――気がつくのが遅かった。

僕の目の前にポイズンニードルのトゲが迫り、
もはや避けられる余裕なんてない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

トーヤ

うあぁあああああぁーっ!

 
 
次の瞬間、
焼けるような痛みが右脚全体を包み込んだ。

痛みで世界全体が霞んでいく中、
太ももにトゲが突き刺さっていることを
視認する。
 
 

トーヤ

熱い! 痛い!

トーヤ

あ……う……。

 
 
全身から力が抜けていく……。


手足が言うことを聞かなくて、
バランスを保てず
そのまま僕は砂の上に倒れ込んでしまった。



やば……い……。

激しい耳鳴りと吹き出す冷や汗。
砂に触れた肌には熱さ伝わってきて苦しい。
 
 

カレン

トーヤ!

セーラ

トーヤくぅん!

ライカ

トーヤさんっ!

クロード

トーヤ様ぁーっ!!

 
 
みんなが血相を変えて、
こちらに走ってくるのがかすかに見える。


こっちに来ちゃダメだよ……。
ポイズンニードルが動き出していて
危険なんだから……。



でもそんな僕の想いとは裏腹に、
程なくみんなが僕のところへ辿り着いた。



複雑な気持ちだけど、嬉しいには違いない。
泣きたいくらいに嬉しい。

だってこんなに心配してくれる
仲間がいてくれるんだから。
僕は本当に幸せ者だ……。
 
 

ライカ

すぐに解毒薬と回復薬を
投与します!

 
 
ライカさんは手際よく手当をしてくれた。

さすが施療院で働いているだけあって
すごく手慣れているし心地いい。


僕に飲ませてくれた2種類の薬は、
併用しても問題が起きない組み合わせ。
しかも魔法力のない人でも効果が高いものだ。

さすがライカさん。
患者である僕のことをよく把握しての選択だ。



――って、つい薬草師の目線で見ちゃった。

患者さんの立場でいる時くらい、
何も考えずに治療を受けていればいいのに。
これも職業病ってヤツかなぁ。
 
 

カレン

……よくも。

 
 
 
 
 

カレン

よくもトーヤをっ!

 
 
 
 
 
怪我を負った僕の姿を目の当たりにして、
カレンは鬼のような形相で
ポイズンニードルを睨み付けた。

唇は怒りで小刻みに震え、
拳を強く握りしめている。
 
 

セーラ

カレンちゃん!
落ち着いてくださいぃっ!

カレン

うぁあああああぁっ!

 
 
カレンはレイピアの切っ先を
ポイズンニードルの喉元に向けたまま
突進していった。

身体強化の魔法をかけているのか、
移動速度はいつもより数倍も上がっている。


無理はしないで、カレン。
もしキミに何かあったら僕は……。
 
 

セーラ

――仕方ないですねぇ。
私はカレンちゃんの
サポートをしてきますぅ。

クロード

トーヤ様のことは
私たちにお任せください。

 
 
セーラさんはハンドアックスを握りしめ
カレンのあとを追った。



――くそっ!

僕が弱いからみんなに心配をかけて、
危険な目に遭わせてしまっている。
すごく悔しい。


もし僕が人間だったら、
戦う力を伸ばすこともできるのに……。

魔族の僕じゃ、ほとんど能力を伸ばせない。
 
 

ライカ

えっ? これはいったい……。

 
 
僕の治療をしてくれていたライカさんが、
不意に戸惑ったような声をあげた。


何があったのだろう?
手際も使う薬も完璧で、
何も問題はないはずなんだけど?
 
 

クロード

っ? どうしたのですか?

ライカ

い、いえ……なんでもありません。
クロードさんは
回復魔法を使えますか?

クロード

はい、少しなら。

ライカ

では、私がトゲを抜きますので、
クロードさんは回復魔法を
お願いします。

クロード

承知しました。

ライカ

トーヤさん、
少し我慢してくださいね。

トーヤ

うくっ!

 
 
ライカさんは僕の体に刺さったトゲを
慎重に引き抜いていった。

ちょっとの刺激でも激痛が走り、
心臓の鼓動に合わせて傷口から血が滴る。


まるで生命力そのものが抜けるみたいだ……。
 
 

クロード

…………。

 
 

 
 

トーヤ

あ……。

 
 
クロードさんの回復魔法は
爽やかで気持ちいい。
体の芯が涼しげで、力が湧き出してくる。


僕は薬を作るのが専門だから、
回復魔法と接する機会って意外に少ない。
体調が悪い時は自分で薬を作って
飲んじゃうし。

でもたまには魔法医療をしている
カレンに治療を頼むのもいいのかも。



自分で処置できるのに彼女に頼むのは、
甘えているみたいで
なんだか照れくさいけどね。
 
 

クロード

ふぅっ、これで大丈夫です。

トーヤ

ライカさん、クロードさん。
ありがとうございます。

ライカ

どうやらあちらも勝負が
ついたみたいですね。

 
 
ライカさんの視線の先には、
こちらに駆け戻ってくる
カレンとセーラさんの姿があった。

さらにその向こう側には、
砂の上に横たわったまま完全に沈黙している
ポイズンニードルの肉体がある。
 
 

カレン

トーヤぁああああぁーっ!

トーヤ

カレン……。

 
 

 
 
カレンは勢いそのままに僕に抱きついてきた。
ギュッと僕の服を掴み、
胸の中でなんだか少し震えている。


カレンのいい匂いが鼻に広がり、
すごくドキドキしてしまう。

僕の両腕は行き場に迷った挙げ句、
彼女の背中に回すことにした。
するとその手に熱い体温が明確に感じられる。
 
 

トーヤ

心配をかけちゃってゴメンね。
僕なら大丈夫だよ。
カレンの方こそ怪我はない?

カレン

私のことより
自分のことを
もっと心配しなさいよ、バカっ!

カレン

うわぁああああぁん!

 
 
いつもは我慢強いけど、
泣き出したら僕よりも泣き虫なんだよね、
カレンって。

そういうギャップも、なんだか愛おしいけど。
 
 

セーラ

あのあのぉ、ライカさん。
トーヤくんの状態は
いかがですかぁ?

ライカ

えぇ、もう大丈夫です。

クロード

トーヤ様、魔力熱の薬は
調薬できたのですか?

トーヤ

はい、完成していると思います。
あとはシンディさんの
判断待ちです。

クロード

それなら急いでサンドパークへ
戻りましょう。
また何か起きたら大変ですし。

トーヤ

ですね……。

セーラ

施療院に戻ったら、
念のためシンディ先生に
トーヤくんを
診察してもらいましょ~!

クロード

では、出発しま――

クロード

…………。

 
 
話をしている途中で、
クロードさんは急に息を呑んだ。

表情は凍り付いたまま、何かを見上げている。


何事かと思って、
僕たちはその視線の方を振り向いた。
 
 

セーラ

はわわわぁっ!

トーヤ

そ……んな……。

 
 
僕たちもクロードさんと同じように愕然とする。

そこにいたのは、
倒したはずのポイズンニードルだった。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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