神城 鋭

今日も退屈だなぁ

 そして、日常が戻ってきた。

 神城が三桜との共同体制を組むという話は経済界に激震を与えた。
 これまでどうして成立していなかったのか、おかしいくらい大規模な組織同士の協力である。その理由が神城の因縁である事を知る者は少ないだろう。

 連日連夜大量のメールが送られ、電話も止まらなかったが、それはもう関係ないので割愛する。

 刃を倒したのが悪いのだろう。クラスメイトの中には僕を腫れ物扱いした者もいたが、問答無用で叩き潰してやった。

 未だ水面下では権謀術数よろしく、激動が続いているが、それもまた僕の日常には無関係だ。

 全てが終わった後、表情の明るくなった数少ない人間の一人である雪柳が近寄ってくる。
 問答無用で役立たず扱いして気絶させたにも関わらず雪柳の表情には一切の曇りがない。こいつも大概、大物なのだ。

雪柳 空

神城さん、期末パーティの事なんですが……

 その時、ちょうどポケットの中のスマフォが振動した。
 

神城 鋭

電話だ。ちょっと待て

雪柳 空

あ……はい

 ディスプレを確認する。
 電話をかけてきたのは七篠だった。
 電話来まくっていたので殆どの番号は着拒している。七篠は着拒していない数少ない人間だ。

 仕方ないので電話に出る事にする。

神城 鋭

どうした、七篠。
片付いたのか?

 七篠には刃失脚における全ての面倒事の解決を任せていた。最近は眼も回るような忙しさだったはずだ。
 予想通り、七篠の声には大分疲れが見える。

七篠 明雲

ええ……まぁ。ですが、今回電話をかけたのは別件でして……

 疲れが見えた声。しかし、どこか浮足立った声。
 続きを待つ。

 そして、七篠はまるで自慢するかのような声で言った。

七篠 明雲

例の件、準備ができました。学院の下に既に用意しています

神城 鋭

……

神城 鋭

本当か!?

 それは予想外にいい知らせだった。
 指示を出したのは随分と前だったが、それでもうまくいかない可能性が高いと考えていたので、この忙しいタイミングでそんな報告が来るとは思っていなかった。

 感動に震える僕の声に、雪柳が呆けたように僕を見ている。だが、そちらに気を使っている暇はない。
 久方ぶりに跳ねた心臓の鼓動を静め、冷静さを装って尋ねる。

神城 鋭

それで、それは……いいのか?

七篠 明雲

自信を持っておすすめできます

神城 鋭

褒美は好きに取らせよう

 それだけの価値がある。

七篠 明雲

ありがたき幸せ

 電話を切ると、立ち上がる。鞄を背負い、まだあっけにとられている雪柳に言った。

神城 鋭

雪柳、悪いな。ちょっと用事ができた。
話はまた今度だ

雪柳 空

え……あ……それは、構いませんが……。
一体どこへ?

神城 鋭

そんなの決まっているだろう

 僕が笹宮さんの所に行かずにどこに行くというのだ

 笹宮さんの教室に行くと、既に教室には笹宮さんしかいなかった。

 猫神も既に帰ったのだろう。広々とした教室にはひたすらディスプレイに真剣な表情を向ける天才ストーリーテラーのみがいて、どこか哀愁を感じさせる。

 ぼっちな笹宮さん可哀想。

神城 鋭

さーさみやさん

笹宮 明

……

 世間が大騒ぎしようと、クラスメイトが大騒ぎしようと、神城家が大騒ぎしようと、笹宮さんだけはブレる事がない。

 何故ならば彼女は天才ストーリーテラーだからだ。そして、現実に生きていないからである。

笹宮 明

……

 本来ならば笹宮さんが満足するまで漫画を描かせてあげる所だが、あいにく今日は待っていてあげられない。
 僕はリモコンのスイッチを押し、笹宮さんを称える歌を流して速やかに笹宮さんを覚醒させた。

 笹宮さんが速やかに幻想の世界から現実世界に戻ってくる。
 そして僕の存在に気づくと、顔を真っ赤にした。

笹宮 明

かかか、神城君!
それ、ダメだって言ってるでしょ!

神城 鋭

まーまー笹宮さん。落ち着いて落ち着いて

笹宮 明

だ、誰のせいよッ!!

 讃えられるのが嫌なんて笹宮さん、さすが天才美少女ストーリーテラー! さすが謙虚!

 僕でもちょっと愛のテーマは嫌だけど……。

 ……まぁそれは置いておいて――

神城 鋭

それはそうと、今日は実は笹宮さんにプレゼントがあるんだ

笹宮 明

わ、わかった。わかったから。それはいいからとりあえず、この曲止めてくれる……?

神城 鋭

……

神城 鋭

笹神さまがそう仰せになられるなら……

笹宮 明

な、なんでちょっと嫌そうなのよ……!

 スイッチを押し、曲を止める。
 ようやく笹宮さんの表情が戻った所で本題に入った。

神城 鋭

いやー、ずっと笹宮さんにあげたいと思って探してたんだけど、僕の力を持ってしてもなかなか手に入らなくてさ。今日やっと手に入ったのよ

笹宮 明

??
何の話?

神城 鋭

いや、微力ながら笹宮さんの漫画の一助になればいいと思ってさ……

笹宮 明

???

 笹宮さんが首を傾げる。僕は大仰な動作で指をぱちりと鳴らしてみせた。

 教室の扉ががらりと開く。
 一人の少女が入ってくる。それを見て、笹宮さんの顔色が変わった。

??????

……

笹宮 明

え? えええええ? ななななななななななななななな

 病的なまでに白い肌。緋色の瞳に黒髪。その手に持たせた刀は神城で用意したものだが――

神城 鋭

どうよ? カオス・ファンタジアの刀条静にそっくりでしょ?

笹宮 明

え……えええええ……えええええええええええええええええええええ!?

笹宮 明

な、なにこれ? 本当に――そっくり。っていうかそのまま?
え? えええ? 夢? 幻?

 ここまでそっくりの人間を探し出すのには神城の力を全面的に使ってもかなりの時間を要した。
 何しろ、カオスファンタジアは漫画である。二次元と三次元ではなかなか似ているとはならない。

 日本の全ての人間の顔情報を内密に取得し、特殊メイクでどこまで近づけるか、そういう勝負であった。
 七篠も最初は無理だと言っていたが、こうして現物が目の前にあるのだ。
 七篠が自信を持っておすすめできると言った、そういうレベルの――刀条静のそっくりさん

神城 鋭

どうよ?

笹宮 明

ええええええ? どどどど、どこから見つけて来たのよ!?

神城 鋭

どこだっけ?

 僕の問いに、ここ数日笹宮さんに会わせるためにばたばたしていたであろう刀条静のそっくりさんが戸惑いながら答える。

??????

ほ……北海道から来ました

神城 鋭

あー、そうだった。北海道ね。北海道。
カオスファンタジアの舞台は北海道だったんだ

笹宮 明

北海道!?

 笹宮さんがカクカクの動きで椅子から立ち上がり、恥ずかしそうに佇んでいる刀条静……のそっくりさんの周りをぐるぐる回る。その全身を観察している。

笹宮 明

す……凄い……本物!?

神城 鋭

まー……見つけて仕込むのに百億くらいかかってるからね。あ、整形はしてないよ?

??????

ッ!?

笹宮 明

ッ!?

 だが、笹宮さんのこの表情、それだけの価値があったといえる。
 そして、如何に金を掛けた所で、天才美少女ストーリーテラー笹宮さんの描いた漫画じゃなければこれだけのそっくりさん、見つからなかったに違いない。

 事実は小説より奇なり。

 笹宮さんが愕然と呟く。

笹宮 明

か……神城君……あなた、やりすぎよ

??????

私もそう思います……メイクでそっくりになった時にはびっくりしたけど……。
百億……冗談、かな?

神城 鋭

あはははは、その表情見れただけで、笹宮さんの一助になれただけで、とても光栄だよ

笹宮 明

た、確かに凄いとは思うけど……

 気になっているようで、こちらを見ながらもちらちらとリアル刀条静を窺う笹宮さん。
 三次元そっくりさんを得ることにより、笹宮さんはさらなる成長を遂げるであろう。

 満足しながらうんうん頷いていると、指示もしていないのに、教室の扉が再びがらっと開いた。

??????

そろそろ僕の出番ですか?

笹宮 明

…………

笹宮 明

ッ!!!!!?????

??????

ッ!?

神城 鋭

ちょ……まだ出てくるの早いよ

 笹宮さんの書くカオス・ファンタジア。その敵役である牛鬼王……のそっくりさん。
 笹宮さんがそちらに視線を向け、完全にフリーズしている。
 あーあ、せっかくオチに使おうと思っていたのに……

??????

あ……すいません。出番来たら呼んで下さい

神城 鋭

うん。準備できたら呼ぶから

 牛鬼王のそっくりさんが顔をくしゃっとさせて笑うと、扉を器用に閉めて出ていった。
 張本人がいなくなり、数十秒。フリーズから回復した笹宮さんが食って掛かってくる。

笹宮 明

ななな、いいいいいい、今の……何よッ!!??

神城 鋭

いや、もちろん牛鬼王のそっくりさんだけど?
いやー……あれを探すのは本当に苦労したよ

 どちらかというと、かかった百億の費用の大部分はあれを探すのに見つけたものだ。ちなみにメイクはしているが整形はしていないよ? 本物だよ、ほ・ん・も・の。

笹宮 明

どこから見つけてきたのよ……

 やれやれ、そんなのどうでもいいじゃないか。
 僕を戦々恐々と見上げる笹宮さんに、僕は微笑みを向けた。

神城 鋭

そんなのどうでもいいじゃん? 笹宮さんを助けるためだったらなんだってするさ

 何故ならば、笹宮さんは僕の希望だ。

 僕の退屈を解消するのに必須の要素で、事実笹宮さんと出会ったあの日から僕は退屈を感じた事がない。
 感謝はいらない。これは笹宮さんのためだけでなく、僕のためである。

 そして、僕は何時も通り、退屈を解消するために天才美少女ストーリーテラー笹宮さん(貧乳)に、尋ねた。

神城 鋭

そろそろ呼ぶ?
記念撮影でもしたら楽しいんじゃないかな

笹宮 明

話が……通じない

??????

あ、出番っすか?

笹宮 明

ああああああ……えええええ……どう見ても人間じゃな――

 今後、何が起こるとも分からない。
 神城が潰れる可能性だってあるし、笹宮さんの漫画が超展開過ぎて人気が急転落する可能性だってある。

 だが、願わくば……僕にそれを願う事が許されるのならば、僕と笹宮さんの愉快で退屈な日常が続かん事を。

美少女天才ストーリーテラー笹宮さんと僕の愉快で退屈な日々 

END

エピローグ:美少女天才ストーリーテラー笹宮さんと僕の愉快で退屈な日々

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