屋上の入り口に着いた敬一の視界に入ってきたのは黒髪眼鏡の女子生徒であった。

敬一

俺を呼んだのは君?

 微笑しながら声を掛けると女子生徒は真っ赤な表情で小さく頷いた。

???

は、はいっ! き、来て下さったんですね

敬一

この様子からすると告白でもするつもりみたいだな。
でも自分の意思じゃ無さそうだ

 彼女の表情からそんなように読み解く。

敬一

彼女暗いからって嫌われてるクラスメイトだよな。
でも必死に女子達の中……特に目立つ女子達と友達になってクラスに溶け込もうとしてる子だ。
当然全然タイプが違う相手なんだから上手くいく訳ないしそりゃ虐められるに決まってる。
どうせこの告白だって彼女が友達になろうとしているそいつらの差し金で虐めの一種だろ。
クラスでも上位人気の俺に告白したら友達になる、とでも言われたんだろうな。
きっと俺に無様に振られて来るであろう彼女を笑いのネタにでもしたいんだろう……。
授業もレベルが低きゃ人間のレベルも低い……相変わらず腐った学校だ

 思い出した彼女とその周辺の状況からそんな想像が出来た。

敬一

だから俺の靴箱のメモも慌てて準備したような奴だったんだろう。
今日のどこかの時間で書いて、慌てて入れたんだろうな。
それにこのまさかの事態に驚いて緊張状態になったような照れ顔……俺が本当に来るとは思ってなかったし来ないで欲しかった、それなのに来たからどうすれば良いのかわからない……そんな色々な気持ちが混ざってるようにも見える

 敬一はどう対応するか考えを巡らせる。

敬一

……一番良いのは当たり障りの無い会話で告白をさせないし振らない……って状況を作る事かな……『神谷君は呼び出しに応じてくれたけど、告白はしなかった。その代わり友達から始める事にした』……こうなれば彼女の事も少しは虐めっ子から認められるかも知れない

 普段の敬一であれば考えた最善策で対応していただろう。
 しかし現在の敬一はつまらない現状を変えたいという気持ちが強かった。

 結果彼が考えた事は……

敬一

でもそれじゃあつまらない。
面白くしたいなら彼女と俺が付き合えば良い

 そうして敬一はその思考に突き動かされるように告白の流れを作り出すように彼女に応じた。

敬一

確かクラスメイトの天音芹菜(あまねせりな)さんだよね?どうしたの

芹菜

はっはい……あの急にごめんなさい。その……どうしても神谷君に言いたい事があって

敬一

ん、何?

芹菜

あ、あの……急に呼び出して急にこんな事言って驚かれると思いますけどあの私……ずっと前から貴方の事が好きでした。
だからその……良かったら私と付き合って下さい!

敬一

そうだったんだ? それは驚いたな。
君が俺の事をそんな風に思ってくれてたなんて全く考えた事も無かったよ

 演技する事には慣れ、長けた敬一である。
 本心からそう言っているように芹菜には聞こえたようで、彼女はこの告白がやっぱり失敗するのだと諦めきった表情になった。

芹菜

やっぱり私なんかじゃ駄目ですよね

 そんな彼女に敬一は笑顔の演技で返した。

敬一

何でそんな風に思うの? 
俺は嬉しいよ。君がそう言ってくれて

芹菜

……え?

敬一

俺の方からお願いするよ。是非俺と付き合って下さい、天音さん

 敬一のその言葉は全く予想していなかった様子の芹菜は驚いた表情で声を上げた。

芹菜

ええ!?

敬一

やっぱりそういう反応か。これはもう一芝居打つか

敬一

それとも駄目だったかな?君の告白俺、嬉しかったから……本当に付き合えたら良いって思ったんだけど

 彼女の反応にそう思った敬一は続いて切なげな表情を作ってもう一押しになるであろう言葉を掛ける。

芹菜

…………

 再び敬一の演技を信じたらしい芹菜は驚いた表情で沈黙する。

 数分の沈黙の後、芹菜は問い掛けてきた。

芹菜

ほ、本当に私なんかで良いんですか?

敬一

何言ってるの?君だから良いんだよ

 さらりとそう返す敬一に芹菜は……

芹菜

……嬉しい

 思わずと言った様に呟いた。
 その彼女の様子に敬一は1つ読み忘れていた事に気付く。

敬一

まさか彼女……本当に俺の事が好きだって事なのか!?
どう考えても虐めの一種でこうやって来てるんだから絶対にそれはないと思って彼女の本心まで表情から想像しようとしなかった……。
……偽りの恋人であったら幾らでも演じられたけどこの場合はそういう訳にもいかない……

 敬一は慌ててどうするべきか考え直す。

敬一

……選択肢は2つ。俺が彼女と付き合い続けて好きになるのを待って本当の恋人になるか……少しだけ付き合って早い段階で別れ話を持ち出すか……

 しかしそんな敬一の無粋な考えは次の芹菜の言葉によってどこかに行ってしまった。

芹菜

私今、とっても幸せです。これから宜しくお願いしますね

敬一

何でそんな素直な表情で素直な言葉が言えるんだ、この子は……。俺はそれに応えられるような人間じゃないのに

 代わりに湧き上がった後悔と感じる負い目がこの後の2人の関係を大きく左右する事になる。

 それは大雨の降る夜の事。
 2人並んで傘を差して歩きながら彼女を送り届けた家の前だった。

 雨とは違う雫が彼女の目から溢れていた。

芹菜

ねぇ敬一君……もう終わりにしよ

敬一

芹菜、急に何言って……

芹菜

急なんかじゃない。ずっと考えてたの……敬一君は本当は私の事なんて好きじゃないよね

敬一

……そんな事

芹菜

いっつも好きだって言うのは私だけ。敬一君は一度も言ってくれない。
それに一切踏み込ませてくれない。
私なんて本当は要らないって思ってるんでしょ……?

敬一

……そんな訳

芹菜

それなら何で即答してくれないの?
何で一度も触れてくれないの?

敬一

それは…………

芹菜

敬一君の好きって気持ちが何にも伝わってこないの。
そう考えてたら私ばっかり好きなのが辛くなってもう……嫌になった

敬一

…………

 敬一は何も返せない。
 傘を差している筈なのに冷たい雨に強く打たれているような、そんな錯覚を覚えた。

 泣いている彼女を見つめながら出た言葉は……

敬一

……ごめんな

 ……謝罪の言葉だった。

敬一

……ちゃんと好きになりたかった。なりたい、と思ってたよ。
でももう芹菜が待てないって言うなら……もう終わりで良い。
きっと君なら俺みたいな最低な奴じゃなくて……もっとずっと良い奴と幸せになれるよ

芹菜

…………!

 泣きながら何か言おうとする彼女に静かに背を向ける。

敬一

一杯泣かせてごめん……さようなら

 そうして静かに2人の関係は終わったのである。

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