神城 刃

何を抜かす、この小童

七篠 明雲

神城様……早速喧嘩、売りすぎです

 怒鳴っているわけではない。静かにして底知れぬ力の篭った声に、地味に性格がビビりの七篠が泣きそうな表情をする。

 僕は手っ取り早く事を収めるために、無謀にも現神城当主に陳情しようとした勘違い爺にはっきりと言った。

神城 鋭

先に言っておく。
僕はお前の意見を聞く気は一切ない

神城 刃

なん……だと!?

 合図もなしに、爺の後ろに控えていた兵隊が僕に銃を向ける。
 黒塗りの銃口。その先は僕の急所に向いており、よしんば狙いがそれたところで掃射される可能性が高い。
 僕の身体能力と動体視力を考えてこの距離で全弾避けられるかどうかはかなり賭けになるだろう。

 だが、そんなのは関係ない。神城は暴力では止まらない。

神城 鋭

三桜への協力要請は神城当主たる僕の決定だ。これは何者にも覆せない。
刃、お前は勘違いをしている。僕がここに来たの……お前に選ばせてやるためだよ。
そのために可愛い可愛い孫で現当主の僕がわざわざ来てやったんだ

 刃の対面に腰を掛ける。どうせ撃たれたら命中するのだ、腰をかけていても関係ないし、そもそも逃亡の選択肢はない。神城の挟持が許さない。

 威圧されても銃を向けられても、僕の心臓の鼓動は微塵も乱れていなかった。神城当主は最強の強度を持つ人間、自分で言うのもおこがましいが、心身ともに卓越している。

 僕に勝てるのは笹宮さんだけだ。

 足を組み、刃の方を顎で指して質問した。

神城 鋭

死か服従か、今すぐ選べ。
『旧式』

神城 刃

……

 刃がいなくなれば神城には大きな傷が残るが、人間どうせいずれ死ぬ。僕が立て直せる内にいなくなって貰ったほうがいい。

 神城のトップは二人もいらない。
 僕の意見に従わないのならば捻り潰すだけだ。敵と同じように。

神城 刃

貴様は――

 刃が口を開く。その声には怒りの感情はなかった。
 怒りで萎縮したりはしないという事が分かっているのだろう。

神城 刃

我が神城家の歴史に泥を塗るつもりか?

 とつとつと語る。その言葉にある重さは真実の重さ。
 だが僕は、一切神城刃の言葉に耳を貸すつもりはない。もう結論が出ているのだ。

 お前の言う事は――全て分かっている。理解した上で決定している。だから言葉を聞く意味はない。

神城 刃

我らが一族は開祖の頃より三桜と対立して来た。
戦時に於いても、動乱の中、彼奴らを出し抜くのにどれだけの苦労をしたか。幾度煮え湯を飲まされたか。貴様に分かるか?

三桜は神城の最たる古き記録の頃より記されている――天敵。その存在は我らが遺伝子にすら、魂にすら刻まれておる。

神城 刃

貴様も神城ならば理解できているであろう。
その存在に迎合すると考えただけで――儂は全身八つ裂きにされる程の苦痛を感じる。
大戦中にも感じなかった憎悪を感じる。彼奴らは天敵、儂が唯一潰す事のできなかった――日本の抱える闇そのものだ

 静かな声。瞳の奥に燃える憎悪の炎。
 激動の時代。幾度もの日本の難事を乗り切った冷静沈着、冷酷無比な怪物をして憎悪を感じさせるその存在。

 理性などその前に役に立たない。犬猿の仲などというレベルではない。神城の存在の全てが三桜を憎悪している。

 僕だって三桜に迎合するくらいならうんこ食ったほうがマシだと思っている。だが――

神城 鋭

僕は三桜にあらゆる協力を惜しむつもりはない。
人、技術、金、時間。神城の全力を使って投資するつもりだ

 笹宮さんのためだ。笹宮さんのためならうんこでも食うわ。

 僕の言葉に、刃の様子が初めて変わる。その表情に僅かな、本当に僅かな動揺が浮かぶ。
 如何に経験があろうと、老獪であろうと、同じ一族なのだ。僕の放った言葉が神城にとってどれだけ苦痛なものかわかるだろう。

神城 刃

……鋭、貴様――狂ったか。

神城 鋭

お前は勝手に旧き時代に囚われているがいい。
僕は――先に行くぞ

 そこに活路があるのならばそれがどんな悪路であっても、絶望があったとしても、それに進むに躊躇うつもりはない。
 それこそが神城の挟持であり、神城刃も通ってきた道。 

 言いたい事を言い終え、椅子から立ち上がる。
 僕には老いぼれの相手をしている時間はないのだ。

 立ち上がる僕に、刃が唸るように言った。

神城 刃

考えを変えるつもりはないか

神城 鋭

くどいな。僕の決定は神城の総意だ。
もうお前の時代は終わっている。これからは僕の時代だ

 そして、笹宮さんの時代だ。

七篠 明雲

下らない目的のためになんという壮絶な覚悟を……頭湧いてるんじゃないでしょうか……

 しばらく沈黙し、やがて刃が口を開く。
 その視線は先程からまるでこの光景をその眼に焼き付けるかのように僕の眼を射抜いていた。

神城 刃

鋭。儂は貴様を買っておる
全ての試練に対する渇れることなき覚悟こそが神城の体現よ

神城 刃

だが、全ては早過ぎたようだ

七篠 明雲

やれやれですね……

 刃の言葉を合図に、七篠がその手を懐にいれる。抜き出した時には、その手は拳銃を握っていた。
 銃口が慣れた動作で僕の方に向き、トリガーにその人差し指がかかる。

 七篠の自動式拳銃を含め、六丁の銃火器が僕に向いている。

神城 刃

今代の七篠は優秀だ。行動力があり、知恵を絞り、分を弁えておる。
儂の時代で土台は整えた。貴様こそまともならば此度こそ神城の時代がくると思えたものを

七篠 明雲

光栄です、刃様

 その意見には賛成である。今代の七篠は前代当主よりも優秀だ。僕の与えたミッションを全てこなせる人間をこいつ以外僕は知らない。

 銃口を向けられたまま、僕は微塵も感情を動かさず、刃に言った。

神城 鋭

刃。二つ、いい事教えてやろう。
そいつは優秀だが――臆病者だ

神城 刃

殺せ

 刃の言葉と同時に、一発の銃声が響き渡る。七篠の銃口から白煙が零れた。
 銃声が消え、僕は二つ目の事実を教えてやる。

神城 鋭

そして、二個目。
こいつ、最後に裏切りそうな顔をしていないか?

七篠 明雲

神城様、失礼な……

神城 刃

馬鹿……な……

 至近から、隣からその側頭部に銃弾を受けた刃が愕然と呟く。本来の人間ならば即死である。
 血は出ているが、やはり頭蓋は貫けなかったか。

 二世代前とはいえ、やはり神城の人体は人のそれを大きく超えている。

 機敏な動作で刃に銃口を向け、しかし結局引き金を引かなかった兵隊達をちらりと見る。

神城 鋭

兵隊の方にも撃たせろよ

七篠 明雲

いやいや。
さすがにそこまですれば死んでしまうでしょう

神城 刃

七篠……貴様……

 刃がぐらりと揺れ、絨毯の上に倒れる。
 死んではいない。だが、頭蓋は貫通しなくても脳が揺らされたのだろう。
 僕だったら恐らく同じ事をやられてもなんともないので、やはり肉体性能は僕に遠く及ばないと言える。

神城 鋭

刃。お前のミスは――僕に歯向かうという『試練』に対して、今まで培った信頼や人脈ではなく七篠早雲を使った事だ

 兵隊も七篠の集めた者。刃は確かに大物だが、七篠が集めた忠実な兵隊は刃ではなく七篠に従う。七篠はその程度のタスクを失敗するようなタマではない。

 強いて言うのならば、神城刃は傲慢だったのだろう。
 最初はもちろん苦労もあったのだろうが、長い年月、日本立て直しの功労者と呼ばれ、多くの人間に傅かれて生きてきた。
 敵と呼ばれる者を失って久しかったに違いない。裏切られるという事も、また。

 七篠が相変わらず最後に裏切りそうな笑みで刃を見下ろす。

七篠 明雲

裏切ったなどとおっしゃらないで下さい、刃様。
私は常に――神城当主の味方。
何よりもここで鋭様にお亡くなりになられると、最近苦労してこなしてきた鋭様の無茶振り依頼が全て無駄になってしまう

神城 鋭

七篠、お前、僕がここに入る前に刃は銃弾で殺せないって言ってなかったら刃を撃ってなかっただろ。
この臆病者め

七篠 明雲

……

 本当に性根がびびりなのだ、七篠は。重大な決定をする時に日和る嫌いがある。
 これが七篠じゃなくて東雲だったら、間違いなく刃の命はなかった。尤も、東雲だったら刃の信頼を得ることもできなかっただろうが……

神城 鋭

まぁいい。刃……お前の負けだ

 そして、神城刃を制圧した以上、神城グループに表立って僕に逆らう者はいない。

 頭から血を流し、伏せたまま痙攣している刃を一度見下ろす。

神城 鋭

七篠、行くぞ

七篠 明雲

御心のままに。
刃様はどういたしましょう?

神城 鋭

負け犬は放っておけ。
どうせ勝手に回復するだろう

 一度敗北した以上、刃がしばらく僕に歯向かう事はありえない。
 それは神城のプライドだ。どのような修羅場を経験しようと、長い年月を生きようと変えられない、神城の根本。

 七篠が扉の鍵を開ける。

 僕は、最後にまだ動けない刃の方に宣言した。
 恐らく意識はあるだろう。

神城 鋭

神城刃。
未だ狭い考えに囚われているお前に僕の時代を見せてやるよ

神城 刃

新たな時代……か……。
この様じゃ老いぼれと罵られてもしようがない、か……

 扉が閉まるその寸前、刃の呻くような声が聞こえた。

神城 刃

歳を取った……か

 新たな時代……笹宮さんの時代だ

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