彼女は異世界の人間だから

第二話
「異世界の人間も 
  紅茶は飲める」












お願いだから、例の件は秘密にしておいてね?

うん……それはいいけど

 だったら最初から異世界人だなんて言わなければいいのに、と僕は思った。



 理沙子と再会を果たした12月の金曜日。
 僕らは近くの喫茶店に移動し、話をしていた。

 チェーン店で騒がしいけど、学生のお小遣い事情を考えれば贅沢は言えない。
 もちろんそう思うのは僕らだけではなく、店内に同年代の子たちをチラホラ見かける。
 幸い、クラスメイトはいないようでほっとする。

 ちなみに、お互い高校一年生。同い年だった。


ね。……つい勢いでここに誘っちゃったけど、大丈夫だった?

も、もちろん。僕は問題ないよ


 どっきどきだった。


 さっき、あの公園で僕が彼女を見付けると、彼女はあからさまにしまったという顔をして、通りに出たところにある喫茶店に行こうと誘ってきたのだ。

 僕はこくこくと頷いて、二人して何故か早足で店に飛び込み、今に至るというわけである。



まさかまた会っちゃうなんてね~

今日は、コート着てるんだね

それはそうだよ。寒いんだから。こないだは、たまたまだよ

そういえば慌てて出てきたって言ってたっけ。……異世界から?

だからそれ、あんまり言わないでよ。

……ええ、そうよ。前回はこちらの気候に服装を合わせる余裕がなかったの

……そ、そう


 まだ引っ張るんだな、と思いつつ。
 僕は話を合わせてみることにした。

向こうの世界とこっちの世界って、あんまり変わらないの?

どうしてそう思うの?

だって、こっちのこと詳しいみたいだし。この喫茶店とか

一応、現地調査はしてあるからね。これくらいはわかるよ

へぇ……?


 ここで僕は、あれ? と思う。

 今の質問にすらっと答えるとは思わなかったのだ。もう少し慌てると思ったのに。

そっか。じゃあコーヒーも飲めるんだね

…………っ!!


 単なる確認だったのに、今度は見るからに慌てた。

 店に入った瞬間、これくださいと指さして注文していたのを思い出す。
 もしかして今まで、自分がなにを頼んだのかわかっていなかったのかもしれない。

こ、これが……噂の。黒い、黒いわね……

えーと、コーヒー見るの初めて?

し、知ってはいるよ? ただ、すっごく苦いのよね

まあね、ブラックだと…………あ

 理沙子はじっとコーヒーを見つめていたかと思うと、カップを手に取り、そっと口に付ける。





~~~~!!








 瞬間正に苦い顔になり、かちゃっと音を立ててカップを置いた。

……ほんとに苦いんだね

あはは……えっと、僕の紅茶と交換する?

いいの?

僕はコーヒー飲めるから、いいよ

ごめん。口付けちゃったけど、お願い


 僕は自分のカップと彼女のカップを入れ替える。
 コーヒーに砂糖とミルクを入れてスプーンでかき混ぜた。
 ……かっこ悪いけど、僕もブラックでは飲めない。

あ、これ間接キス……には、さすがにならないな


 ちょっとドキッとしながらも、彼女が付けたのと反対側から口を付けてコーヒーを飲む。

私は異世界の人間だから。やっぱりコーヒーより紅茶ね

はぁ。いやそれ、異世界人だとか関係ない気がするけど

関係あるの。あ~暖まるねぇ


 紅茶を飲んで、顔をとろけさせて幸せそうな顔になる。

 異世界がどうこうの設定はともかく、こうして話ができるのだ。文句は言わず、引き続き彼女の話に合わせてみることにした。

異世界の人間ってことは、まだそんなにこっちの世界のこと、知らないんだよね

だから、調査はしてるから知ってはいるってば

うん。それって実際には見てないってことだよね?

うっ……ま、まあね? でも見てなくたって、私は別に……いいかなって

よくないよ。やっぱり自分の目でしっかり見ないと

それは、そうかもしれないけど……でも、どうすればいいのよ

簡単だよ


 そこまで話して、僕の口は止まってしまう。

 異世界設定に付き合うことしか考えてなかったからスラスラ話せたが、この続きはそうもいかなかった。

いや、この流れなら自然なはずだ!


 自分を奮い立たせるが、重たい口はなかなか開かない。が、

……永一くん?

僕と一緒に見に行こうよ。行きたい所、どこでも連れて行ってあげるから!

えっ……?!


 彼女に名前を呼ばれ、ダムが決壊するかのように言葉が飛び出した。

い、言えたぞ! 言っちゃったぞ!


 どう聞いてもデートの誘いでしかない言葉に、彼女は驚いた顔のあと口元に手を当ててうーんと考え始める。

……ど、どこでもいいの?

もちろん!


 彼女は少し恥ずかしそうに、上目遣い気味に僕を見る。

じゃあ……ボウリング、に……

オッケー。ボウリング場ね、駅前にあったはず。うん





 まさかそんなにあっさり行きたい場所を言ってくれるとは思わなかった。

というかたぶん、僕と違ってデートの誘いだとかそういうの、考えてなさそう

 それはそれでどうなのだろうという気もするが、僕は結果だけ見ることにした。



でもちょっと意外だったかな。異世界人なら、景色とか美術館とか、そういうのを言ってくると思ったよ

そういうのは、本とかでも見ることができるし……。ボウリングって、やってみたいなって思ったのよ

なるほど。どっちかというと、体験したいってことか

うんうん! そういうことなんだよ。異世界の文化を体験する!


 そうきたか。
 でも、僕としてはなんだっていい。今日別れても、また会えることが決まったのだから。

あ、そうだ。いつがいいかな? なんなら明日とか、明後日でも僕は構わないけど

ううん。私が次に来られるのは、一週間後の今日なの。
この時間でどう?


 僕としては土日の方がゆっくり遊べると思ったのだけど、それなら仕方がない。僕は合わせるだけだ。

わかった。来週の金曜日に、あの公園で待ち合わせでいいかな?

うん! ふふっ、次に来るのが楽しみになっちゃったな

 彼女は嬉しそうに笑って、両手でカップを抱えて紅茶を飲む。

 僕はというと、その笑顔に嬉しくなってしまい、肝心なことを忘れてその日は別れてしまった。










……あ、連絡先の交換するの忘れた……

第二話「異世界の人間も紅茶は飲める」

facebook twitter
pagetop