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今日はここで終わりにします

 3LDKのマンションのリビングに女性の声が響く。
 彼女は家庭教師で、敬一が小学校に上がるより前から家に来ている女性だった。
 髪を染め、眼鏡からコンタクトに変える前の黒髪眼鏡の小学生であった敬一も慣れた様子でお礼を返す。

敬一

有難うございました

家庭教師の女性

敬一君は覚えるのが早くて助かるわ。きっと毎日きちんと課題をやっているからね

敬一

褒めて下さって有難うございます。これからも頑張ります

敬一

課題をきちんとやるなんて当然の事だろう。その程度も出来ない低能な奴でも居るって言うのか?

 笑顔の演技の裏で敬一がそんな事を思っている等当然気付かない家庭教師は少し頬を染めながら支度を終えて立ち上がった。

家庭教師の女性

では私は帰ります。今日の課題も来週の授業までにしっかりとやっておいて下さいね

敬一

はい、先生

敬一

こうやって懐いてる振りの笑顔で返しさえすればすぐに女性は騙される。まぁその方が楽で良いけどね

 当時から他よりも秀でた学力を持っていた敬一はこんなように『求められる姿』の演技をしながら内面では馬鹿にしているのが基本だった。

 家庭教師が去るまで笑顔の演技を続けていた敬一だったが、ドアが閉まったのを確認するとさっさと勉強道具を持って自室に引っ込んだ。

敬一

今日の課題は今日の授業でやった漢字の読み書きか。さっさと1回目を終わらせよう

 家庭教師は日替わりで平日に5人がやって来る為、1週間後の授業までに片付ければ良いのだが……出されたその日に終わらせるのが基本だった。
 その理由は時間を置いて2通り目を行い、日付を置いてから3通り目もやりたいからである。

 とはいえ勉強熱心のつもりは無い。天才医師である父の神谷龍造(りゅうぞう)と天才看護師といわれる母の神谷智代(ともよ)の顔に泥を塗らないようにその程度は確実にやらなければいけないと教えられて来たからだ。

敬一

天才の子どもは天才であれ……何時もお父さんが言ってる。だからオレも頑張らなきゃ。
……それにお父さんとお母さんがオレを見てくれるのは勉強の成績だけだから落としちゃいけないんだ……

 そんな子どもらしからぬ思考も天才の家に生まれたが故の事であった。
 天才と言われる父母はとても優秀な人物ではあるが、そのため忙しく生活時間帯も敬一と会うという事は殆ど無い。そのせいか敬一自身の事にも大して関心を示さない。しかし敬一の成績が最高値である事のみは喜んで褒めてくれる。

 だから敬一は友達と遊ぶ時間さえ返上して勉強をしていた。全ては両親に見て貰いたいからだ。

 そんな敬一は食事や風呂以外の時間帯は勉強に明け暮れ、寝ようと思った頃には23時を過ぎていた。
 急いで明日の学校の支度をする。

敬一

そういえば明日からオレ、又新しい学校で4年生になるんだよな

 医師、看護師という両親の仕事柄、敬一は転校する事が多い。
 明日の始業式から通う学校も又転校の結果通う事になった所であった。

敬一

オレ……又クラスメイトに避けられるのかなぁ

 転校によって途中から人間関係を作らなければいけないという状況もあるが敬一は幼い頃からどうも他者との関係作りが苦手である。
 その理由は彼の性格にもあるのだが、この頃はまだ自分のせいだとは思っていなかった。

 だからこそ新しい学校に行くのは彼にとっては大きな試練で、毎回苦痛であった。
 とはいえ両親の期待もあるからそれに応えない訳にもいかない。

敬一

そうなったらそうなったでちょっと寂しいけど……仕方ないよね。
別にオレ、他人に何かして貰わないと困るようなレベルでも無いからそれでも平気だし、馬鹿共と馴れ合わなくたって……クラスメイトが1人も見てくれなくたって生きていける。
そう、両親さえ見てくれればそれで良いんだ……あの人達だってそんなに見てくれないけど

 結局そんな事を思いその日は眠った。
 しかしこんな敬一だったからこそ見て欲しい人に見て貰えないという同じ悩みを抱えた彼を見付け、彼とだけは友達になれたのかも知れないと数年後に気付くのである。

過去1 小学校の話1~天才故の苦悩~

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