【32】疑心暗鬼
声が聞こえなくなっても
俺の頭の中では
ずっとあの声が繰り返されていた。
……どういうことだ?
精霊の時計の元へ
行けるのはひとりだけ。
それはつまり、それ以外の6人は
ここから出ることができない
ということだ。
ねぇ、さっき言ってたことって本当なのかな
突如現れる意味不明な暗号に
知恵を寄せ合って、
そんな中で
仲間のように思い始めていた連中と
今度は
たったひとりの脱出権を巡って
争わないといけない、と?
ひとりしか時計の元に行けない、って。
それってひとりしかここから出られないってことだよね?
そんなこと……
嘘だ。
あの声が誰だかは知らないが
俺たちを引っ掻き回して
面白がっているだけだ。
と、そう思いたいのに
そう、思い切れない自分の存在を
感じる。
俺たちは最初から
この目的で集められたのか?
こうなることがわかっていたなら
俺も杏子もこんなところになど
来やしない。
他のみんなだってそうだろう。
俺たちは何故ここにいる?
何故……
じゃあ時計の元に行くのはあたしだわ!
だってあたしがいなくなったら困るファンの子はいくらでもいるもの!
突然、うさぎが叫んだ。
あんたたちならせいぜい親くらいでしょ?
身を翻すと
壁に飾られていた銃を取り、
銃口を俺たちに向ける。
そんな……みんなで出られる方法を考えましょ?
いい子ぶるのは止めて!
銃を見て
杏子が声を震わせる。
こっちも反撃できれば
事態が変わったのかもしれないが
剣も銃もうさぎの後ろだ。
待てって!
そんな、使い慣れないもん持つと危ないぞ!
素人が銃を撃とうとして
暴発するシーンなんか
TVや映画で何度も見た。
何度も出るくらいなんだから
事故としては定番なんだと思うが
まさか、同じことを
目の当たりにする日が来るとは。
大丈夫よ。この間、刑事ドラマのロケで持ったもの
持つのと実際に使うのとは違うから!
どうすればいいんだ。
俺と杏子が手をこまねいていると、
いや、消えるのはお前さんのほうだろ
杏子を後ろに下がらせて
前に出てきたオッサンは
そう言うとうさぎを睨みつけた。
ほら、この絵。
お前さん、この花の色が緑だからって美登里さんを切り捨てたよな
オッサンは本を開くと
ページを見せつけるように
うさぎに向かって突き出した。
例の静物画のページだ。
ここに描かれているのは薔薇、栗、洋ナシ。
この白い花は多分トラノオで、こっちのオレンジのはアンズだ。
ここに「うさぎ」はいない。
「タチバナ」もない。
犠牲になる役割を美登里さんに押しつけたつもりなんだろうけど、本当はお前が犠牲になるのが正解なんじゃないのか?
思えば、うさぎが
「薔薇が緑なのが正解なんだ」と
言い出した時から
オッサンはうさぎを睨んでいた。
ずっと胸の奥でくすぶっていたものが
銃を突きつけられたことで
噴き出したのかもしれない。
そんなオッサンに
いつもと違うものを感じたのだろう。
うさぎは銃を向けたまま後ずさる。
な、なに言ってるのよ。
あたしは違う! あの時の答えはあの女よ
それにその雑なオレンジ色がアンズとは限らないじゃない! 橘の実だって似たようなものだわ
俺はテーブルに置かれたままの
橘の枝に目をやる。
その枝に実はついていないが
花の大きさからいって
似たようなものかもしれない。
しかしそうなると杏子が外れる。
この場合、
外れるということは
「美登里のように
置いて行かれる可能性がある」
と言うことだ。
そう思いながら彼女に目をやると
……
杏子もそれに気づいたのか、
俺の上着の裾を握ってきた。
現にここまでこられたじゃない!!
間違った答えなら道なんかなくなるはずよ!?
杏子のことを思うと
ここはうさぎの言うように
「美登里が正解だった」
と思いたくなる。
そうだ。
ここに来られたのは、
あの時の答えが
うさぎでも杏子でもなく
美登里だったからだ。
そうでないと……
その辺はいくらでも細工できる。
あの声の奴はお前を助けたがっていたみたいだしな
こういう密室殺人ものっていうのは、その中で誰が得しているか、っていうのが犯人捜しのポイントなんだ
オッサンは冷ややかに言う。
虎次郎が消えて誰が得したか。
美登里さんが消えて誰が得したか。
それを考えればおのずと犯人は見えてくる
しつこく
うさぎにつきまとっていた虎次郎。
彼がいなくなることで
1番得をしたのは
つきまとわれていたうさぎだ。
うさぎがキリオに
近づこうとする時に
邪魔だったのは美登里だ。
それを言うならキリオはどうなるのよ!
あたしはなにも得なんかしない!
どれだけ甘えてもなびきもしない男なんかいらないと思ったんじゃないのか?
……
そうなのだろうか。
言われてみれば
うさぎだけが得をしている。
だけど
その程度で人を殺したり――
いや、どれも
確実に死んだとは言えないけれど
そんな、アイドル生命が
終わってしまいかねないことを
するだけの利益になるだろうか。
あの声はお前さんのことを「お姫様」って呼んだよな。
「精霊の姫」の「騎士」みたいに、誰か他に手を下す奴がいるんだろう?
いるわけないでしょ!!
……あのふざけた声の奴
知らない!
あんな声知らない!!
引き金にかけた指が震えている。
マズい。
このままじゃ本当に撃つかもしれない。
うさぎ! 落ち着、
あたしは落ち着いてるわよ!
……あ、あれ?
うさぎの銃から
空しい音が鳴った。
撃てるわけがない。
お前さん、安全装置を外してないだろう?
……
安全装置がどれかもわからないだろう?
……銃ってのはこうやって使うんだよ
オッサンは懐から拳銃を取り出すと
ガチャリ、となにかを動かし
オッサン!!
そんなのオッサンのキャラじゃねぇだろ!? どうしたんだよ!!
お前さんに俺のなにがわかる?
一面だけ見て判断するのは尚早ってなもんだぜ? 少年
その銃口をうさぎに向けた。