ドリンク棚の前にたたずむ少女は、まるで現実感がなかった。目の前にいるはずなのに鏡に映る幻を見ているようだ。

観音寺彩音

・・・

有馬 明

髪も顔も真っ白じゃないか・・・

全身が真っ白な病気は、確かアルビノとかいう障害だった気がする。俺は昔、「びっくり人間大集合」みたいな記事で面白おかしく書いたけれど、実際に見るのは初めてだ。

少女は、無言でコンビニの棚に手をやった。その手はバイトの青年が言うように赤いチェック柄のミトンで覆われていた。

有馬 明

本当だ!手にミトンをしてる!!

これは何としても話を聞かなくては!俺は高まる興奮を抑えることができなかった。だが、深夜のコンビニで突然話しかけるなんて、取材相手からすれば不審者以外の何物でもない・・・。

しばらく考えた末、俺はコンビニの入り口で声をかけることにした。ここなら、少女が店員に助けを求めたとしてもその隙に逃げることができそうだ。

有馬 明

すみません・・・。今日の夕方お伺いしたストリエ出版の者なんですけど、観音寺彩音さんですよね?

観音寺彩音

!!

少女は一瞬驚いたようだったが、俺を無視してすぐ横を足早に通り抜けていった。

有馬 明

そうですよね!ちょっと待ってくださいよ!

別に驚くようなことではない!取材対象に無視されるなんてのは慣れっこだ。むしろそこからどうするかが腕の見せ所だ!俺は後をつけて勝手に話を進めることにした!

有馬 明

自分、長らくライターをやってていろいろなものを取材しているんすけど、あんな素晴らしい演奏は初めてでめちゃくちゃ感動しました。

観音寺彩音

・・・。

有馬 明

しかも聞けば指が6本あるそうじゃないですか!もうこれは神に与えられた才能そのものですね!!

観音寺彩音

帰れ・・・・。

そうつぶやくと少女は俺を無視してどんどん夜の山道を進んでいった。

有馬 明

そう言わずにちょっとだけでもお話を聞かせてくださいよ!

我ながらしつこいと思うが、この仕事はしつこくないとやってられない仕事なのだ。現に、さっきまで完全に無視されていたのが「帰れ・・・」というコメントをもらえている。俺はさらに話しかける。

有馬 明

コンサートとかやったらいいんじゃないですか?きっとみんな演奏聞きたいと思いますよ!

有馬 明

曲はそうだなあ・・・ベートーベンの「月光」とかどうですか?

有馬 明

ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」みたいなゆっくりしたヤツもいいかもしれないなあ・・・

と、ここで突然少女は立ち止まると、振り返ってこう叫んだ!

観音寺彩音

黙れ!お前に何がわかる!!

観音寺彩音

誰でも知ってる曲適当に並べてご機嫌取ったところで取材になんか応じるものか!!

どうやらこちらをズブの素人と勘違いしているようだ!まあ無理もない話だが・・・。だが、これはチャンスだ!

有馬 明

そうですか・・。すみません・・・・。

有馬 明

じゃ、さっきあなたが弾いてた曲当てたら取材させてもらえますか?

観音寺彩音

分かったわ!じゃあ当ててみなよ!

有馬 明

クセナキスの「エヴリアリ」ですよね!弾きこなせる人初めて見ました

観音寺彩音

へえ!分かるんだ

俺は彼女がわずかに笑顔を浮かべたのを見逃さなかった!ここが相手に取り入るチャンス!そう思った俺は口調を改めて適当に嘘をつくことにした。

有馬 明

申し遅れました!自分、ストリエ出版の有馬明
と申します。これでも一応、音大出ています。
編集長から素人が行って失礼のないように!とのことで私が取材担当になりました。

有馬 明

もしよかったら今度改めて取材に伺いたいと・・・

観音寺彩音

昼間はダメだ!お父様が絶対許して下さらない!

観音寺彩音

今からなら大丈夫だ

有馬 明

今からかよ!

俺は、思いがけず真夜中の洋館で彼女のピアノを聴くことになった。

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