詩穂は民宿の前の大きな道を歩いていく。
一歩遅れて俺が続く。



なぜか進むにつれ足が重く感じる。
胸も締め付けられて苦しい。
呼吸も乱れてくる。額に汗も滲む。

まるで本能がこの先へ行ってはいけないと
警告しているかのようだ。



――でも俺は進まなければならない気がした。

やがて詩穂は
その道の大きくカーブした場所で立ち止まる。
 
 

三崎 凪砂

ここは?

若田 詩穂

ここでね、ナギは菜美と一緒に
交通事故に遭ったんだよ。

三崎 凪砂

えっ……?

若田 詩穂

ナギは何日も意識が戻らなくて、
そのままこの町から
いなくなっちゃった。

三崎 凪砂

そんな……。

 
 
そうか、俺が交通事故に遭ったのは
この場所だったのか……。


だからこの町に行くって俺が話した時、
母さんは反対したんだ。
この事故のことを思い出して
ショックを受けるかもしれないって心配して。


でもまさか菜美も一緒に事故に遭っ――っ!?
 
 
 
 
 
 
 
 

三崎 凪砂

そうか、分かったぞ!

 
 
きっと俺と菜美は宝探しをしている最中に
事故に遭ったんだ!

そして菜美も記憶に何らかの障害が出て、
何かは分からなくても
あの宝物を今でも探し続けているんだ!
 
 

若田 詩穂

ナギたちが探してた宝物って
菜美が大切にしていた
貝殻の入った瓶でしょ?

三崎 凪砂

あ、うんっ!
そうだ、お前が隠したんだよなっ?
どこにあるか教えてくれっ!

若田 詩穂

うちの庭にある
お稲荷さんの社の中に置いてある。
あの時からずっとね……。

三崎 凪砂

サンキュ!

若田 詩穂

あっ! ナギ、まだ話の続きが!

 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
俺は民宿へ向かって走り出した。


一刻も早く菜美に届けてやらないと!
アイツは今も町の中を
探し続けているに違いない。




そして――あいつの笑顔が見たい!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
俺は民宿の母屋がある方の敷地へ入った。
確かここには小さな庭があって
その奥に古ぼけた小さなお社があったはず。



その記憶通り、
庭に着くとそこにはお社が建っていた。

俺は手を合わせてからお社の扉を開けて
中を覗きこむ。


するとそこには
経年による汚れがついた小瓶が
ひっそりと置かれていた。

でも表面を服で擦ってやると、
中にはかわいい貝殻が
あの日のまま変わらず入っているのが分かる。
 
 

三崎 凪砂

あはっ♪

 
 
なんだかその瓶を見ていると、
懐かしさと嬉しさで自然と涙が滲んでくる。

俺はその瓶をハンカチで丁寧に磨いた。


そしてある程度きれいになったところで
それを持って民宿の敷地内を出る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

篠山 菜美

あれ? 三崎くん。
どうしたんですか?

 
 
これから探しにいこうと思っていた菜美が
俺の目の前に現れた。
まるで何かに導かれたかのように。

もしかしたらお稲荷様が呼んでくれたのかも。


菜美はキョトンとして俺を見ている。
 
 

三崎 凪砂

菜美、俺のこと覚えてるか?
昔、一緒に遊んでいた凪砂だよ。
お前、俺のことをなーちゃんって
呼んでただろ?

篠山 菜美

なーちゃん?
なー……ちゃん……。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

 
 
 
その時、
菜美の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。



相変わらずあまり表情は変えていないクセに、
なんで涙だけが出るかなぁ。
もう少しハッキリ感情を見せてくれよ。



俺……なんて……もう……我慢が……
うぐっ……すんっ……。
 
 

篠山 菜美

――あれ? おかしいです。
勝手に涙が溢れてきて……。

三崎 凪砂

探し物ってこれだろ?

 
 
俺は無理矢理に笑顔を作って、
菜美の眼前に瓶を差し出した。


すると菜美は大きく息を呑み、
手を震えさせながらそれを受け取る。
そして両手で包み込んで、
感慨深げに胸の前に持っていく。
 
 

篠山 菜美

これですっ!
探していた私の宝物ですっ!

三崎 凪砂

やっぱりそうだったか。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

篠山 菜美

ありがとう……。
見つけてくれたんだね、
なーちゃん!

三崎 凪砂

菜美っ!?

篠山 菜美

思い出した……全てを……。
なーちゃんだっ!
私の大好きななーちゃん!

 
 
菜美はこぼれ落ちる大粒の涙を拭うこともなく、
必死に笑みを浮かべて俺を見つめていた。


俺は菜美の自分の方へ抱き寄せ、
優しく頭を撫でてやる。
胸の中で菜美は、しゃくり上げている。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 



 
 
 
 
 
懐かしさと溢れ出る愛しさ――。

なんで俺は今までこの町のことを
思い出せなかったのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

篠山 菜美

探していたもの、
ふたつとも見つかったよ……。
この瓶となーちゃんだったんだ!

三崎 凪砂

ごめんな。
俺、交通事故の影響で
昔の記憶が
思い出せなくなっていたんだ。

篠山 菜美

私もそうみたい。
でもね、今、全てを思い出した。

三崎 凪砂

そっか……。

 
 
菜美は俺から離れ、手で涙を拭った。
そして頬を赤く染めながら
満面に笑みを浮かべる。



すごく可愛い。お世辞抜きで可愛い。

でもなぜか菜美は
すぐに寂しそうな顔に変わる。
 
 

篠山 菜美

また会えて嬉しいよ、なーちゃん。
でもね、すぐにお別れなんだ。

三崎 凪砂

え?

篠山 菜美

私ね、全てを思い出したの。
――本当にいるべき場所のこと。
私、こっちの世界の人間じゃない。

三崎 凪砂

お前……何を言って……っ?

篠山 菜美

私はあの世の人間。
でも私はこの世の人間だって
思ってたから、
この世の人間でいられた。

篠山 菜美

でも全てを思い出しちゃった。
探し物を見つけられて
未練がなくなったからだと思う。
もう、この世にはいられない。

三崎 凪砂

そんな……
再会したばかりだってのにっ、
そんなのありかよっ!

篠山 菜美

私はあの事故の時に――

 
 
聞きたくないっ!
その先なんて聞きたくないっ!


言うな、菜美っ! 言わないでくれっ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 

篠山 菜美

――死んじゃってたんだ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

 
 
 

三崎 凪砂

…………。

 
 
受け入れたくない。

でも……受け入れなければならない……。
聞いてしまった以上は……。



なんで神様は……
こんなひどい仕打ちをするんだよ……。
せっかく再会できて、
過去のことも思い出せたのに……。
 
 

篠山 菜美

あはっ♪ そろそろお別れ。

三崎 凪砂

っ!?

 
 
気がつくと、
菜美の体は少しずつ薄まってきていた。

向こう側の景色がうっすらと透けて見える。
 
 

三崎 凪砂

なんで体が薄くなってんだよ?
冗談だろっ?
こんなこと、ありえねーよ!

篠山 菜美

どんなことでも起こりうるんだよ、
なーちゃん。
世界ってそういうものだから。

篠山 菜美

でも還るきっかけをくれたのが、
なーちゃんで本望だよ。
お嫁さんになるって約束、
守れなくてゴメンね。

三崎 凪砂

ふざけんな!
このままサヨナラなんて――

篠山 菜美

大丈夫。
いつかまたきっと会えるよ。
そう信じてるから。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 

篠山 菜美

ばいばいっ!

 
 
 

 
 
 
 
 

 
 
 
そう言い残し、菜美は光の粒になって消えた。


でも涙を流しながらも、
アイツの顔はどことなく満足げで
最高の笑顔だった。
 
 

 
 
 
次回(最終片)へ続く!
 

pagetop