彼女は異世界の人間だから

第四話
「異世界の人間も猫が好き」











 年が明け、1月1日。

 僕はぼんやりと理沙子のことを考えていた。


 一週間前の25日。どうして会えなくなったのか、詳しい理由までは教えてくれなかった。
 家の用事だと言っていたから、クリスマスパーティーでもしていたのかもしれない。
 それとも……。


 ただ、行く予定だった場所には、年が明けてさらにその次の金曜日に行こうという約束をしていた。
 つまり一週間後だ。


二週間会えないのって、結構辛いな……

 自分の中で理沙子の存在がどんどん大きくなっているのを感じる。



 もやもやしてじっとしていられなかった僕は、家を出てあの公園へとやって来た。



今日は金曜日だし、もしかしたら……




 そんな淡い期待を持ってしまうほど、僕は……。














…………






って…………本当にいた

……え?! 永一くん!




 公園のベンチにぼうっと座っていた理沙子。

 なんだか少し、出会った時の寂しそうな様子に似ていた。


あ、あけましておめでとう

そっか。あけましておめでとう、永一くん。
どうしたの、お正月にこんな所に

それはこっちの台詞だよ。寒いのに、ベンチに座ってなにしてたの?

うーん、それは……

 彼女はちょっとだけ照れたように顔を逸らす。



先週、永一くんに悪いことしちゃったから。謝りたいし、今日、会えないかなーって思って……

えっ?! そ、それならメールしてくれたらよかったのに!


 自分のことを待っていたと聞いてドキッとする。

メールで呼び出すのも悪いかなーってね。ほら、お正月でしょう?

そうだけど……いや、どうせすることなくて暇だったし。呼んでくれてよかったよ

本当? 優しいね、永一くんは

そんなこと……。
それより、寒いしちょっと移動しない?

うん。でも、正月でどこも閉まってるんじゃない?

前に行った喫茶店なら開いてるはずだよ。閉まるの早いかもだけど


 前に、年末年始も営業すると張り紙してあったのを見た。
 ただ営業時間は短めだった気がする。

じゃあ、そこでちょっとお茶しよっか

 僕は頷いて、二人並んで歩き出す。
 正月早々理沙子に会えて、僕は自然と笑っていた。















はい。これ、先週のお詫び。二人で食べよ

え? いいの?


 理沙子は紅茶と一緒に、四つ入りのクッキーを買っていた。
 それを二人で分けようと提案してきたのだ。

むしろこんなお詫びで申し訳ないんだけどね~

い、いや。ほんと、気にしないでいいのに

いいからいいから。ね?



 彼女は封を開けて、一つ取り出して口にくわえると、僕の方に袋を向けてウィンクをする。




 ……ずるい。僕はドキッとして、思わず受け取ってしまっていた。

ずるいけど、今のは、ちょっとやばい



 袋からクッキーを一つ取り出して、自分の顔が赤く染まっているのを誤魔化すように急いで食べる。

 理沙子は微笑んで、自分もくわえていたクッキーを食べ始めた。





来週、映画館連れて行ってくれるんだよね?

う、うん。……あんまり人気ないヤツみたいだけど、本当にいいの?

そうなの? 私は面白そうだなって思ったし、全然いいよ


 観に行く予定の映画はアクションものの洋画だ。ネットで調べた感じでは、あまり人が入っていないという。

ま、理沙子と観に行けるなら僕はなんでもいいんだけど





そうだ、それで思い出した

 僕はコートのポケットに入れっぱなしだったそれを取り出して、テーブルの上に置く。




 小さな包装用の袋に、リボンが付いている。



うん? これは?


 僕はそこで、説明がものすごく恥ずかしいことに気が付いた。

 頭を掻いて顔背けながら、それがなんなのか話し始める。


えーとまぁ、先週渡そうと思っていた……プレゼント。ほら、一応クリスマスだったし

…………え? あ、わ、私に?!


 最初きょとんとしていた理沙子だったが、プレゼントだとわかると慌てて口元を押さえた。


う、うそ、私なんにも用意してないのに

いいよ。僕が一方的に用意した物だし、大した物じゃないから


 実際別に高価な物ではない。
 付き合っているわけでもないのに、いきなり高い物を上げたら変に思われるだろうし、そもそもそんな物用意できない。
 だから、気負わない程度の物を用意したつもりだ。



まぁ……うん。ほら、折角買ったんだし、受け取ってよ

 いつまでも出しっ放しにしておくのも、なんだか恥ずかしい。
 早く受け取ってポケットにでもしまって欲しかった。

永一くん……。ありがと。
開けてもいいかな?

えぇ?! あ、うん。いいよ


 しまってほしかったが、そりゃそうか、と思い直す。

 果たして気に入ってもらえるか……ドキドキする。

あ、猫だ。白い猫。
えっと、猫のストラップ?

うん。こないだ、スマホになにも付けてなかったから


 ケースは付けていたが、ストラップの類はなにもなかった。
 だからプレゼントはストラップがいいと思って、休みの日に探しに出たのだ。

 ……決めるのに、半日近くかかったけど。

かわいいっ。猫っていいよね、飼ってみたいなぁ

理沙子はペットとか、飼ってないの?

うん。異世界ではね、ペットとか飼えないんだよ


 おっと、そこで異世界が出てくるか。

 意外なところで出てきたけど、僕はもうだいぶ慣れていた。

そうなんだ。まぁうちもなんにも飼ってないからなぁ


 犬や猫を飼っている友だちが羨ましかったりもしたっけ。

 世話は大変だけど、その分愛情は強くなるようで、ペットの話をする友だちはだいたい笑顔だ。

早速付けちゃうね。えへへ、本当にありがとね、永一くん

どう、いたしまして

 彼女は本当に嬉しそうに、スマホにストラップを取り付ける。

 すごく喜んでくれたみたいだし、勇気を出してプレゼントしてよかった。






 そのあとは他愛のない話で一時間くらい盛り上がり、喫茶店を出てそれぞれ家に帰った。

 ……もとい、理沙子は異世界へと帰って行ったのだった。

















 翌週の金曜日、観に行った映画は思ったより面白かった。

 派手なアクション、演出が売りのようで、かなり迫力があった。
 人気がないのはおそらくストーリーがほとんど無いからだろう。
 何の脈絡も無く出てきた悪の組織を総攻撃でぶっ潰すだけだったから。


すっっっっごく面白かったね!

そうだね、大迫力だった。ちょっと爆発音で耳がキーンってしてるけど

あははっ、それ私もだよ。爆発多すぎだったよね!



 理沙子は興奮した様子で、その日はずっと笑顔だった。













 その次の金曜日は、ウィンドウショッピング。

 ぶらぶらと適当に見て回る、というのをしてみたいという理沙子の希望だ。
 遠出は出来ないから、駅前やデパートで構わないとのことだった。

ふ~、ちょっと歩き疲れちゃったけど、でもこうやって色々見るの楽しいね。
なにも買ってないけど


 あまり歩き回るとこないだのボウリングの時みたくなるんじゃないかと心配だった僕は、早めに喫茶店に入って休憩にした。
 どうやらそれは正解だったようだ。



服、結構じーっと眺めてたけど、買わなくてよかったの?

うん。私は異世界の人間だからね、買わないの

それ、異世界関係なくない?

関係あるよ。だって、こっちの世界の服をいっぱい買っても着れないでしょ? だから買わないの

……なるほど。そういうことか。

異世界の服を着た理沙子も見てみたいな

あはは、面白くないと思うよ。
でも……そうだね、たまには買ってみるのもいいのかな?

そうだよ、あんなに熱心に見てたんだから、一着くらい着て……あ。その、買ってみるといいんじゃないかな


 実は理沙子が服を見ている後ろで、彼女がその服を着たらどんな風になるだろうと想像をしていた。
 だから是非実際に着てみて欲しいと思っていて、その願望が出かかってしまった。

ちょっと考えてみる。今日は手持ちがないし、買うにしても今度だけどね

……そっか。まぁ、デパートとかだと高いよね

そうそう。私は異世界の人間だからね。あんまりお金持ってないんだよ

僕はこっちの世界の人間だけどお小遣い足りないよ


 そう言って笑いあって、僕らはウィンドウショッピングを再開した。


















 その次の金曜日は、雪が降って寒いからと喫茶店で長話をした。


そういえば理沙子、カラオケに行こうとは言わないんだね

か、カラオケは……その、ほら。私は異世界の人間だから。こっちの歌とか知らないんだよ

ああ、なるほど。行っても歌えるのがないのか

決して歌が下手とかそんなんじゃないからね?

……うん。そっか

あ! 今なんか誤解したよね? 永一くん?!













 そのさらに次の金曜日は、美味しいと評判のケーキ屋にケーキを食べに行き。

す、すごい。私こんなに美味しいチーズケーキ初めて食べたよ

噂通りだね……いや、噂以上かも。ほんと、美味しいよこれ

私は異世界の人間だからね、ケーキは好きなんだよ

それはさすがに絶対異世界関係ないよね

あ、あるんだよ!

ああ、本当に美味しかったなぁ……チーズケーキ。異世界の人間だからなー……



・・・・

あー……。理沙子。
もう一個注文して、半分こする?

いいの?!





あ……えへへ。うん。
ありがと、永一くん




 僕らの仲は、急速に良くなっていったと思う。

 僕もあまり緊張しなくなったし、理沙子もたくさん笑ってくれる。

 二人の距離がどんどん縮まっていくのを感じていた。














 そして一月が終わり、二月の初めの金曜日。

 僕は理沙子の希望で、ゲームセンターを案内していた。


 そこへ――














……見付けたぞ、リサ


 一人の少年が、立ちはだかる。





え……うそ、どうしてユートがここに……

お前を連れ帰るために決まっているだろう

 ポケットに手を入れたまま、僕と理沙子を睨みつける。


 連れ帰る……?


理沙子、知ってる人?


 僕が聞くと、理沙子はそっと後ろに下がりながら囁くように答える。



うん。私と同じ、異世界の人間だよ





…………え?




 新たな異世界人が、僕らの前に現れたのだった。








第四話「異世界の人間も猫が好き」

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