三崎 凪砂

うわぁああぁーっ!

 
 
 
 
 

三崎 凪砂

はぁっ……はぁっ……
は……ぁ……っ……。

 
 
目が覚めた俺は体中に大汗をかいていた。
鳥肌まで立っている。


――すでに窓の外は明るい。

直後、ドタドタと大きな足音が近付いてきて
ノックもなくいきなりドアが開く。
 
 
 

 
 

若田 詩穂

ど、どうしたのっ、凪砂くんっ!

三崎 凪砂

あ……ぁ……。

 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

若田 詩穂

大丈夫?
汗、びっしょりだよ?

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

三崎 凪砂

――っ!

 
 
今の詩穂の顔に
子どものころの詩穂の顔が重なって見えた。


確かにこうしてじっくり見てみると、
悪ガキっぽさが残ってる。
3人の中で一番わんぱくだったんだもんな。

それが今や可愛いエプロンなんか
着けちゃって。
朝食を作っている最中だったみたいだな。

――ふふっ、ちゃんと女の子してるじゃん。



これじゃ言われなければ“あの詩穂”だなんて
気付かないのも無理はないか……。
 
 

三崎 凪砂

詩穂……。

若田 詩穂

へ?

三崎 凪砂

お前……詩穂……なんだよな……?
俺……昔……
ここの町に住んでたんだよな?

若田 詩穂

っ!?

 
 
詩穂は息を呑んで俺を見つめていた。

何も答えてくれないけど、
かなり動揺しているのは明らかに分かる。


この反応は間違いない。
俺の問いかけを肯定しているのと同じだ。
 
 

若田 詩穂

…………。

三崎 凪砂

教えてくれよ、詩穂。
俺たち、幼馴染みなんだろ?

若田 詩穂

……ナギ、どこまで思い出したの?

三崎 凪砂

やっぱり……。
俺の過去を知ってるんだな?

若田 詩穂

……うん。

三崎 凪砂

俺、この町で何があ――

 
 

 
 

三崎 凪砂

えっ?

若田 詩穂

おかえり……ナギ……。

 
 
詩穂はいきなり俺に抱きつくと、
胸に迫ったような声で呟いた。



心まで優しく包まれたような温かさ。
懐かしい匂い。

俺の全身から力が抜けていく……。
 
 

三崎 凪砂

詩穂……。

若田 詩穂

ずっと会いたかった。
会いたかったんだよ、ナギ……。

 
 
時折、鼻を啜る音が聞こえてくる。
きっと涙を流しているのだろう。

でもそれを我慢しようとしているのか、
抱きつく腕に少し強めの力が入る。

俺は詩穂の気が済むまで
そのままでいることにした。



しばらくして詩穂は俺から離れた。
それは数分後だったのか
数十分後だったのかは分からない。

でも俺の体には温もりと感触が
しっかり残っている。
それだけは確かだ。
 
 

若田 詩穂

てへへ、ゴメンね。
感情が抑えきれなくて。
私のこと、
思い出してくれて嬉しいよ。

三崎 凪砂

いや……別にいいんだけどさ……。

若田 詩穂

さっきの口ぶりだと、
全ては思い出していないんだね?

三崎 凪砂

俺がこの町に住んでいたこと、
詩穂と菜美という
幼馴染みがいたこと。
それくらいしか……。

若田 詩穂

そっか……。
実はね、
ナギのおじさんとおばさんから
事前に電話があったんだよ。

三崎 凪砂

えっ?

若田 詩穂

もしかしたら過去を思い出して、
取り乱すことがあるかもしれない。
だからなるべく気に掛けて、
見守っていてもらえないかって。

若田 詩穂

だから私は無用な
刺激を与えないように、
昔のことを
話さないようにしていたんだ。

三崎 凪砂

…………。

 
 
父さんたちにも詩穂にも、
知らないところで気を遣わせていたのか……。


でもなぜ過去を思い出すと俺が取り乱すんだ?
 
 

若田 詩穂

言いたくても言えなくて
すごく辛かったよ……。

三崎 凪砂

気を遣わせて悪い……。

若田 詩穂

豪くんには
その話をしていなかったから
最初に2人が会った時は
パレるかと思って焦っちゃた。

三崎 凪砂

あいつって俺の記憶に
ないんだけど?

若田 詩穂

うん、それはそうだよ。
豪くんはナギがいなくなってから
この町へ引っ越してきたんだ。

若田 詩穂

ナギと私が仲良くしているから
ちょっと妬いてたみたい。

三崎 凪砂

そうは見えなかったけどな。

若田 詩穂

鈍感っ♪

 
 
詩穂は苦笑しながら俺の額を人差し指で突いた。

俺ってそんなに鈍感かな?
確かに鋭くはないだろうけどさ。
 
 

若田 詩穂

で、あらためて聞くけど、
ナギはどこまで思い出したの?
もう少し詳しく教えてくれる?

三崎 凪砂

えっと、ここに俺が住んでいて、
菜美や詩穂が幼馴染みだってこと。
今のところはそれくらいかなぁ。

若田 詩穂

ちなみに菜美のことって
どれくらい思い出した?

三崎 凪砂

まだ名前ぐらいだよ。
あと思い出したのとは違うけど、
一緒に宝探しをして
遊んでいたような気がする。

 
 
まさか夢で見たなんて言えない。


詩穂が俺のことをバカにするってことは
ないだろうけど、
そんな荒唐無稽な話をするのは抵抗がある。

だから今はお茶を濁しておくことにする。
 
 

若田 詩穂

随分とピンポイントだね。

三崎 凪砂

詩穂はその話を聞いて
何か心当たりあるか?

若田 詩穂

あ……うん……。
なんて言ったらいいのかな……。

 
 
詩穂は視線を逸らして口ごもった。
それから少しの間を置いて
再び俺を見つめてくる。


なぜかその瞳は悲しげで儚い感じだ。
 
 

若田 詩穂

それなら思い出さない方が
いいんじゃないのかなぁって
私は思う。

三崎 凪砂

なんでだよ?

若田 詩穂

きっと……悲しくて、
辛くなっちゃうと思うから。

三崎 凪砂

それでも俺は知りたい。
教えてくれよ、詩穂!

若田 詩穂

……ん。分かった。
じゃ、私についてきて。

 
 
根負けしたかのように薄笑いを浮かべた詩穂は、
ポツリと言い放って詩穂は部屋を出ていった。



否が応でも俺の緊張感は高まって
握った拳に汗が滲む。
心臓の鼓動も
破裂しそうなくらいに高鳴っている。


――俺は意を決し、詩穂のあとを追った。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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