境界《ボーダー》






















逃げても逃げても追ってくる…。










どうすりゃいいんだ?










逃げこむように路地裏に入る俺。














座り込んで息を整える。






しかし、そんなことはお構い無しだ。






うつむく俺の視線に女の足が映り込む。





見上げると、そこにはアイツが立っていた。


陽菜

お願いだからもう逃げないで。





たまらず俺はアイツを突き飛ばそうとした。




だが手応えはない。






どうしようもない俺は



再び逃げるようにかけ出した。











ふと、ブティックのショーウィンドウに




映り込む俺の姿を見た。




だが寫《うつ》っているのは



俺ではなくアイツだった。



ちせ

お願いだから、待って。







たまらず俺はその場を逃げ出す。











* * *









初めは夢の中だった。






あの頃、俺は

永久の棋士《とこしえのプレイヤー》の

後編がうまく纏まらず日々悩んでいた。



そんなある日…。






俺は悪夢で目を覚ました。




どんな夢だったかは

全くと言っていい程覚えていなかった。





ただ、この部分だけを残して。



由利

無理にチェスを覚えないで
私の過去の話をしてみたら?






















俺は






















夢の中で























物語の登場人物に























アドバイスされた。





















それからと言うもの、


アイツが現れる場所は


少しずつ増えていった。









本屋で本を物色する時、


アイツが本の表紙にいるような気がした。


だが、気になった本をとって見ても


その中身はおろか表紙にも


アイツはいなかった。















夜遅くストリエの更新をして




寝る前に歯を磨く。



ふと、鏡を見ると



そこに寫っているのは



俺ではなくアイツ。










ぎょっとして見ると




そこに映るのは確かに俺。















街を歩いていると目の端に



アイツが映り込む。









ハッとしてそこを見るが



そこはただの交差点。



アイツはいない。

























そう。























次第に。
























次第に。





















俺は日に日に疲弊していった。
























そして、ついにアイツが話しかけてきた。























オフィスでの休憩時間に


トイレへ行って手を洗おうとしたその時。





ちせ

最近、あまり私の事
考えてくれないのね…?





鏡の中のアイツが喋り出した。







混乱した俺は



夜の街に飛び出していた。






* * *




ブティックのショーウィンドウから


逃げ出した俺は


建設中のビルの中へ逃げ込んだ。






そして、作業着等が収納されている


簡易ロッカーを見つけた俺は


その中へと入り込んだ。







暗闇の中。



鏡もなければ



光もない。








もう、アイツは現れない。






















そう思っていた。




















しかし






アイツの姿は






まるであぶり出しのように






ジワーっと浮き上がってきた
















……しまった。













俺はもう袋のネズミだ。






















だが俺は少しだけ安心もした。













この状態で現れるという事。






それはコイツが


俺が創りだした幻想だという


証明でもある。






そう思うことで、開き直って


話を聞き入れることも


できるようになった。



由利

脅かしてゴメンナサイ。

でも、いくら言っても
待ってくれないんだもん。


だったら、俺の前に現れるな!と憤る俺。

ちせ

ゴメンナサイ…。

陽菜

少しでいいからお話がしたくて…。


……。

女の涙に慣れていない俺は

泣かれてしまうと弱い。


ちせ

私は貴方が作り出した存在だと思ってた?



当然だろ!と叫ぶ俺。


だがアイツは否定した。


陽菜

…それは違うわ。

由利

私があなたを選んだの。



言っていることがわからない。


そもそも、俺の頭の中の存在だろ?


ストリエで画面越しにあなたを見た時…

ちせ

私…一目惚れしちゃったの…。

陽菜

きっと、あなたなら
私を輝かせてくれるって。

由利

だから、私の方から貴方の前に現れたの。

あなたの物語ができるように
いろいろな役柄を演じて。

ちせ

楽しかったでしょ?











確かに俺は楽しかった。





















初めてこの娘を見て




どんな娘だろうと想像して




こんな娘だったら良いなとか




こんな娘はどうだろう?とか




たくさんたくさん考えた。




どうしたらこの娘を




輝かせることが出来るだろうか?と。











四六時中この娘のことばかり。








陽菜

私も楽しかったわ。

由利

何より嬉しかった。

あなたと一緒でいれた
この2ヶ月間…

ちせ

あなたはいろんな私を見つけ出してくれて…

陽菜

私はそれにあわせて演技をして…

由利

それを見たあなたはとても喜んでくれて…

読者さんも喜んでくれて…

ちせ

…私…しあわせだった…。







俺も…そうだ…。






この娘の話が出来上がるたび



すごく充実していた。















……幸せだった。











陽菜

でも…もう…

由利

あと少ししか時間がない…

もうすぐ、離ればなれになるのね…

ちせ

だから、最後に一言だけ言わせてね。


















何かが胸に詰まったような面持ちで

黙りこむ少女。































そして、一時の後、絞りだすように…

けど、本当に言いたいことを

言い出せないような声で

こう言った。
























渚/ちせ/由利/陽菜

ありがとう……

































……この現実を突き付けられて









……この娘の涙を見せられて









……ありがとうと言われて








俺に選択の余地はない。























たとえそれが




傍から見て間違った選択だとしても。











































「嬉しい…」

「一緒にストリエの世界で暮らしてくれるのね」
































……みんなは気をつけてくれ。



























俺はもう



通常《もと》の世界へは戻れない





























《完》



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