【11】消えた狼






























俺たちは再びホールに戻ってきた。


剣持 朱梨

キリオー!

綺羅星 うさぎ

キリオー!!


どれだけ呼んでも
あの長身の軍服姿は現れない。

来栖 康青

……いねぇなぁ

深見 美登里

入れ違いになったのかしら

来栖 康青

廊下1本でつながってるんだ、途中ですれ違うだろ?
何処か別のところを探してるのかも

綺羅星 うさぎ

ひとりになると危険だって言ったのはキリオよ!?
単独でどこかに行くかしら

来栖 康青

そりゃうさぎちゃんは危険だろうが、あいつは武器も持ってるし、大丈夫だと思ったかもしれないぜ

来栖 康青

なにか重要な手かがりを見つけたんだけど逃げていきそうだったから追いかけて行っちまった、とか

深見 美登里

……ならいいんだけど









脳裏に
シアタールームで見つけた
血染めの手形がよみがえる。

あの手形を残して虎次郎は消えた。
あんなふうに……キリオも……



そう考えていたのは
多分、俺だけじゃないだろう。









来栖 康青

それにしても気になるものって言っても
この剥製ぐらいしか見当たらないなぁ

来栖 康青

鳥、兎、サメ……ん?


動かない動物の群れに目を向けたオッサンは
そこで、はた、と止まった。


つられるように
俺も剥製を見る。

剣持 朱梨

数が……減ってる



ホールに残っている剥製の数は
5体。

剣持 朱梨

狼と虎がいない




これが
小さいリスや上空にいる鷹だったら
見落としたかもしれない。


しかし狼と虎という
大きさでも色でも目を惹く2頭の消失は
いやがおうにも目立った。



綺羅星 うさぎ

どういうこと?

来栖 康青

……

来栖 康青

消えたのは虎と狼。
虎次郎とキリオを消したっていう意味なんじゃ……


なんとなく想像していたものの
口に出しては言い辛かったことを
オッサンが呟く。







綺羅星 うさぎ

そんな……そんな、それじゃこれからこうやってひとりずつ……



うさぎだけではない。

美登里も杏子も、
ここにいる全員が息を呑むのが
わかった。



















綺羅星 うさぎ

ねえ!

うさぎが突然
俺の襟首を掴む。

綺羅星 うさぎ

なんでキリオなの!? 同じ犬だったらあんたでも良かったわけじゃない!!
どうしてキリオがいなくならなきゃいけないの!?

剣持 朱梨

え……



突然の口撃に
とっさに言い返すことができない。

呆然としている間にも
うさぎはマシンガンのように
言葉を浴びせ続ける。

綺羅星 うさぎ

あんたが消えれば良かったのよ!!
同じ犬なのになんであんたは残ってるのよ!

小鳥遊 杏子

そんな言い方って……!

綺羅星 うさぎ

あんたが!!




剣持 朱梨

……


















深見 美登里

……気が立っているのよ。私はうさぎちゃんを連れて先に戻ってるわ

美登里が俺からうさぎを引きはがし、
肩を抱くようにして連れ出していく。




オッサンが、

来栖 康青

ああ……杏子ちゃんも戻りな。なるべくかたまっていたほうがいい

と言って
杏子にも戻るように促した。

小鳥遊 杏子

朱梨は……?

杏子が俺を気遣うように
恐る恐る
袖を引っ張っているのがわかる。





そんな杏子に
オッサンはなだめるように

来栖 康青

男は男同士のほうがいいこともあるのさ~

と言って笑った。




























杏子がなにか言いたそうに
俺を見る。

でも、俺には
それに答えてやる気力など
とうになくなってしまっていた。





有能なキリオよりも
俺が消えれば良かったのか?

同じ「けん」……犬同士。










でも。



























小鳥遊 杏子

……それじゃ……





杏子たちが応接間に戻っていくのを
見送ったオッサンは
それから、
「さて」と呟くと振り返った。

来栖 康青

……まぁ、うさぎちゃんの言うことは気にすんな。恋は盲目って言うだろ?

剣持 朱梨

……いや、別に。
気にしてないっすよ

気にしてないと言えば嘘でしかないが
他の答えかたを俺は知らない。




そんな不器用な返答に
違和感を感じたわけではないだろうが
オッサンは

来栖 康青

ん? そこはもうちょっと気にしてほしいんだが


そんなことを言った。

剣持 朱梨

……はい?



大泣きするのを期待したのか?

女の前じゃ泣けないから
杏子たちを帰したのか?




「泣きたいなら俺の胸を貸すぜ!」

なんて
昭和の熱血教師みたいなことは
言わないでほしいのだが。







一瞬そんなことが頭の中をよぎったが、
オッサンは
俺の感情などどうでもよさそうな顔で
剥製をぐるりと見回した。

来栖 康青

この剥製なぁ、やっぱ本当の正解はキリオじゃないかって思うんだ

来栖 康青

よく考えてみろ?
他の奴がみんな名前に動物が入ってるのに、キリオだけ剣から犬を連想させるのは無理がありすぎるだろう?



考えをまとめながら言うように
静かに言葉を紡いでいく。


来栖 康青

この中にキリオを示す動物はいない。
本当はキリオを消すつもりでこれを用意したんじゃないかと思うんだわ



オッサンは
手近にあったサメの剥製を撫でた。

来栖 康青

でもそうできないなにかがあったんだろうな。
だから虎の口ん中に鍵を仕込んで、虎が正解みたいに見せたんじゃないかと思ってる

それってどういう……?


虎が正解ではない?


そりゃあ確かにあの回答は
俺でも完璧だとは思わなかったし
杏子も半信半疑だったけれど



虎から鍵が出てきて
てっきり正解だとばかり思っていた。





でも








来栖 康青

例えばの話、もしキリオがこの暗号を出してる奴なんだったとすれば、さっさと脱落したほうが動きやすい

来栖 康青

今後人数が減っていけば、単独で動くのは危険だ、って固まることは容易に予想できる。
そうすれば暗号やアイテムを仕込むのも一苦労だろう?
殺られたことにしてさっさといなくなれば自由に動ける

キリオが犯人だって言うのか?


意外な回答に絶句する。

が、仲間だと思っていた中に
犯人がいたというのは
ドラマなんかじゃよくある話だ。

来栖 康青

いや、わからん。
推測のひとつだ


まだ憶測でしかないのだろう。
オッサンは苦笑いを浮かべる。

来栖 康青

同じ理由で虎次郎が犯人って推測もできるし、こうやって他人を犯人に仕立てようとしている俺が真犯人かもしれない

要するにわかってねぇんだな?

来栖 康青

そういうことだ。
ただ今回、奴はキリオを消すつもりでホールに呼び寄せたのは確かだと思う。



ホールの中でオッサンの声が響く。


それを気にしてか、
オッサンは声をひそめた。

来栖 康青

しかしそのあと予定が変わった。
だから剥製を増やして虎にダミーを仕込んだんじゃないか、と

でもキリオは消えたぜ?

来栖 康青

そう。消すつもりがなかったのにキリオは我々の前から消えてしまった。
だからこうして狼と虎を隠して、いかにも「キリオが消えた」のはあらかじめ決まっていたことなんだと言おうとしたんじゃないだろうか

来栖 康青

第一、この剥製は固定してあるわけじゃない。
俺を消したければリスを、お前さんを消したきゃ犬を隠せば、簡単に予告できる

剣持 朱梨

……ごめん。よくわかんねぇ




要するに
テロがあった後でどこぞの団体が

「やったのは我々だ」

と、名乗り出るアレと
似たようなことなのだろうか。



キリオの失踪は
暗号を出している奴のせいではない、と?

来栖 康青

だから、キリオはまだ敵さんの手にかかってはいないんじゃないか、ってことだ。
キリオ自身が敵じゃなければの話だけどな

剣持 朱梨

え!?


俺はオッサンを見上げた。


キリオが生きている?


それは嬉しいことだけれども
だけど、

剣持 朱梨

じゃあキリオは何処に

来栖 康青

だからさ。さっき言ったろ? なにか見つけて追いかけて行っちまったんじゃないか、って。
奴ならやりかねない


その光景を思い浮かべたのだろうか。
オッサンは口元を歪ませた。


























確かに。


俺たちがただ大騒ぎしている間に
いろんなことを調べていたキリオのことだ。
俺たちじゃ見落とすようなことを
見つけたのかもしれない。

剣持 朱梨

でもなにか見つけたら皆を呼べってことだっただろ?

来栖 康青

うさぎちゃんがうるさいからなぁ。ひとりのほうが身軽だと思ったのかもしれん

……



……ものすごくあり得る話だ。



アイドルに貼りつかれるなんて
虎次郎なら狂喜乱舞するだろうけれど

「綺羅星 うさぎ」を
知らなかったキリオでは
鬱陶しいだけかもしれない。


来栖 康青

しかし、敵さんがそうやって嗅ぎまわるキリオを野放しにするとも思えん

来栖 康青

敵か味方かもわからん上に、あいつを消そうとしている奴も追っているかもしれねぇ。
だったら、か弱い女性陣には退場していただくのが騎士ってもんだろう?

剣持 朱梨

騎士?

来栖 康青

忘れんの早いぇな。
「精霊の姫の騎士」とか言ってたじゃねえの、そこの板が



オッサンは剥製の足元に置かれていた
金属板を指さした。

物語の一部のような暗号には
確かに
俺たちをなぞられた動物たちが
「騎士」と呼ばれていた。


来栖 康青

ってことで、俺らはもうちょいキリオ探しだ




オッサンはニヤリと笑った。










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