですよっ、カレン様っ!

トーヤ

あははははっ!

 
 
カレンも意地悪だなぁ。
でもなんだかんだで
カレンとクロードって仲がいいんだよね。

だからこそ、
こういうやり取りで笑い合えるのかも。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
出入口から地下へ入って数時間、
僕たちは依然として通路を歩いていた。

どんどん地の底へ向かって進んでいるのは
分かるんだけど、
一向に町の姿は見えてこない。



一本道だから、
道を間違えたってことはないはずだしなぁ。
 
 

トーヤ

まだアンカーへ着かないね……。

クロード

聞いた話ですが、
出入口から町に到達するまで
歩いて3日はかかるそうです。

トーヤ

えぇっ!? そうなのっ?

カレン

じゃ、今夜は野宿ってことね。

クロード

ご安心ください。
通路の途中には一定の間隔で
宿泊所が
設置されているらしいですから。

クロード

まぁ、気温が安定しているので
野宿もそんなに苦には
ならないでしょうけど。

トーヤ

そういえば、
冷え込みが気にならないね。

ライカ

つまりある程度の地下まで
進んでいるという証拠でしょう。

サララ

地下だから
外気の影響が限定的なのですね。

クロード

そういうことです。
地下に町が作られたのも
それが一因なのですよ。

クロード

ミスリルの発掘地域と町を
地下通路で繋ぎ、
それを拡張することで
発展してきたらしいです。

トーヤ

確かに外で暮らすには
厳しい気候だもんね。

 
 
 
 
 

さっさと立てっ!

 
 
 
 
 
不意にどこからか罵声が聞こえてきた。

僕たちは思わず足を止め、
視線が一斉にその声のした方へ向く。



するとそこでは目つきの鋭い青年が
地面に倒れ込んでいる女性に対して
ムチを打っていた。

彼らの周りにはほかにもたくさんの人がいて
地下道整備の工事をしている。
でもそのふたりを誰も気にしていない。
 
 

クロード

奴隷が倒れたようですね……。

トーヤ

奴隷……。

ライカ

ああいう肉体労働には
奴隷が使われることが
多いですから。

サララ

はぅぁ……。

 
 
奴隷の女性は顔色が悪いし、
肌は土埃にまみれている。
ぐったりしていて反応する力もないみたい。

もしかしたら彼女はすでに……。
 
 

奴隷の女性

…………。

奴隷使い

チッ、死にやがった!
――おい、そこの男。
この『汚いもの』を
そこらに埋めておけ!

奴隷の男性

へ、へぃ……。

奴隷使い

ふんっ!

 
 

 
 
奴隷使いはピクリとも動かない女性を
冷たく見下ろしながら足蹴にした。

なんてひどいことをするんだろう。
 
 

奴隷使い

力は弱いし体力もない。
これだから下民は使えん……。

トーヤ

っ!?

 
 
僕は胸が締め付けられた。
ナイフで突き刺されたみたいに痛い。
うまく呼吸ができなくて息苦しい。



悲しい。苦しい。痛い。怖い。



彼女は僕と同じ元・下民――

もし少し運命が違っていたら、
あそこに倒れていたのは
僕だったかもしれないんだ……。



身分制度はなくなったっていうのに、
王都から離れた地域では未だに公然と
こんなことがまかり通っているなんて。


怒りとか悲しみとか、
もう気持ちがグチャグチャだ。

勝手に体が大きく震えてくる。
 
 
 
 
 

 
 
 

トーヤ

えっ?

カレン

トーヤ……。

 
 
不意に僕は背中からカレンに抱きしめられた。
僕の体に回された手には強い力が入っている。



温かくて、柔らかくて、いい匂いがする。

なんだか心の傷が塞がっていくような、
癒されるような感覚――。


次第に体の震えは不思議と収まっていく。
 
 

カレン

世界はすぐには
大きく変わらないけど、
少しずつなら確実に変えていける。

カレン

だから今は進みましょう。
自分たちのできることをして、
想いを広げていこっ。

トーヤ

カレン……。

クロード

さぁ、行きましょう。
道はまだまだ先まで
続いているのですから。
苦しいなら肩を貸しますよ?

トーヤ

クロード……。

サララ

あっ、私もお助けしますっ!
長い時間は無理かもですが。

ライカ

その時は私が交代しますよ。

トーヤ

サララ……ライカさん……。

トーヤ

みんなありがとう。
でももう大丈夫だよ。
宿へ急ごう。

 
 
嬉しくて涙が勝手に溢れてくる。
本当に僕は幸せ者だ。
こんなにも素敵な仲間が一緒なんだから。


だからこそ僕ももっと強くならないと。

そしてみんなを、
たくさんの人を助けていきたい。



――僕はあらためて心の中で誓った。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第109幕 地下へ続く道で……

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