彼女は異世界の人間だから

第五話
「本当に異世界の 
  人間だとしても」













 2月初めの金曜日に、僕らはゲームセンターに来ていた。

 理沙子はここにも来るのは初めてのようで、簡単そうなクレーンゲームを見て回る。

これ知ってるよ! 上についてるクレーンを動かして、ういーんって持ち上げるんだよね?

うん。結構位置調整が難しいんだよね

永一くん、これ取れる?

えぇ? ……実はちょっと苦手だけど、やってみるか


 そもそも、僕自身あんまりゲーセンに慣れていなかった。クレーンゲームもやったのは数えるほどだし、理沙子が指さしたネコのぬいぐるみが取れるとは思えない。

 だけど僕も男だ。チャレンジしてみよう。

 小銭が無かったから、両替しようと店の入口を向いたところで――




……見付けたぞ、リサ




 少年が、僕らの前に立ちはだかったのだ。

















 理沙子によれば、彼は同じ異世界人で、ユートという名前らしい。

 彼はじろりと僕を睨む。

お前だな? 最近リサを連れ回しているのは

連れ回すって……そんな。
君はいったい、り、理沙子のなんなんだ?

ハァ? 馴れ馴れしく話しかけんなよ。俺がなんだろうとお前に関係ねーだろ


 ユートの背は僕より低いけど、見下すようにして僕を見る。
 随分と態度のデカイ少年だ。


お前は自分がなにをしているかわかってないんだよ

僕が……なにをしているか?
どういうことだよ

とにかくリサを変なとこに連れて行くのはやめろ。こいつは体力がないんだ

それって……

ああ、そうだったな。年末のアレも、お前のせいだったな


 年末……。

 まさか、ボウリングで辛そうにしていたことか?




永一くんっ。ユートの話なんて聞かなくていいよ。逃げよう!

え……えぇ? 逃げる?

お、おい、リサ?




 理沙子は僕の袖をくいっと引っ張って駆け出す。

 このゲーセン、反対側にも出入り口がある。そっちへ逃げるつもりのようだ。





ま、待て! リサ! 走るんじゃない!


 ユートの制止を振り切り、僕らは出口へ向かう。






あれ? ……追ってこないのか?



 店を出る直前振り返ったが、彼はその場から動かず、悔しそうに睨んでくるだけだった。











……理沙子、追いかけてくるつもりはないみたいだ。あんまり走らなくていいよ

う、うん……。でも、できるだけ離れよう?

わかった



 僕らは早足でゲーセンを離れ、商店街も抜けて、とにかく距離を取ることにした。


















 ユートから逃げ出して辿り着いたのは、いつもの公園だった。

 僕らはベンチに座って一休みする。



大丈夫? 走ってはいないけど、疲れてない?

うん。大丈夫だよ。


……ごめん、ちょっと嘘


 理沙子はそう言うと、その場で深呼吸をする。

 彼女が落ち着くのを待って、僕は話を切り出した。






理沙子。さっきの彼、ユートって……?

う~ん、なんて言えばいいのかな。
ユートも異世界の人間なんだけど、私が頻繁に行き来してるのを快く思ってないみたい

そうなんだ……



 いや、そんなのはさっきの様子を見ていればわかる。
 聞きたいのは、ユートとどういう関係なのかだ。

 僕は今度はストレートに聞こうとして――




もしかして、ユートと付き合ってる、とか……?






 ――とんでもないことを聞いてしまった。






え? 私とユートが?
ないない、それはないよー


 照れているでも誤魔化している感じでもなく、ものすごく自然に否定する理沙子。


……よかった、本当に違うみたいだ


 僕はホッとしたが、それならそれで本当にどういう関係なのか、ますます不思議だった。


 彼は理沙子を連れ帰ると言っていたが、それは彼女を心配してのことだったように思う。



……そうだ。ユートが言ってた年末のって、ボウリングに行った時のことだよね?

ぎく。え、えーと、どうだろうね?


 理沙子は目を逸らして誤魔化そうとするが、まったく誤魔化せていない。



でも、待てよ? あれはクリスマスの前だった。年末って表現はおかしくないかな


 12月そのものを年末という場合も確かにある。
 ユートがそういう意味で言っただけかもしれないが、少し引っかかった。

いや、逆に考えれば……年末、理沙子は










 僕はハッとして理沙子の顔を見る。


もしかしてあの後、体調崩してたの?


 クリスマス、25日に会う予定だったのに、急遽会えなくなったとメールが届いた。
 詳しい理由を聞かなかったけど……。


そ、それは……その、ね? 色々あってね?

体調、崩してたんだね?

うぅ……。うん。異世界の人間だからね。その、無理しちゃったみたいで

……そうだったのか


 ボウリングで無茶をしたから。翌週出かけることもできないくらい、体調を崩してしまった。


ごめん、僕のせいで……

ううん! それは絶対違うよ! 永一くんのせいなんかじゃないの!


 僕が謝ると、理沙子は大きな声を出して否定する。


だって、私が言ったことだし、なにより……すっごく楽しかったから! 私はぜんぜん、後悔しなかったよ。
永一くんとボウリングできて、楽しかったんだから!

理沙子……

 楽しかった。
 そう思ってくれていたことに安心する。

 だけど……。





本当はもっと、いっーぱい行きたいところがあるんだよ。遠くにだって行ってみたい。

でも、私は異世界の人間だから。ちょっと運動しただけで息切れしちゃう




 理沙子は笑顔で……笑顔なのに、瞳に涙を溜めて、声を震わせて言葉を続ける。


永一くんと、色んなことに……チャレンジ、してみたかったけど。
やっぱり、無理なんだよね……っ

そんな……



 今にも泣き出しそうなのに、笑顔を崩そうとしない。


 そんな理沙子を見て、僕は……





 ベンチから立ち上がり、理沙子の前に立つ。





そんなことない! できるよ! 遠くにだって行ける! 言っただろ、どこへだって連れて行くって。
理沙子がしたいことは、僕が叶えてみせる。
だから、そんな風に諦めないでよ!





 周りも気にせず、僕は叫んでいた。

 泣きたいのを必死に堪えている姿が、見ていられなかったから。




 それに、理沙子が諦めてしまったら……もう、会えないような気がするのだ。






永一くん……



 理沙子は驚いた顔で、僕を見つめる。

永一くんはどうして、私のためにそんなに一生懸命になってくれるの?

どうして? そんなの……

 僕も、理沙子を真っ直ぐに見つめる。



 理由は至ってシンプルで、僕の中で答えは出ている。
 あとはそのまま、言葉にするだけだ。


僕の、気持ちを













 ――もう、躊躇いはなかった。




僕が理沙子のこと、好きだからだよ!









え…………えぇ?!
わ、わた、し? すき?






 理沙子の顔が真っ赤に染まっていく。きっと、僕もそうなっていると思う。

 顔が熱くて、なんだかフラフラしてきた。



まって、私、異世界の人間なんだよ? それなのに……

理沙子が本当に異世界の人間だとしても構わないよ!
そんなの関係ない。理沙子のことが好きなんだ! だから……!







永一くん……。わ、私は……










 理沙子が少しだけ俯いて、なにかを言おうとした時だった。






リサ。そこにいたのか






あ……ユート……

え?! しまった……!


 入口から公園に入ってくるユート。


まさか走ってないだろうな、リサ

……少しだけ。でも、大丈夫だから

ふん……






あっ……


 ゲームセンターで、ユートがすぐに僕らを追いかけなかったのは。

 ひょっとして、理沙子を無駄に走らせないため……?



もういいだろう。リサ、帰るぞ

で、でも、私は……

また寝込まれたら困るんだ!
わかっているだろ!

あ…………



 ユートに怒鳴られ、理沙子がちらっと僕の方を見る。



………





 だけど僕は僅かに視線を逸らしてしまい、なにも言うことができなかった。





……うん。わかったよ、ユート……



 理沙子は立ち上がり、ユートの方へゆっくり歩いていく。





よし。
それから……お前。永一って言うんだろ?

え? そうだけど……


 ユートは理沙子の前に立ち、僕を睨みつける。




お前がリサに会うことはもうない。諦めろ

え……? な、なんでだよ!


 ユートはなにも答えず、理沙子の背中を押して立ち去ろうとする。

 思わず追いかけようとして、


永一くん……! 今日は帰るけど、私は大丈夫だから

り、理沙子? でも……!

メールもするからっ。待ってて!
お願い、信じて

……っ! わかったよ……

ありがとう、永一くん




 理沙子にそう言われてしまい、僕は二人を見送るしかなかった。






もう会えないなんて、そんなことないよな……?






 だけど、その後一ヶ月。
 理沙子からメールが来ることはなく。


 毎週会っていた金曜日になっても、会うことはできなかった。





 そして、三月の初めの金曜日。



 久しぶりに届いたメールで呼び出され、僕は、理沙子に振られたのだ。










これが、僕と理沙子の、


出会いから別れまでの物語。


そして、この先は……。






第五話「本当に異世界の人間だとしても」

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