星華(せいか)男子高等学校の最終授業終了の鐘が鳴る。
 帰り支度を終えてさっさと帰って行く同級生達を観察しながら目を引く茶髪のイケメン、神谷敬一(かみやけいいち)ものんびりと支度をしていた。

敬一

相変わらず誰一人寄って来ない。皆俺に内面を全て看破されるのが恐ろしいんだろうね……

 敬一は幼い頃から厳しい両親の教育を受けてきた。それによって高いIQを持つようになり、ついには表情から話し相手の考えている事を全て読み取れるという天才的な能力を手に入れ、本人もそれを自覚して天才と豪語するレベルであった。
 この星華男子高校に入学してからも幾度と無くその能力を発揮して来ていたのだが、その結果いつの間にか敬一の周囲に寄って来る人物は殆ど居なくなっていたのである。
 しかしそこは敬一である。彼は敢えてそうなるように仕向けていたのであった。

敬一

面白いくらい俺の目論んだ通りで何よりだよ

 そんな事を考えて思わず笑顔になったその時、彼の計略に唯一嵌まらない人物が寄って来た。

???

ケイ、帰ろう

敬一

あれアキ君? 今日はユズちゃんと一緒じゃないの?

 敬一の事を渾名で呼び、敬一も渾名で呼んでいる彼は白峰明彦(しらみねあきひこ)という敬一の小学校時代からの友人であり、高校で再会したのであった。

 ユズと言うのは明彦と敬一の幼馴染で現在は明彦の恋人である松原結月(まつばらゆづき)。
 結月は同敷地内にある星華女子高等学校に通っているのだが、二つの学校に大した距離も無い為毎回明彦か結月が授業終わりに待って一緒に帰宅しているのが普通である。

 何度か敬一も二人と帰った事はあるが、最近では邪魔にならないように敬一が断るようにしていた。

明彦

今日はユズは身体測定で午前だけの授業だって言うから先に帰ってる

敬一

へぇ~アキ君寂しいでしょ? まぁでもその様子だとそうでもないのかな。
帰宅してからデートか、夕飯をユズちゃんが食べに来るって所?

 敬一は面白がるようにそう言うが、明彦はそれに頷きながらも敬一でも読み取れなかった事を言う。

明彦

流石ケイ。そうだよ。帰ってからユズと夕飯もデートもする。
でも俺が寂しくないのはそれだけじゃない

敬一

まだ理由があるの? 俺が読み取れない事なんてそう無いんだけどな

 訝しげに言う敬一にしかし明彦は笑顔で言った。

明彦

久々にケイと帰れるのが嬉しいんだ。ケイは自分の事に関してはやっぱり読めないんだな

敬一

…………

 敬一は一瞬言葉を無くすが、少ししてから照れたような表情で返す。

敬一

……相変わらず恥ずかしい人だねアキ君は……

明彦

どういう意味だよそれは

敬一

そのままの意味に決まってるでしょ。アキ君はもう少し考えて言葉を発した方が良いと思うよ

明彦

え……そうかな……?

敬一

そんな感じじゃ色々と困ると思うよ

敬一

……本当に純粋なんだから困る。だからアキ君だけは俺の計略に嵌ってくれないけど許せるんだよな。
それに彼の前だけだよ。俺が演技出来ないのは……

 そんな事を思いながら敬一は立ち上がり、明彦に背を向けた。

敬一

ほら帰るんでしょ。行くよ

 照れ隠しのようにそう言いながらさっさと荷物を持って歩き出す。

明彦

え、待ってよケイ

 明彦がその後を慌てて付いて来た。

 何とか追い着いた明彦と敬一は並んで歩きながら住宅街までやって来た。

敬一

この辺は俺が小学生だった頃と全然変わらないな

 何とはなしに敬一が呟く。
 彼らが通っていた小学校はこの住宅街の周辺にあった。

明彦

ああケイは小学校卒業前に転校したからこの道を通るのは久し振りか

敬一

うん、そうだよ。もうあれから3年以上経つんだから少しは変わってもおかしくないと思ってたけど……

明彦

あの頃はユズと3人で良くこの道を歩いてたよね。
ケイはいつも一番早く家に着いてさー

敬一

覚えてるもんなんだね

明彦

ケイは大事な友達だったし忘れる理由が無いだろ?

敬一

またアキ君はそういう恥ずかしい事を……

明彦

そうかな?

敬一

本当に君は昔から困った人だよ

明彦

そこまで言うか?

敬一

まぁだからこそ俺と上手くやれるんだろうけどね

 言いながら溜息が漏れる。
 そんな敬一に遠慮がちに明彦が問い掛ける。

明彦

そう言うって事はさ……転校後は余り上手く関係が作れなかった……って事なのか?
だからケイ、そんなに変わったのか?

敬一

…………

 敬一はその問いに沈黙するが、少ししてから言った。

敬一

転校後って言うか俺、元々人付き合いは苦手だよ。
逆に仲良く出来たアキ君とユズちゃんが特例

明彦

そうなのか?

敬一

普通なら関わりたいとも思わないもんだよ

明彦

何で? ケイって凄いし良い奴なのに

敬一

また君はさらっとそう言う恥ずかしい事を言う……

明彦

俺はずっとそう思ってるんだよ?

敬一

それは有難い事だけどさ……少し考えてみればわかるんじゃない?

明彦

俺はわかんないな

敬一

俺ってそれなりに自信家だから基本的に嫌われる側だよ

明彦

そんな事無いだろ?

敬一

嫌わないアキ君やユズちゃんの方が変わってる。
見掛けとか神谷医院の跡取りっていう看板に騙されて寄って来た女性達だってすぐに去っていったし、それなりに女性を寄せ付けるから男性からは嫉妬も買う。
そうじゃなくても他人の内面見抜く能力は天才的だから大抵皆それが怖くて寄って来なくなるんだ

明彦

俺はそんな風に思った事無いよ。勿論ユズだってその筈……

敬一

それはわかってるから大丈夫だよ。それに別に俺はそれで構わないから君がそんなに悲しい顔をする必要は無いよ

明彦

でもケイ……

敬一

そりゃ昔は自分は何でそんなに嫌われるのか理解出来なかったし辛い事もあったけど今はもう平気なんだ。平気に……なっちゃったんだよな……

 言いながら敬一は少し沈黙した。
 その後、敬一の言葉を静かに待つ明彦をしっかりと見てから言う。

敬一

ねぇアキ君、俺の昔話、聞いてくれるかな?

 そうして明彦がしっかり頷いた事を確認し、話を始める。

敬一

昔の俺はね……

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