幽霊よりも甘味が食べたい
第17話
「開かずの教室の神隠し」
(参)
幽霊よりも甘味が食べたい
第17話
「開かずの教室の神隠し」
(参)
ってよく考えたらそうじゃねーか! アホか俺は!
本当だよ! 鳴美さんここにいるかもって思ってたんでしょ? なんで間違ってるって気付かなかったかなぁ!
う、うるさいな! ドヤ顔で自信満々に言うから、てっきり合ってるもんだと……
それだけ信用してくれていたのね? 嬉しいけど、残念だったわね~
手帳に残されていた答えが間違っていたとわかり、わたしたちはパニックに陥っていた。
開かずの教室の本当の場所がわからなければ、このままわたしが幽霊になってしまうのだ。
外の世界では存在が消され、わたしのことはみんなの頭の中から忘れ去られてしまう。
ああ、ミカちゃんも忘れちゃうのかなぁ。お父さん、お母さん……。
しらゆきのチーズケーキ……星空のパンケーキ……せめてあと一回……ううん、百回は食べたい……
わたしがうわごとのように呟くと、それを聞きつけた鳴美さんが驚いた顔をする。
あら、あなたうちのチーズケーキ食べたことあるんだ?
え? うちのって……あっ、もしかして
私の家だからね、しらゆき。九助くんも食べに来たことあるよね、確か
ああ……何度かお邪魔したが
わたし、そこの常連で
そうなの? ありがとう。
そっか、繁盛してるみたいでよかったわ
それはもう。……あの、それで今日も昼間に友だちと行ってきたんですけど
お、それは嬉しいね
白鷺友紀子さんと、少しだけお話しをしました
その名前を出すと、鳴美さんとピヨ助くんがハッとした顔になる。
……そっか。お姉ちゃん、お店手伝ってるんだね
元々、友紀子さんの方が手伝いしてたじゃないか
あ……やっぱり、姉妹なんですね
でも、友紀子さんは鳴美さんを知らないと言った。
それはきっと、この怪談の効果なのだろう。神隠しに遭い、存在を消されてしまったことの。
忘れちゃってたでしょ? 私のこと
……はい
ゆみちゃん。この怪談の幽霊になるということは、そういうことなの
よく、わかりました
そしてね、縁というのは……すべてに意味がある。昨日のことも、今日のことも。今、この時の事も。全部、繋がっている。意味があるのよ。
……それを忘れないで
……? はい……
わたしは意味がわからず、曖昧に頷く。
って、そんな話をしてる場合じゃないぞ! 状況は変わっていないんだ。なんとかして、答えを導き出さねば!
ピヨ助くんは手帳を慌てながらめくり、なにかヒントがないか探しているようだ。
わたしも考えてみる。開かずの教室の、本当の場所……。
あ、そういえば。
ピヨ助くん、なんで2年5組だったの? それってわたしの教室なんだけど
自分の教室が本当の開かずの教室だなんて、あまり考えたくない。当分お世話になる教室なのだ。
別にお前の今の教室ってわけじゃない。正確には旧2年5組だ
旧2年5組……?
お前の学年、5組だけ2階だろ? 他のクラスは3階なのに
うん。……あ、そういうこと?
5組だけ2階なのは、なにか理由があって移されたから、ってな。
そういう噂があるんだよ
なるほど、確かにおかしいとは思っていた。
例えば他のいくつかのクラスも二階ならわかるのだが、一クラスだけ二階なのは不自然だ。おかげで他のクラスとの交流がし辛い。
なにかしら理由があってそうなっているというのは……納得が行く。
そうなのよねぇ。結構自信あったんだけどなぁ
鳴美さんは再び宙に浮かび椅子に座り、ポケットから取り出したメモ用紙を弄ぶ。
ちゃんと調査したのよ? 根拠もばっちりだったのに。
……でも、そうよね。この怪談ものすごーく古いのよね。こっちの話は、ノイズだったわ
鳴美さんはメモ用紙に、どこからか取り出したペンでなにかを書き込み、くしゃくしゃに丸めてぽいっと投げ捨てた。
さ、もう降参かな? そろそろタイムリミットね。もうすぐ、外の世界の日が暮れるわ
むっ、そんな時間制限があったのか?
ええ、実はね
うぅ……
…………
ピヨ助くんは、かなり焦っている。答えは出ないかも知れない。
鳴美さんはそんなピヨ助くんを申し訳なさそうに見たあと、わたしの方を向く。
じっと、なにかを期待するような目で。
わたしに……答えを求めている?
今のは、ピヨ助くんには答えを期待していないという意味だと思う。
ピヨ助くんに答えを導く能力が無いとか、そういう意味ではない。
ただ、ピヨ助くんには情報が足りていないから。どうしても答えを出せない。
わたしだけが知っている、情報があるのだ。
だとすると……やっぱり、今朝見た夢?
あの夢の中に、本当の場所のヒントがある。
……あんみつ?
なにか言ったか?
う、ううん、なんでもない……
つい声に出してしまった。
そう、あの夢でわたしはあんみつを食べていたけど……たぶん意味はない。わたしの願望が出ただけだろう。
でも、あの場所で鳴美さんと話したことには、意味があると思う。
……あれ? でも確か、さっき鳴美さんが……
……え? あ、そういうことなのかな
なんだよさっきから。もう時間がないんだぞ?
ごめんごめん。わたし、答えわかったかも
は? なんで急にお前……
わたしの顔になにを見たのか、ピヨ助くんは言葉の途中でクチバシを閉じた。
なんてことはない。
鳴美さんは、ストレートにわたしに答えを教えてくれていた。
ううん、たぶん、これでも捻って、怪談の幽霊のルールからはみ出さないように、そっとだ。
わたしが答えていい? ピヨ助くん
……自信、あるのか?
たぶんね。でも、ピヨ助くんもわからないでしょ?
すまない。……見当も付いていない
そっか。だったら、自分の運命だもん。自分で答えるよ
そうか……。
その、佑美奈。もし、無事に帰ったら、ドーナツ三つ出そう
ほ、ほんとに? 忘れないでよ、今の言葉!!
ああ、約束だ。
もちろん、出られたらの話だぞ?
わかってるよ!
よーし! 絶対、当てる!
わたしの心に火が着いた。
そもそも、これが間違っているとは思えない。
ふふっ。あなたたち、いいコンビじゃない。
……じゃあ聞かせて?
開かずの教室の本当の場所は、どこにあるの?
わたしは大きく息を吸って、答える。
それは、食堂のある場所です!
教室を支配していた闇が、割れる音がした。
はっ……? 食堂? なんだそれ、ていうか合ってるのかよ?!
赤い日射しが、ゆっくりと教室に入り込んでくる。
バラバラだった机や椅子も、いつの間にか綺麗に並んでいた。
簡単な話でしたね……。鳴美さん。
わたしが夢であなたと話した場所、食堂でしたもんね
ふふっ。気付いてくれてよかったわ
は? おい、いったいなんの話を……
ピヨ助くんが困惑しているが、鳴美さんはスルーして話を続ける。
私は開かずの教室から一歩も出ることが出来ない
そう、さっきの会話で、鳴美さんは確かにそう言っていた。
ゆ、幽霊になるとどうなるんですか?
さっきも言った通り、この怪談の幽霊と融合する。色々知識は入るけど、ここから動くことはできなくなるのよね
動けない? 一歩も外に出られないってことですか?
ええ、そうよ。現に、わたしはここから一歩も外に出ていないから
怪談の幽霊としてのルール。
ピヨ助くんが、一人では学校から外に出られないのと同じだ。
それなのに、鳴美さんは夢の中で食堂に現れた。
その時はまだその意味がわからなかったけど、幽霊としてのルールがわかってしまえば、簡単だ。
昔は食堂があった場所に、開かずの教室があったのだ。
そういう意味の主じゃないのよ。
私はきっと、誰よりもこの学校のことに詳しい。例えばこの学食は元は一般校舎の一部だったのを改修して学食と購買を作った、とかね。
知らなかったでしょ?
夢の中で鳴美さん自身がそう言っていた。
改修の際に、開かずの教室のあった場所は取り壊され、食堂になったのだ。
ゆみちゃんすごい!
九助くんよりもずっと素質あるよ~。怪談調査、続けて欲しいなぁ
え、えへへ、そうですか?
鳴美さんのおかげ……って、わたしは別に好きで怪談を調査してるわけじゃないですけどっ
ああ、もうわけわからん……
あ、ごめんごめんピヨ助くん。あとでちゃんと説明してあげるから
当たり前だっ。
……ったく
それで? 鳴美先輩。
これで、あんたも解放されるんだろ?
もちろんよ。
……それより九助くん?
気になってたんだけど、しばらく会わないうちに口が悪くなったわね?
ふん。気のせいじゃないか?
ま、でも、よかったよ。
……友紀子さんも、思い出すといいな
……そうね
鳴美さんは力なく微笑んだあと、じっとわたしのことを見つめる。
わたしが首を傾げると、そうだ、と呟いて、ふわっと宙を舞う。
鳴美さんはわたしのすぐ隣りに降り立ち、そっと耳元に囁いた。
ドーナツ食べて、九助くんの中を覗いちゃったって心配してるんでしょ?
安心して。あなたの霊感が上がって、幽霊の私とリンクしちゃってただけだから
えぇ?!
わたしは自分が抱えている本当の不安を言い当てられて、思わず飛び跳ねた。
人間て、死ぬほど驚くと本当に飛び跳ねるんだと、この時始めて知った。
鳴美さんは可笑しそうに笑って、今度はピヨ助くんの前に立つ。
それにしても本当にドジッったわー。
幽霊になってわかったけど、本当に大昔行方不明になった生徒がいて、教室が最後の目撃証言だった。っていうのだけが真相で、ポルターガイストとかは尾ひれが付いただけなのよ
……そうなのか?
昔過ぎて事件の資料がぜんぜん見付からなかったし、深く考えすぎたわ。校舎改修の方も残ってなかったのよね
俺も色々調べたが、なにも見付からなかった。
それに旧二年五組で問題があったから、二階に移されたというのも信憑性があった。先輩が教えてくれた、三階の『あの教室』だろうと信じ切っていたよ
そっか。……ごめんね。心配かけて。
自分であれだけ事前調査はしっかりしろって、言ってたのにね。やっぱり怪談は恐ろしいわ
まったくだな
なに偉そうにしてるのよ。間違いに気付かなかったんだから、九助くんも反省しなさい
……微妙に納得いかないが、でもそうだな。
……反省している
よろしい。
でも……あなたがそんな姿になっちゃったのは、きっと私のせいよね
鳴美さんの言葉に、ピヨ助くんはクチバシを釣り上げる。
いいや。これは、俺のせいだ。先輩のせいじゃない。
だから、気にせず行ってくれ
そう? ……そうね。
でも、ちょっと寄り道してから、行こうかな……
鳴美さんがそう言うと、すうっとその体が消え始める。
おい? 寄り道ってなんだよ!
ちゃんと帰るべき場所に帰れよ!
ふふっ。ばいばい、二人とも。
……またね
鳴美さんは最後に笑顔を見せて、完全に消えてしまった。
教室は、普通の教室に戻り。日が暮れて、真っ暗になっていた。
ちゃんと、帰ったのかな
さあな……。
で、それより佑美奈?
うっ。
さ、さーて、そろそろ帰らなきゃね!
待て!
さっき言っただろ。きちんと説明しろ!
で、でもほら、さすがに学校出ないと!
だったら喫茶店でもどこでもいいから連れて行け!
えぇ~……
もう遅いし、できれば帰りたかったけど……。
しょうがないなぁ。
ピヨ助くんこそ、ドーナツ三つ。忘れないでね?
うっ。……も、もちろんだとも
わたし自身、話をして頭の中を整理したかったのもあって、ピヨ助くんの提案を呑むことにした。
わたしたちは一緒に学校を出て、喫茶店『星空』に場所を移し、今回の怪談について話し合う。
ちなみにその話は長時間に渡り、特に夢で鳴美さんの声を聞いていたのを黙っていたことは、ピヨ助くんにかなり怒られた。
続く