不可視化された『何か』が、廃墟群と化した街の、古びて朽ちた螺旋階段を地下へ向かって下りる。視界で捉えることは出来ないが確かに『何か』はいて、かつんかつんと、下りるたびに一組分、対の音が鳴った。
 螺旋階段は、有事のときか点検、あるいは検査のとき以外他のものが使うことは無い。ゆえに、埃こそ舞わないものの、こうも手摺りは錆び、壁には罅が走るのだろう。

 あとで、修復を命じたほうが良いかもしれない、と、下りつつ見えない『何か』は考えた。

 階段を下り切ると、開けた場所へ出る。橋が渡されたそこは、地下水が湛えられ灯りのせいで七色に輝いていた。この灯りの色は地下を張り巡らせた管が、稼動の機械から洩れる光を透かすからだった。水自体栄養素を含んでいるので色は付いているが、基本クリアブルーなので、ここまで色が変わることは無い。橋を歩くと、ぎっ、と音がした。防水加工されているけれど、経年劣化は免れないらしい。ここも、点検のとき要注意だな、なんて。『何か』は思いながら進む。

 やがて、橋を渡り終えた先には花畑が広がっていた。太陽光も届かない地下で花たちは青い光の中、うつくしく、また密やかに、群生していた。
 今日もここは静かだと感じて、花畑の中を抜ける途中、足を止め耳を澄ませて周囲を見渡す。青々とした、何も無い夜みたいな世界で揺れる花々に、こう言うのを、幻想的と言うのだろうな、などと呑気に考えて、一旦止めた足を再び動かした。

 しばらくして、装飾の施されたホールのようなところへ辿り着いた。目的地だ。奥に鎮座する一個のカプセルの前へ行くと、見上げた。見上げる際、視認出来ない『何か』の隙間から、白と言うのか、銀と言うのか、もしくは白金か、細く細かいものの束が一房零れた。

───


 カプセルには、敷き詰められた花と、少女が、いた。

 全体的に、白い少女だ。髪だけが青みがかった黒。一見花に埋もれ眠っている普通の、きれいな少女……に、見える。

 しかし、少女は普通の少女ではなかった。

 この世界は、機械と、植物と動物しかいない。
 動物も、一部、何と言うか、そう、『ヒト』がいない。猿もいない。遺伝子配列が似たり寄ったりだから、爆発的に流行ったウィルスにやられたとか言われている。真偽は誰も知らない。記録も疎らで、修復を試みているけれど、歯抜けが多く上手く行っていない。

 古代文明と機械を創造したヒトはいなくなり、この星はヒトがいなくなったことで進化した動植物と機械が、領地争いをする地へ変わって行った。

 少女は、植物の女王になる株────言わば『姫』だった。少女の周り、カプセルを埋め尽くす花も、少女から生えているのだ。

 何度目かの攻防戦で女王のプラントを訪れたとき、保護の名目で手に入れた一株だった。ここまで歩き、少女を見上げる『何か』が、己を不可視にしているものを取った。

……

 現れたのは、白っぽい髪色の青年だった。先程零れ出たのは青年の髪だったのだろう。未だ不可視な体部分の、切れ目より腕を出し首元を触る。途端、不可視だった残りも露になった。
 青年を不可視にしていたのは、黒く薄い、ローブだった。首の辺りにスイッチが在り、オフにしたのだ。誰にも見咎められないためだった。首都から離れた、管理ユニット以下は立ち入り禁止の区域で、秘匿であるため。と。

 植物の女王たる姫株を取り戻したいと、動植物側がいつ襲って来るかもわからないからだ。青年は、襟首を忙しなくいじった。取ったローブのフードが、首の辺りに纏わり付くのが煩わしかったらしい。

 緩めた首元から覗けたのは、顔と同系色の肌でなく、無骨な金属の部品で構成された首だ。

 青年は機械側のものだった。機械側の、人間的な言い方をすれば“生物学者”みたいなポジションの。

 青年は、姫株の少女の生体研究を担っていた。青年の双眸はカメラであり、捕捉する映像はデバイスを通せば外部記録も可能だった。勿論、都市に張り巡らされた回線を通じてオンライン上共有することも。少女を一頻り観察、スキャンすると胸の前で親指と人差し指を合わせて、ぴっと開き横スライドさせた。すると青年の瞳には空中に小さなモニターが出現した。モニターには少女の静止画像と数字が整列している。数字を見るに、順に並んでいるようだ。

七日周期にしても三十日周期にしても、特に変化は見られないか……

 映っていたのは、青年が録っていた少女の記録だった。人差し指でスクロールしても、特に少女に異変は無く。ただ、異なる箇所が在るとすれば。

……今日は、夢を見ていないのかな


 少女を埋める花だ。画像の少女はそれぞれ、花に違いが在った。

 ピンク、青、赤、黄色─────そして白。よく見ると、花と共に表情も差異が在った。ごく、僅かであったけれど。

 ピンクの花のとき、少女は笑っていた。
 青い花のとき、少女は物憂げだった。
 赤い花のとき、少女は眉を顰めていた。
 黄色い花のとき、少女は微笑んでいた。

 そうして、白の花のときは、無表情だ。

 青年は青年が録っている記録と、常時稼動している室内のカメラで撮っている映像を付き合わせ、気が付いた。少女は、ここに来る前から睡眠保存されていた。きっと、姫株の保存が適温適度の管理で行われるものなのだろう。

 眠っているのなら、変化の理由は簡単だった。夢を、見ているのだ。動植物は夢を見るメカニズムを持っている。機械には無いことだ。
 機械にも、睡眠時間は在る。けれども、動植物のそれと、これは別物だった。記憶の整理はするが、動植物の恣意的なものより、もっと無機質な作業だった。

 動植物で言う生命活動すらしていない。専用の外部機器にメンテナンスを任せるゆえに。本意での、休止なのだ。

 青年は、記録から視点を外し少女を仰ぎ見た。

 一度も目覚めていない少女が、どんな夢を見ているのか、何に対して喜怒哀楽を感じているのか。休止時は意識もシャットアウトされる機械の青年には、皆目見当も付かなかった────けども。

 少女の、花が変わっていると、うれしかった。

 無論学者的側面も在る。だけどそれ以上に。

“生きている”、そんな気がしたから。

 少女のきれいな面差しが、よろこびの悲しみの怒りの楽しさの、どの感情に染まっていようと。
 変容しているときの少女は、間違い無く、生きているから。

UpDate.XX/XX/XX- 1

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