幽霊よりも甘味が食べたい

第18話
「開かずの教室の神隠し」
(四)




     













 後日。わたしは、一人でケーキ店『しらゆき』に来ていた。

 ピヨ助くんも連れてくるか迷ったけど、まずはわたし一人で来て、確かめたかったのだ。



 前回同様、チーズケーキを注文。貰ったドリンク無料のサービス券で紅茶を頼み、席で待つ。

 夏の午前中だからか、他の客はおらず、わたし一人ぽつんと座っている。





 やがて、ケーキと紅茶を持ったウェイトレスさんがやってきて、テーブルに並べていく……が、紅茶のカップが二つ置かれた。

佑美奈

あ、友紀子さん……

友紀子

こんにちは。また来てくれたのね

佑美奈

はい。チーズケーキ、好きなので

   


 友紀子さんはそのまま、わたしの正面の席に座った。
 ……他に客がいないとはいえ、まさか相席してくるとは思わなくてビックリした。


友紀子

ちょっとね。あなたと話がしたくて。お母さんには許可取ってるよ

佑美奈

え、そうなんですか? ……なんでしょう?

   


友紀子

それは……。

鳴美の、ことなんだけど

   


 友紀子さんは、話しづらそうに目を逸らす。


 一方のわたしは、その名前が出ただけで、手にした紅茶のカップを取り落としそうになるほど驚いていた。


佑美奈

し、白鷺、鳴美さん……ですか?

友紀子

いったいどこで知ったの?
私の、妹のこと

佑美奈

ええっと、それはちょっと、学校で……

友紀子

学校で? まあいいんだけど。

こないだは、ごめんなさいね。知らない、なんて言っちゃって

佑美奈

い、いえ。わたしも、突然変なこと聞いちゃって。ごめんなさい

友紀子

あなたは謝ることないのよ。

私は……妹が、鳴美がいるのに。いないことにしてしまったから

佑美奈

いない、ことに……?

   


友紀子

そう。
……あの子ね。六年前に事故に遭って以来、意識が戻らないの

佑美奈

意識が……

  
 わたしはごくりと唾を飲み込む。

 正直、それがなにを意味しているのか、まだわからない。

友紀子

外傷は少なくてね、脳も傷ついていないみたいなのに、意識だけが戻らない。不思議な状態でね……。
私はその現実から、目を逸らしたくて。あなたに鳴美のことを聞かれた時、知らないって答えてしまったの。

鳴美は、ちゃんといるのにね。生きているのにね

佑美奈

そう、ですね。生きて……いるんですね

   

 白鷺鳴美さんは。生きていた。

友紀子

あの後、自分なりに考えて、よくなかったなーって、反省したの。
だから……これは、わたしの気持ち

   
 友紀子さんはそう言って、わたしの伝票をぴっと手に取った。

佑美奈

え、あの……

友紀子

今日のお代は私が持つわ。

……お願い、そうさせて?

佑美奈

でも……いえ。はい。
ありがとうございます

   

 友紀子さんの、弱々しい笑顔。だけどどこかスッキリしたような顔を見て、わたしは小さく頭を下げた。

 わたしがお礼を言うと、友紀子さんは嬉しそうにニッコリ笑う。


友紀子

いいのよ。

それより、なにか面白い怪談話とかない? 実はね、鳴美が結構怪談話好きだったの。
だから、寝ている横で聞かせれば起きるかなって

佑美奈

あ、それならとっておきのがありますよ。

『学校のドーナツ』っていうんですけど、これが全然怖くなくって――

   


 わたしと友紀子さんは、しばらくの間楽しくお話をした。





佑美奈

大丈夫ですよ。

鳴美さんは、きっと。
もうしばらくしたら、帰ってきますから

   








   




   












ピヨ助

鳴美先輩は生き霊だったってことか。

解放されたから、そういうことになったのか……それとも、最初からそうだったのか。どうにもわからんな

佑美奈

やっぱりそうだよねー

   

 その日の午後、わたしは昼過ぎに学校に来て、自分の教室でピヨ助くんと会っていた。

 出してもらったとっても甘いドーナツを食べつつ、わたしは午前中の出来事を報告した。

 また勝手に動きやがって、と文句を言われたけど、鳴美さんの今の状態を話したら、クチバシを結び神妙な顔つきになり、最後まで黙って聞いてくれた。



 ピヨ助くんの見解としては、神隠しで存在が消され、解放されて元に戻る際に、辻褄を合わせるためにそういうことになったんじゃないか、だった。

 ただし、本当に最初からそうなっていて、存在が消えていたように見えていただけ、それが神隠しの真相だった、とも捉えられる、と。


 どちらが正解かは、今となっては誰にもわからない。


佑美奈

あ、でもピヨ助くんは、最初忘れてたんだよね? 鳴美さんのこと

ピヨ助

そうだな。……でも、思い出せているんだよな、俺

佑美奈

え、まさかいなくなったショックで存在を忘れたとか言わないよね? ピヨ助くんそんなナイーブじゃないよね?

ピヨ助

お前、だんだん俺の扱い雑になってるよな。

……無いと思いたいが、言い切ることができないんだよな。
ったく、ほんと厄介な怪談だったぜ

   
 ピヨ助くんの言う通りだ。幸い、怪談は肝心な部分が弄られやすく、そのおかげで巻き込まれにくいという特徴があるため、被害者は少ないようだけど。


 でも、存在を消してしまう神隠し。定員は一名。

 他にも、入ってしまい、入れ替わりで出た人はいないのだろうか?


佑美奈

ねぇ……ピヨ助くん

ピヨ助

なんだ?

佑美奈

ひょっとして、ピヨ助くんもこの怪談試した? それでヒヨコになった?

  
 ふと思い付いて言ってみたのだが、ピヨ助くんは呆れた顔になる。

ピヨ助

はぁ……なにを言い出すかと思えば。

だったら、鳴美先輩があそこにいるわけないだろ。俺が幽霊になるよりも前に、いなくなったんだぞ?

佑美奈

……あ、そっか

   
 よく考えてから話せばよかったと、反省し、ドーナツの二つ目に取りかかる。

   
 うん、甘い。わたしの頭もあまーくとろけそうだ。

ピヨ助

それに、俺は違う怪談を調査しようとして、死んで、そして幽霊になったんだ。
鳴美先輩の、いわゆる生き霊とは違う

佑美奈

……はっきり言うんだね?

ピヨ助

自分のことだからな。

……死んだ理由については、いまだに思い出せないけどな

   


 実は少しだけ、ピヨ助くんも生き霊であることを期待していた。

 鳴美先輩と同じような理由ならば、どれかの怪談を調査すれば、ピヨ助くんは元通りの姿に戻れるんじゃないかって。


 でも、ピヨ助くんははっきりと否定してしまう。



 わたしはなんとなく黙って、残りのドーナツを味わう。

   

佑美奈

……ああ、本当になんて美味しいんだろう?

   



 しっとりとした生地にかかったチョコレート。囓った瞬間にぱりっと割れて、口の中で甘さが広がる。ふわふわしたドーナツ本来の甘さと相まって、スペシャルな甘さを生み出している。

 これぞ、幸せの瞬間。食べ終わってしまうのが勿体ない……やっぱり、やめられない!



ピヨ助

……お前本当にドーナツ食べてる時、幸せそうだよな

佑美奈

当たり前のこと聞かないでよ。
わたしは今本当に幸せなんだから

ピヨ助

ああ、はいはい。わかったわかった

   
 わたしはゆっくりと咀嚼し、最後までしっかりと味わう。

 そしてピヨ助くんに一言。


佑美奈

ごちそうさまでした!

ピヨ助くんこそ、最近わたしの扱い雑じゃない?

ピヨ助

思った時に言えよ!
ったく……

  
 わたしは笑って、買っておいた紅茶のパックにストローを差して飲み始めた。



 そしてふと、自分の席から廊下に目を向けて、この間のことを思い出す。



佑美奈

そういえばさ、ピヨ助くん。

ちょっと気になったんだけど、いい?

ピヨ助

ああ? なんだ?

佑美奈

怪談に出てくる行方不明になった女子高生って、食堂の場所にあった開かずの教室で、行方不明になったんだよね?

ピヨ助

鳴美先輩がそう言ってたな。結局それが真相だったって

佑美奈

じゃあ、2年5組の噂って?
いったい何があって、5組だけ2階に移されたの?

ピヨ助

ん? ……あぁ、それな

   
 ピヨ助くんは腕……じゃなかった、羽を組む。


ピヨ助

俺はてっきり、怪談に出てくる行方不明の生徒のせいだと思い込んでいたからな……。本当の理由まではわからない。

……先輩は、なにか掴んでいたかもしれないが

佑美奈

……うん

   






鳴美

ちゃんと調査したのよ? 根拠もばっちりだったのに。

……でも、そうよね。この怪談ものすごーく古いのよね。こっちの話は、ノイズだったわ

   






   





 なんてことを言っていた。

 あれは、怪談とは別に、この5組の謎があるって意味なんじゃ……?




ピヨ助

ま、いいだろ

佑美奈

え、ピヨ助くん?

ピヨ助

俺の知る限り『2年5組』が絡む怪談は、今回の『開かずの教室の神隠し』だけで、しかもそれは間違ってた

佑美奈

あ、そうなんだ。
ちょっとほっとしたかな……

   
 自分が過ごす教室が、なにかの怪談の舞台だなんて、あまり考えたくない。

ピヨ助

それに、そんなに気になるなら鳴美先輩に聞けよ

佑美奈

え、鳴美さんに?

……夢の中で話せたのって、わたしから話そうと思って話せたわけじゃないし、えーっと、リンク? あれも切れちゃってると思うよ?

ピヨ助

そうじゃねーよ。
どうせ本当にどっか寄り道してるんだろうけど、そのうち帰って来るだろ。

……目を覚ましたら、いくらでも聞いてこい

佑美奈

あ……うん! そうだね、そうするよ

   

 そうだ、鳴美さんは生きていて、いつか目を覚ますはずなんだ。

 寄り道するとは言っていたけど、帰るべき場所へ、帰るはずだから。

佑美奈

2年5組のことはまだ少し気になるけど、危険は無さそうだしね。
その時の楽しみにとっておこう

   


 わたしはその後、しばらくピヨ助くんとくだらない話をしてから、家に帰ったのだった。

   













   















『失われた鳴美のメモ書き』

   


「開かずの教室は旧2年5組で間違いなし!!」



 十数年前。
 ある教室で教師が自殺するという事件があった。


 受け持ったクラスが荒れていたというのもあるが、その教師自身もなにか抱えていたようだ。

 当然学校はその教室を封鎖。年度を越えても、使用されることはなかった。




 時が経ち、やがて事件は忘れられ、教室の正確な場所もわからなくなる。


 気が付くと、封鎖された教室は無くなっていた。


 どこかで知らずに使われているのだ。

 名残として、その教室だった2年5組は、今も3階から2階に移されたまま。

 この事件に纏わる怪談の類が残されることもなく、ただ、


『2年生の5組の教室だけ何故か2階にある』


 という謎だけを残した。




 しかしこの情報は、あまりにも怪談『開かずの教室の神隠し』に酷似している。

 この事件に纏わる怪談は無いと言うが……。

 開かずの教室の怪談は、この事件をベースにした怪談なのではないか。



 いいや、そうとしか思えない。
 私は、開かずの教室は3階にある旧2年5組であると確信する。




あーもう! これは間違い!
全然関係無かった!









鳴美

怪談とは関係無いけど……教師が自殺した教室、普通に使われているのよねぇ。それはそれで、怖い話ね

   















「幽霊よりも甘味が食べたい」


怪談「開かずの教室の神隠し」編 完







第18話「開かずの教室の神隠し(四)」

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