結果から言おう。
まさかこんなことになるなんて……
結果から言おう。
僕と桐谷は３回戦で敗れた。順位で言えば５位タイ。準々決勝で惜しくも２点足りずに負けたのだ。
何とも面白くもない結果であるが、文句は言わないで欲しい。僕と桐谷は凡人であり、あくまで人間なのだ。
そう。化け物はあいつらだ。人間をやめたのだろう。もはや僕たちには理解不能だった。
パコンパコンと、ボールの跳ねる音が軽快に鳴っている。マスタークラスの決勝戦の真っ最中だ。
と言っても、それは既に正気の沙汰ではなかった。
選手は、綾瀬咲月と、彼女のパートナーである先ほど出会った高校生の少女。
はあああああああああああ！！
でやああああああああああ！！
彼女たち２人だけであった。
まさか５戦連続で無失点の完全優勝なんてね……咲月と今後スポーツはしないと決めたわ
しかも決勝戦なんか、相手の２人とっくに勝負を諦めて、あの剛速球を避けるためネット際で蹲っていたからね
そうなのだ。彼らは１試合５分程度で勝利をもぎ取っていた。もう何を見ているのか途中で分からなくなったくらいだ。
では今目の前で行われている決勝戦とは何なのか。彼女たちいわく、『真の決勝戦』だそうだ。
既に相手のいなくなった決勝戦を終えた後の彼女たちの言い分はこうだ。
もう終わりか！？ 足りん。動き足りないぞ！！
そうです！ 足りませんよ。ようやく体が温まって来たというのに！！
どうだゆっきー。私と決着をつけないか？ どうせお前も今までの敵に満足できていないのだろう？
いいですね。その話受けて立ちます。私の見る限りあなたはそこそこのやり手なようですしね
やると思ったよ……綾瀬なら
咲月が最後まで何もせずにいられるわけないわ
そんなこんなで彼女たちによる『真の決勝戦』なるものは、すでに２０分ほど続けられていた。
ちなみに今回のテニスは初心者でもわかりやすくするように、５点選手の特別ルール。もし４対４になっても５点目を取れば勝ちという変則的なものだ。
そして今の得点も、４対４の両者ともマッチポイントだった。
と。ここで僕の携帯が鳴る。
もしもし。ああ、青葉か。今ちょうど綾瀬が決勝戦やってるんだけど……
この様子じゃまだかかりそうよ。何かプレイしながら叫んでいるし
叫んでいる、と聞き見てみると、なるほど。２人のテンションは上りに上がっているようだ。
思ったよりもやるじゃないか！
あなたもね！ こんなに血が沸き立ったのは久し振りよ
そんな綾瀬に、僕は青葉からの伝言を伝える。
おーい！ 綾瀬！ そろそろ青葉たちが来るそうだぞー！！
了解だみーくん！ もう終わらせる！！
言いながら、綾瀬はラケットを持っていない左手を僕に振った。
早く終わらせるなんて随分と余裕ですね。そんな余裕があるのですか？
確かにゆっきーはグッドプレイヤーだ。私も楽しめたよ。いい暇潰しになった
暇潰し、と言いましたか？
ああ、そうだ。どんなに頑張っても、お前は底止まりだよ。私には勝てない
ほう？ ではその力を見せてください
済まないな。奥の手を使わせてもらう
言って、綾瀬は大きく息を吸った。
そして叫んだ。奥の手とも言える、その禁じ手を。
ゆっきー。お前さっきから激しく動いたせいでパンツ丸見えだぞ！！
なっ！？
綾瀬の言葉に、黒須は両手でスカートを抑える。
その隙を綾瀬は狙っていたのだ。
隙あり！！ 喰らえ！ 秘技『消えて燃える愛のスマッシュ』！！
消えるのか燃えるのかどっちだよ
ネーミングセンスがまるでお子様ね
綾瀬の振ったラケットがボールに当たった瞬間、テニスの中では絶対に聞かないであろう鈍い音がした。
そして、次の瞬間には本当にボールが消えたのだ。
おいおい嘘だろ……
み、見てあれ。本当に燃えてるわよ
桐谷の視線の先を見ると、確かに。本当に燃えていたのだ。
黒須のスカートが。
きゃ、きゃああー！ 嘘でしょ！？ あり得ないわ！！
悪いがゆっきー。これが私とお前の埋まらない差だ
く……外道め。せっかく親友になれたと思っていたのに
既にお前は私の策に嵌まっていたのだよ
な、なあ。そんなことより、その火を早く消した方がいいんじゃないか？
そうね。急がないと本当にパンツを晒すことになるわよ……大衆の面前で
覚えてなさい！ この借りは近いうちに必ず返させてもらうんだからっ！！ 取り敢えずは今回予定されていたおまけを邪魔させてもらうわ！
そう言って黒須はほのかに火をあげるスカートをパタパタとはたきながら、一目散に走り去って行った。
その火が夜の火事に関係があるのかは僕には今も分からない。そんなことはないと、僕の勝手な思い過ごしだと願うばかりである。
だけど。
この出来事がなければ、あんなことにはならなかったはずなのだ。
僕はそう確信し、意味のない後悔に苛まれるのだった。
いつまでも夢にうなされている場合ではないですよ
タイムリミットが迫っています
あなたが消えないことを願っていますよ。私はそのために来たのですから
こればっかりは、今のあなたは気付いていないかもしれませんけどね
