バスルームの中には男の子がいた。

僕たちが急にドアを開けたからなのか、
驚きながら後ろへ跳び上がって
尻餅をついている。
 
 

トーヤ

キ、キミはいったい?

クロウ

あうあう……。

カレン

ちょっとっ!
しゃきっとしなさいよっ!

クロウ

ひゃんっ!

トーヤ

ダメだよ、カレン。
そんな頭ごなしに怒っちゃ。

カレン

でも……。

トーヤ

僕は薬草師のトーヤ。
それに医師のカレンと
商人のクロードさん。
キミの名前は?

 
 
驚かせないように、僕は優しく問いかけた。

すごく怯えているから、
落ち着いて話せるように気遣ってあげないと。


僕だっていきなり怒鳴られたら、
頭の中がごちゃまぜになって慌てちゃって
うまくお話ができないもん。



笑顔で話をしてくれるのを待っていると、
彼は強張っていた表情を少し緩め、
上目遣いに僕を見つめながら口を開く。
 
 

クロウ

……使い魔のクロウです。

クロード

キミはなぜここにいるのですか?
ここは私たちの船室のはずですが?

カレン

部屋を間違えたとは
言わせないわよ?
自分の部屋だと思っているなら、
隠れる必要はないものね?

トーヤ

あ……確かにそうだね……。

クロード

理由を説明していただけますか?

トーヤ

ことと次第によっては
なんとかして
あげられるかもしれない。
だから話してみて?

クロウ

っ……。

トーヤ

大丈夫、怖がらないで。

クロード

…………。

カレン

…………。

 
 
僕はクロウくんの頭を撫でた。

――でもそのあとで気付いたんだけど、
やっぱりそれってまずかったかな?


見た目は年下に見えるけど、
魔族なら実年齢と一致しないことがよくある。
もしかしたら何百歳も年上かもしれない。

例えば、セーラさんは280歳を超えてて、
クロードさんは185歳。
ライカさんは123歳なんだって。



でもそんな僕の心配は杞憂に終わり、
クロウくんは笑顔になってくれる。
 
 

クロウ

あの……僕はとある理由があって
旅をしているんです。
でも陸走船に乗るおカネがなくて、
その……忍び込んで……。

カレン

なっ!? それってつまり
密航ってことっ?

クロウ

ゴメンなさいっ、
ゴメンなさいっ!

クロード

とある理由とは?

クロウ

ある人へ手紙を届けてくるよう
ご主人様に命じられて。
でも次々と引っ越しをしていて
なかなか見つけられなくて。

クロウ

でも今はダンリの町にいると
ようやく突き止めたんです。
でも長旅のせいで
旅費が乏しくなってしまって……。

クロード

それで密航をしたわけですね?

クロウ

はい……。

 
 
そっかぁ、そんな事情があったのか……。


確かに陸走船の運賃って高いもんね。
僕たちだって滴りの石がなかったら、
どうなっていたか分からなかったわけだし。

実際、セーラさんは密航しようとする
雰囲気になった時もあったからなぁ。
 
 

トーヤ

その人の名前は?

クロウ

ガイネさんといいます。

カレン

えっ?

クロード

私たちが
会いに行こうとしている方と
同じ名前ですね。
ダンリにいるという点も同じです。

クロウ

そうなんですかっ!?

トーヤ

クロウくんの探している
ガイネさんって、
何をしている人なの?

クロウ

技巧師(クラフター)だそうです。

 
 
技巧師は歯車や金属の棒などを組み合わせ、
魔法以外の動力を使って運動させる道具を
作ったり整備したりする職業だ。

武器職人であるセーラさんと
やっていることは似通っているかも。


もっとも、彼女は武器職人とはいえ、
技巧師っぽいこともしてるけどね。
さすが名工って呼ばれているだけはある。

しかもその上、一流の商人でもあるんだから
その多彩な才能がうらやましい。
 
 

カレン

別人かしら?

トーヤ

そうかもね。
シンディさんの関係者なら、
薬草師とか医師とかだろうし。

カレン

シンディさんに
職業を聞いておけばよかったわね。

クロード

それでトーヤ様。
クロウ様の処遇は
いかがいたしますか?
警備員に突き出しますか?

クロウ

ひっ!

トーヤ

それは……可哀想ですよ……。
クロードさん、
穏便に済む方法はありませんか?

クロード

お優しいトーヤ様なら
そうおっしゃると思いました。
お任せください、
私が責任者と交渉して参ります。

トーヤ

クロードさんっ!

カレン

…………。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その後、クロードさんが
交渉してくれたおかげで、
条件付きで無罪放免ということになった。

――その条件というのは、
僕たちがクロウくんの身元引受人になること。


つまり船に乗っている間は
僕たちがクロウくんの行動を管理する
義務を負うことになる。



そんなわけで、ちょっと可哀想だけど
勝手に船室から出歩くのは禁止とか
行動に制限はつけさせてもらった。

でもそれ以外に不自由はないし、
密航している時よりは
ゆったり過ごせると思う。


だって誰かに見つからないかなって、
ビクビクしなくていいんだから。
 
 

クロウ

トーヤさん、
寛大に取りはからっていただき、
ありがとうございますっ!

トーヤ

いいんだよ、困った時はお互い様。

セーラ

またまた楽しい仲間が
増えましたねぇ。

ライカ

トーヤさん、クロウくんは
ダンリまで行くんですよね?
でしたら一緒に旅をするというのは
いかかですか?

トーヤ

実はみんなにその話をしようと
思っていたんです。
どうですか?

セーラ

私は賛成ですよぉ。

クロード

私はトーヤ様の判断に従います。

ライカ

私も問題ありません。

トーヤ

カレンは?

カレン

……私は反対。
だってまだクロウのことを
よく知らないし。

クロウ

……ですよね。
見ず知らずの僕なんか
受け入れてもらえなくて当然です。

カレン

でも、今後の行動次第で
認めてあげてもいいわ。
ノースエンドに着くまでの間、
しっかり見極めさせてもらうから。

トーヤ

カレンっ!

クロウ

カレンさんっ!
ありがとうございますっ!

カレン

…………。

 
 
こうして僕たちの旅に
暫定的ではあるけど、クロウくんが加わった。
ますます楽しい旅になりそうだ。


素直ないい子っぽいし、性格も僕に近そう。

ノースエンドに着くまでに
たくさんの色々なお話をしたいなぁ。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第73幕 遭遇! 小さな密航者

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