男達が喋る度にその声が波紋となって洞窟内に響き渡る。篝火のお陰で視界に困る事はないが……。
お前らなぁ……。金品を盗って来いって言ったのに、何で動物運搬の荷馬車なんぞ襲っちまったんだよ……。
いやぁ~、その……、襲う馬車を間違っちまいまして……。け、けどっ、食糧も余裕があった方が安心できますし、丁度良かったんじゃねぇかなぁ、とっ。
男達が喋る度にその声が波紋となって洞窟内に響き渡る。篝火のお陰で視界に困る事はないが……。
……。
羊もどきな動物達と一緒に攫われてしまった幼い王兄姫ことユキは、この状況をどう乗り越えるべきかと悩み続けている。
叔父が与えてくれた上等の服が、仇となった。
身なりの良いユキは利用価値があると判断され、羊もどきな動物達と一緒に……。
う~ん……。どうしよう~……。どうやったら、この子達と逃げられるんだろう。
というよりも、両手首をしっかりと縄で縛られているユキが何を出来るわけもない。
どこを見回しても岩肌ばかりだし、逃げる為の道には、男達が陣取って塞いでいる。
まぁ、腹の足しになるならいいが……、問題はガキの方だな。
……。
こりゃまた、随分と毛色の良いガキが紛れ込んだもんだなぁ。おい、嬢ちゃん。お前……、貴族のガキだろ?
話の最中に興味をこちらへと向けてきた賊の頭らしき男に、ユキの身体がぞわりと震える。
貴族、その響きを知らないわけじゃない。
自分の叔父であるレイフィード国王と王宮で話をしている貴族の者達を、何度か目にした事がある……。
確か……、レイちゃん言ってた。自分は貴族の人達を纏める立場だよ、って。王様は、国の皆のお父さんなんだよ、って……。
貴族達を纏めている立場。
自分達は王族なんだよ、と教えてくれた叔父……。
貴族と王族はどう違うんだろう……。
まだ幼いユキには、その違いがよくわからない。
え~と……、え~と……。
なんだ? 俺達の事が怖いのか? 恐怖に引き攣ったガキの顔を眺めるのは、気分がいいなぁ。
いや、違う。ただ悩んでいるだけだ。切実に。
自分の方に歩み寄り、目の前に膝を着いた賊の頭らしき男に、ユキは顎を指先で掬い上げられる。
別にいいんだぜ? 答えなくてもな……。こんな上等の服を着てる奴は、貴族か金持ち以外にない。ほら、顔をよく見せてみろ。
いやぁっ!!
ぎらぎらと野蛮な光を宿している男の双眸。
自分を優しく見守ってくれる人達のものとは違う、私利私欲に満ちた、恐ろしい笑み。
無力な子供故か、ユキは縛られていなかった手で抵抗するが、下卑た大人の手はビクともしない。
それどころか、恐怖に震えているくせに、毅然と自分を睨み付けてくるユキの頬を、賊の頭らしき男は手酷く叩き付けた。
うぅ……っ。
殺されないだけ有難ぇと思え。
もふもふの羊もどき達の群れに突き飛ばされたユキ。頬を苛む鈍い痛みが、手を上げられてしまったショックが、幼い子供の意識を奪ってゆく。
ルイ、おにい、ちゃん……。セレス、おねえ、ちゃん……。
……。
ルイヴェル?
……今、何か聞こえなかったか?
幼い王兄姫の姿を捜し、『場』と呼ばれる特殊な領域と化している山の中を進んでいたルイヴェルが、その足を止め、周囲を見渡した。
木々が身を寄せ合い、天上からの光を塞ぐように葉を茂らせているせいで、見通しは酷く悪い。
けれど、狼王族と呼ばれる種族に生まれついたルイヴェルにとって、この程度の障害は無意味。
人間であれば、術をかけなければ見通せない細部まで、しっかりと見る事が出来るのだ。
近くにはいない、か……。
だが、彼の瞳に愛しい幼子の姿が映る事はない。
不気味な静寂だけが、心の奥底に不安の気配を忍び寄らせるだけだ。
だが、……確かに、ユキの声が聞こえた気がするんだが。
悲痛なか細い声のようなそれが、確かに。
同時に覚えたのは、姿の見えない何かに対する強い殺意と憎悪の情。
自分達が捜している幼子が、何か危険な目に遭っているかもしれない。
予感なのか、確信なのか……、ルイヴェルの焦りが、傍にいるセレスフィーナにも伝わってゆく。
……。
ルイヴェル、先を急ぎましょう。一刻も早く、ユキ姫様をお救いしないと……、今頃、どんな怖い思いをされているかっ。
あぁ……。
双子の姉に促され、再び駆け出そうとしたその時。
何だ……?
これは……、鼻歌?
突然どこからか聞こえだした音色。
双子の王宮医師達は周囲を見回し、茂みの向こうに青い何かを見た。
人の頭のような……。
ふんふんふ~ん♪
……。
……物凄く上機嫌で薬草採取をしているわね。
青い髪の男が、山の中に生えている貴重な薬草の類を選んでは背負っている採取カゴの中に放り込んでいる。ルイヴェルとセレスフィーナはその姿を彼の背後からじっと見つめ……。
痛ぁっ!!
ここで何をしている……? サージェスティン。
え? あぁ、ルイちゃんかー。奇遇だねー、こんな山の中でバッタリなんて、どう? 元気してる?
って、ちょっ!! ルイちゃん!! また踏むの!? 踏んでるね!! 俺の背中バッチリ踏み付けちゃってるね!!
何故、ガデルフォーン住まいのお前がここにいるのかと聞いている。答えろ。踏むぞ。
ルイヴェル……、人様の背中をグリグリと踏み付けながら言う台詞じゃないと思うわ。
と、セレスフィーナが足をどけるように促すが、ルイヴェルの靴底は青い髪の青年、サージェスティンの背中をさらに強く踏み躙りながら暴虐の限りを尽くし続ける。
この異世界エリュセードの裏側と呼ばれる空間にある、『ガデルフォーン皇国』。
その国で女帝陛下に仕え、騎士団を率いているのが、今踏み付けられまくっている青年だ。
簡単に避けられるはずなのに、大人しく踏まれたままでいるのは、サージェスティンなりの親愛の証らしい。……絵面的には物凄く残念だが。
いやぁ、丁度今日休みだったから、表の世界で貴重種の薬草採取ツアーでもしてみようかなって♪ ルイちゃん達も?
俺達はそんな暇人じゃない。それよりも、サージェス。この辺に盗賊のねぐらがあるはずなんだが、見かけてはいないか?
盗賊? えーとねぇ……、あ、そうだった。薬草採取に夢中で、盗賊討伐引き受けたの忘れてたよー。すっごい分かりにくい所にあるって話なんだけど、目印が、えーと……、『巨大花の奥』だったかな。
巨大……、花?
うん。前に盗賊団が街道付近に現れた時に、ヒントっぽいその目印の事を話してたそうなんだよー。けど、俺もまだ見てないんだよね、それ。
薬草採取で忘れていた、の間違いだろうが……。まぁいい、お前も一緒に来い。猫の手程度には役に立つだろう。
猫の手……。ねぇ、ルイちゃん、それちょっと寂しいなー。傷付いちゃうなー。これでも、一人で千匹以上の魔物とだって殺り合えちゃうんだよ? あと、俺、一応君より年上のお兄さんなんだよー?
大抵の事は笑って流してくれる、いつもニコニコなガデルフォーン騎士団長も、ほんのちょっぴり切ないご様子だ。
しかし、今はそんな事はどうでもいい。
ルイヴェルはサージェスティンの背負っているカゴを掴むと、問答無用で引き摺り始めた。
悠長にしている暇はない。一刻も早く盗賊共のねぐらを見つけ、一人残らず殺……、いや、一網打尽に捕まえる必要がある。
ルイちゃーん、今、『一人残らず殺る』って言おうとしたよね? 一応、ウォルヴァンシア騎士団に連行した方がいいだろうし、大量殺戮はやめといた方がいいよー。っていうか、何でルイちゃん達が出張ってきてるの? これ、騎士団の管轄だよね?
サージェスさん、実は……。
完全にオフ状態のサージェスティンが引き摺られながら首を傾げていると、答えないルイヴェルに代わって、セレスフィーナが事情を説明し始めたのだった。