【18】扉を開けたら
あれっ!?
朱梨!
扉を開けたら応接間だった。
遅かったのね。
……キリオさんは……まだ?
雪国じゃないだけまだましだ、
……なんて言ってる場合じゃない。
おかしい。
俺たちより先に行ったはずのキリオが
来ていない
というのもあるけれど、
その前に
地下倉庫の扉を開けた先が
どうして応接間なんだろう。
……キリオ、違う出口に行っちまったとか?
俺の後ろから応接間に入ってきて
同じく唖然としているオッサンに
小声で話しかける。
ここに来てないってことは、そうなんだろうなぁ
戻って他の出口も見てみる?
ううむ……
そこには
見慣れた廊下が広がっていた。
右に行けば螺旋階段、
左に行けばホール。
酒樽どころか
それを
連想させるような匂いすらない。
どういうこと!?
いや、俺に言われても
どうなっているのだろう。
オッサンとふたりで
同じ夢を見たとでも言うのだろうか。
そんな挙動不審な俺たちに
杏子が眉をひそめる。
朱梨?
あ、いや、なんでもないって
「なにか尋常ではない力が働いている」
そんなオカルトじみた考えが
浮かんだけれど
俺は首を振ってその考えを振り払った。
オッサンとふたりで夢を見たんだ。
それでいい!
それか……そう!
これは「どっきりカメラ」みたいな奴で、
「まぁ、なんということでしょう。
匠の技によってあの地下倉庫が
一瞬で廊下に変わってしまった
ではありませんか!」
なんてことが
大量のスタッフさんのおかげで
あったに決まってる。
うん。
そのほうがずっと現実的だし
それなら剥製の数が増減したのも
同じように
人海戦術の賜物だった
って理由づけられる。
それより、他のみんなは?
俺はなんでもない風を装って
部屋を見回した。
ソファの肘に顔を埋めるようにして
うさぎが座り込んでいる。
もう泣く気力も
なくなってしまったのか
眠っているように動かない。
杏子は本を読んでいたのだろう。
例の本がテーブルの上に
広げたまま置かれていた。
そして。
……美登里さんは?
オッサンも気づいたのだろう。
ひとり足りないってことに。
トイレかな?
やだ来栖さん、もしそうでも女の人にそんなこと聞いちゃだめですよー?
俺たちの心配をよそに
杏子はころころと笑った。
美登里さんはうさぎちゃんが元気になるようになにか作ってくる、って
向かいの配膳室に行ってます
応接間の
廊下を挟んだ反対側にある
部屋のことだろう。
お茶の支度ができるように
簡単なキッチンがついていた。
こんな城なら厨房ももっと
本格的なものがあるだろうから
本当に簡単なものしか作れないけれど
リンゴを剥いたり
カップラーメンを作ったりする
くらいならできそうだ。
あ、ああ……そう
オッサンが安堵の息を漏らすと
杏子は悪戯っぽく笑った。
心配?
まぁ、こんなことがあれば、ねぇ
美登里さん美人ですもんねー
……
大人をからかうんじゃありません
こんな事態だ。
また消えたんじゃないか、
と思っていたのだろう。
オッサンは心底安堵したように
笑った。
安心したら腹減ってきたよ
俺の分も作ってくれてるかな
いえ! いなかった人の分まで作ってないと思いますよー
それはないだろぉぉ?
杏子のセリフに
オッサンが盛大にズッコケる。
仕方がない。俺はタバコにしとくか
懐から
くしゃくしゃになったタバコを
1本取り出すと、
オッサンは大事そうに火をつけた。
ここ禁煙だぞオッサン
換気扇も開けられる窓もない部屋で
タバコを吸うのはやめてほしい。
窓際で吸うから勘弁してくれ。
今は吸いたい気分なんだよ
開かない窓になんの意味があるんだよ
配膳室行けば?
換気扇くらいあるだろ?
ついでに美登里さんの確認と
食べ物の追加もしてくれば
一石三鳥だ。
はいはい、杏子ちゃんと再会に浸るのにオッサンは邪魔ですね。わかりましたよっと
誰もそんなことは言ってねぇ
嫌だよ、このオッサン思考。
ほんの数十分会わなかったくらいで
再会の喜びもなにもないだろうが。
彼女でもないのに。
それでも配膳室を見てくる気には
なったのだろう。
オッサンは
「よいしょ」と情けない掛け声をかけながら
部屋を出て行く。
しっかしなぁ、美登里さん「タバコ臭いのは嫌いよ~」なんて言わなきゃいいけどなぁ
「あら人手が足りなかったのよ~」って歓迎されるぜ
お前かわりに行って来いよ
俺、タバコ吸わねぇもん
そんな
オッサンが離れた窓の下には
キリオが言っていた
黄色の薔薇が