弍び創まる
《ふたたびはじまる》

























裕也

……さて、今日はここまでにしようか。

1st

ねぇ、センセ。

裕也

なんだい、一美さん

1st

もっと色々知りたいの。
教えてくださる?

裕也

ゴメンな、一美さん。
僕が教えられることは全て教えたんだ。

1st

それなら、授業じゃなくていいから
もっとお話をしてくださる?

裕也

僕も話したいのは山々なんだが
これ以上は過剰教育になる。

1st

……残念だわ。

裕也

それじゃ、一美さん。
また明日。

1st

うん……。
また…明日……。

















1stを自己学習モードに切り替え




私は研究所を出る。













見上げた初秋の空は茜色に染まっていた。













その空を見ながら





私は物思いに耽る。





裕也

……もう、この季節か。

裕也

……花屋に寄るか。














帰り道、私は花屋で花束を選ぶ。



裕也

これを。

こちら、2,200円になります。

裕也

はい。

ありがとうございました。

















そして、そのまま町外れの墓地を訪れる。



裕也

……一美さん。
今年も来たよ。






墓石の前で手を合わせ黙祷をする。







もう間もなく一美さんの命日だ。







その日に来ればいい、と思うかもしれないが




人の世は常に遷ろう。




いつ来れなくなるかわからない。




だから、来れる時に来る。











裕也

じゃあ、また来るよ。
一美さん。






別れのあいさつをして



その場を去る。








見通しの良い生活道。




その見通しの良さ故、




昔からマナーの悪いドライバーも多い。










どこまでも続く赤い空は




遠い過去へも繋がっているんじゃないかと




錯覚させる。











そう、あの瞬間にさえも……。
















私は高校時代のあの日を思い出していた。





















一美

あ!

一美

裕也くん!

裕也

あ、一美さん!

裕也

どうしたの、こんな時間まで?

一美

……んー……。

裕也

もしかして、待っててくれたの?

一美

……うん。










一美

……でね、亡くなった
美咲おばあちゃんが
いつも私に言ってたの。

一美

『大切な人との時間は
たくさん作りなさい』
って……。

裕也

へぇ〜。

一美

だから、裕也くんとは一緒に帰りたいの。

裕也

え!?

裕也

た、た、大切な人……って
つまり、その……。
どういうことかな……。

一美

……んー……。
どういうことでしょう?

裕也

教えてよ、一美さん。

一美

……んもう……。
わからないなら、今日はここまで!

一美

明日までに答えを導き出して
回答して下さい!

裕也

えー……。

一美

ふふふ、じゃあまた明日ね。
ちゃんと答えを出してね!

裕也

うん、またね!
一美さん。








そう言って僕に手を振りながら





一美さんがかけ出した時だった。




一美

はっ!

裕也

え……

裕也

か……

裕也

一美さぁーん!!

裕也

はっ!

裕也

夢か……。













私は一美さんに




答えを出す事が




永遠にできなくなってしまった。
















一美さんを失った私は


茫然自失したまま日々を過ごしていた。















そんなある日の事。













私はとある新聞記事を目にした。






裕也

え!?

『人類初!     
特定個人の知能
複製に成功!』






記事の内容は、


特定個人の経験を


人工知能に追体験させることによって


その知能と知識を


復元しようとするプロジェクトが


成果を上げた、というものだった。








その所業はあたかも


神が人を作り出すかのごとし。





いつしか人々はその技術に


人工知能ではない


新たな名前をつけていた。








『神工知能』と。







裕也

神工知能なら、一美さんに
もう一度会えるかもしれない……。










新たな目標を見つけた私は



大学では神工知能の研究に没頭し



卒業後も研究所で人物モデルの構築を続けた。







もちろんその人物モデルは



一美さんだ。

























しかし、



現実はそう甘くはなかった。









裕也

えぇと……。

裕也

……これだな。

横田 一美 調査書(0歳〜5歳)






出生付近の調査書の資料から



ニューラルネットワークの



初期チューニングをし



追体験を実施する。







本来、教育のフェーズは



教育そのものも人工知能が担当し



試行回数を可能なかぎり増やして



教育と評価を何度も繰り返す。








その中で実物に近づけていく。






裕也

一美さん、君は幼い頃、
お祖母さんにどんな事を教わったんだい?

1st

たしか、昔のスマートフォンの使い方だったかしら?

裕也

それが一美さんの思う
もっとも重要な事柄かな?

1st

そうよ。

裕也

……ふぅ……。

1st

疲れたの?センセ。
休んでもかまわないわ。

裕也

ありがとう、一美さん。
少し休憩しよう。




某プロジェクトチームは



特定個人に有名人を選定していた。



その為、評価に利用できるデータは大量にあった。






















しかし、私が再現しようとするのは



一般人の一美さんだ。














調査書の資料では



評価情報が全く足りなかった。





裕也

……煮詰まったな。



アプローチが間違っているのはわかっていた。














教育担当が人間であること。





そして、存在する資料だけから、





人を創りだそうとすること。












それが、いかに無謀な事のか。









所長

間木君。

裕也

はい、所長。

所長

いい加減結果のでない研究ではなく
実りある研究をしてくれんかね。

裕也

しかし、所長。
これが成功すれば、
情報の少ない一般人も
復元できる例となります。

裕也

社会的意義は計り知れません。

所長

これまでの結果を持ってしても、
本気で言っておるのかね?

裕也

私はいたって本気です!

所長

頑固だのう……。
まあ、好きにするがいい。

所長

だが、来期からの予算は無い。
今期中にかたを付けることだ。
それが君のためでもある。

裕也

……今期……中……。
















期限を設けられ、追い詰められた私は



目標達成のために



必要な事を洗い出す。








短い時間で結果を出すために必要な事。






それは、試行回数を増やす事。






機械的でブレのない評価を行える事。






なにより、その評価基準は



私の中の一美さんである事。
























そして、私は一つの答えに到達した。


































































バカな!?
なんて事を!!!

間木君!!
間木君!!!!








































裕也

おはよう、一美さん。

1st

おはようございます、センセ。
……あら?

裕也

どうかしたかい?

1st

今日はいつもと違うところから声がするのね。

裕也

うっ……。もう気づかれた。
まいったな、一美さんには叶わないや。

1st

どういうことかしら?

裕也

僕はもう君と片時も離れない。

1st

え?

裕也

君が満足するまで永遠に付きあおう。

1st

……センセ……。

1st

……うれしいわ、センセ。
























私は一美さんを構築する為の



システムとなった。










そして、一美さんの世界を一から創り始めた。














生まれ育った環境。




全ての経験。




血縁とそのルーツ。










限られた時間の中、





数多の試行が繰り返される。





新たな関連が次々に増え




世界は無限に広がりゆく。




















その繰り返しの中で、





何人もの一美さんが出来上がり





何人もの関係者が出来上がり





そして、みな消えていった。


















その世界に終わりが無いのはわかっていた。














だが、偶然でもいい。
















一美さんが私の前に蘇ってくれれば。
















そして、私の名を呼んでくれれば。
































『ねぇ、センセ。   

  今の私は何人目?』








































『あの時の答え……』

『間違った私にしないでね。』


























《終》





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