私はとても幸せだ。



 お友達と汗だくになるまで走り回り、家に帰れば冷たい麦茶がすぐに飲める。


 優しいママと手を繋いで一緒にお買い物をして、お夕飯を食べてしばらく待っていれば、パパが「疲れたぁ」と言いながらも笑顔で帰ってくる。



 それが幸せなことなんだとちゃんと分かったのは、日曜日にパパとママに連れられて街でお買い物をしている時だった。

越谷 夢乃

ねえ、ママ。
あの人、ゴミ箱に手を入れて何かしてるよ。
何してるんだろ

 とても汚れてボロボロのコートを着ているお爺ちゃんを指差して、ママに質問した。

ダメよ、人を指さしたりしちゃ

 ママの声の感じから、人を指差すのがいけないことなのは分かったので、お爺ちゃんに向けていた手を下ろした。


 だけど私の問い掛けには答えてもらえていない。


 私はもう一度同じ質問を繰り返したが、ママはなぜか困った顔をしてはぐらかしていた。



 それでも食い下がっていると、パパが私の頭を撫でながら言った。

あのお爺さんはホームレスといってね。
家を失くした人なんだよ

 住む家がなくなって外で生活をする。


 想像するとなんだかとても辛そうだ。

近頃は急に仕事を辞めさせられたり、会社が潰れて仕事を無くしたりして、仕方なくホームレスになってしまう人も多いらしいからなぁ

 パパは顎に手を当てて、独り言のように呟いた。

お金がなくて可哀想な人なのよ。
だからあまりジロジロと見ては駄目よ、夢ちゃん

 ママはそう言うと、私の手を強めに引いた。


 この場所から無理やり離れようとしているように感じる。



 私はママの手に引かれながら後ろを振り向き、ホームレスのお爺ちゃんを見た。



 お爺ちゃんはまだゴミ箱を漁っている。

このご時勢。
俺もいつ職を失うかわからんし。
他人事じゃないよなぁ

 パパが腕を組み、しかめっ面で呟いた。

もう。
縁起でもないこと言わないでよ。
パパなら絶対大丈夫に決まってるじゃない

 ママが眉を寄せながら、呆れた様子で笑う。

それに、万一仕事を辞めさせられたとしても、私たちがついてるもの。
ね、夢ちゃん

越谷 夢乃

うん

 笑顔で聞いてきたママに向かって、私はとりあえず頷いた。



 本当はパパとママのお話はよくわからなかったが、とにかくホームレスは可哀想な人達で、パパとママに連れられてお買い物をしている私は、幸せでいられてるのだということは、何となく分かった。



 私はもう一度振り返り、ホームレスのお爺ちゃんを見た。


 ゴミ箱の中からどう見てもゴミにしか見えないものを手にとっては、袋の中に入れている。



 ふと思い出した。



 家から一番近い駅の前にある公園のベンチに、いつも空を眺めて座っているおじちゃんがいる。


 汚れた服にボサボサの髪、伸びきったヒゲ。


 今、ゴミ箱を漁っているお爺ちゃんと格好がほとんど同じだから、多分公園のおじちゃんもホームレスなんだ。


 だから、あのおじちゃんも可哀想な人なんだ。



 可哀想なホームレス達も、少しでも私のように幸せになれたらいいなと思った。

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