―――この時代が動く決戦に、俺が所属するディガン傭兵団は【聖ファラール国】に加担する事にした。

俺がこの傭兵団に入団したのは三年前。目を覚ますと、むさっ苦しいほどに髭を生やしたオッサンが、笑顔で目の前にいたのが俺の始まりだった。

聞けば酒場の外で爆睡していた俺が身ぐるみ剥がされそうになっていた所を、助けてくれたそうだ。


そう。
俺にはそれ以前の記憶が無い。
文字が書けないとか、喋れないとかは無いのだが、過去の記憶だけが無い。自分の正しい年齢も分からないが、今日までで過去を知らない事で不便を感じた事はなかった。だって、どうせ戦争してたんだ。大して変わらないさ。

今はディガン傭兵団や他の傭兵団達が一挙に介し酒や食事を取っていた。俺は少し離れた高台で、その様子を黙って見ている。

お前は食わないのか?

横を向くとむっさっ苦しい髭を生やしたオッサン・・・ディガン団長がいつの間にか立っていた。
今見ても、この髭の量に慣れない―――目を覚ました時、髭面のオッサンじゃなく絶世の美女だったら俺の人生は大きく変わっていたに違いないと思う。

いや。明日の事を思うと食べてる場合じゃないって思ってさ

明日の事を思うなら食え。戦の最中に腹が減っても食べる物はないぞ

そう言って、ディガン団長は俺にリンゴを投げてくれた。

―――持って来るなら、もっと良いの取ってきてよ。肉とかあるっしょ

だったら自分で取って来い

言いながら、ディガンは笑っていた。
何度こんなやり取りをしただろう。俺の三年の記憶はディガンと共にあった。友の様であり兄の様でもあり、父の―――と、言うと『そんなにオッサンじゃねぇぞ』と怒るが、深く世話になったと感謝している。

ディガンがいたから、過去は無くても良いと思えているのかもしれない。

お前ら―――

高台の下から声をかけて来たのは、ディガン傭兵団の副団長グルード。
彼はディガンとは幼なじみで、その人望と実力は確かで誰しもが認める副団長であった。
料理を皿に零れるほど盛り、料理を指差しながら大きな声で言う。

マジ美味いから食わないと損だぞ

言うだけ言ってグルードは料理が盛り付けてあるテーブルへと戻った。

あの盛り方だと、てっきり俺達の分かと思ったが・・・

まぁ。そこがグルードらしいよね

二人で笑った。

すると、盛り上がっている傭兵団達が一斉に静まり返った。
彼らは皆、同じ方向を向いている。視線の先に一人の男がいた。白銀の鎧に身を固めた男は神々しさすら感じ取れた。

戦神アレム

何で、こんなトコに一人で・・・ディガン。俺、こんな近くでアレム見たの初めてだ

そうか?アレはあーゆー男だ。多分俺達の気持ちを鼓舞しに来てくれたんだろ

そうなんだ―――ってか、こんな高台にいたら失礼なんじゃね?

―――その気配りは団長の俺にもして欲しいものだ

俺達が高台から降りると、アレムは声を張り上げて言う。

明日は皆の力を大きく借りる事になる!今日は思う存分食べて楽しんでくれ!

当然、戦神アレムを間近で見た事のある者は数少ない。見た事も声を聞いた事も無い者も多かったであろう。しかし、誰も彼を偽者とは思っていない。アレムの言葉は当然の様にその場にいた全ての傭兵に届いた。

だが、これがカリスマ性なのだと俺は初めて感じた。そして、コイツなら新しい時代を導いてくれる気がした。

何ニヤケて見てんだ?

いや・・・もしかしたら俺もあんな風になれたのかな?ってね

ディガンは一際大きな声で笑った。

そんなに笑わなくても良いじゃんか

悪い悪い。まさか、お前からそんな言葉が出ると思わなかったからな

そうかな?

そうだな。闇雲に戦ってるガキんちょだと思ってた

ひでぇ言われようだ

俺はディガンの肩に軽く拳を立てた。ディガンは正面を見たまま真剣な表情をしていた。

でもな―――俺はお前を拾って良かったと思ってる

何だよイキナリ

俺も他の傭兵と同じだったよ。割りの良い仕事を引き受けてりゃ、金が入るし仲間も養っていける。それで良いと思っていた―――でも、お前は俺に意見してくれた。何度も何度も・・・それで、ある時思えたんだ。戦争をいち早く終わらせる為に戦うと、戦わなくてはいけないと・・・そんな当たり前の事をお前が教えてくれた。俺はお前に感謝しないとな

・・・ディガン

俺だって感謝してる―――でも、言えなかった。

明日からの戦が終われば、この長い戦争も終結を向かえる日は遠くない。戦が終わったら―――いや

何だよ。言えよ

終わってから話すよ。だから、間違っても死ぬんじゃねぇぞ

ははは。ディガン。そりゃ死亡フラグ的な台詞だぜ

言ってろ

ディガンはまた大きく笑いながら、料理が並ぶテーブルの方へ歩いて行ってしまった。

【運命の選択】

俺はその場で辺りを見回した⇒『【第3話A】』へ

何かディガンが気になり後を追った⇒『【第3話B】』へ

pagetop