私の知る最寄の交番までは、歩いて大体十分程だろうか。
私は走るのをやめて、足を引きずるように交番を目指していた。
まだそれほどの金額を使ったわけではない。
まだ引き返せる。
元々ちゃんと届けるつもりだったのだ。
歩きながら自分自身に言い聞かせる。
もう迷いはなかった。
私の小心では持て余してしまう大金の入った財布を、一刻も早く手放したかった。
後暗さが心の奥に根付いていたせいか、私はなるべく人通りがほとんどない道を選んで歩いていた。
それでも、どうしても交番へ行くためには、それなりに人通りのある道を歩かねばならない。
これから居酒屋へと向かう様子のサラリーマンや、今しがた洒落たお食事を済ませたであろうカップル、未来に希望しか見えてないであろう帰宅途中の学生たち。
すれ違う私とは無縁の人々を見て、普段なら羨んだり自己嫌悪したりするところだが、この時に限っては周りの人間には無関心だった。
もし交番で「ちょっとだけ使っちゃったんじゃないの?」と問われたらどうしようか。
使ってません……使ってません。
この際、嘘を押し通そう。
使ってません……使ってません。
予行演習のつもりで心の中で何度も復唱しながら、街中の歩道を一歩ずつ踏み出す。