篠山さんはあの世もこの世もないという。

でも俺には意味が分からないし、
夢の世界が何なのかも分からない。
 
 

三崎 凪砂

えっ?
少なくともこの世はあるでしょ?
こうして俺たちがいるんだから。

篠山 菜美

それは生きているって意味ですか?

三崎 凪砂

うん、もちろん。

篠山 菜美

誰が教えてくれたんですか?
『あなたは生きている』って。
『ここはこの世だよ』って。

三崎 凪砂

そ、それは……。

篠山 菜美

そもそも根本的に考え方が
間違っているのかもしれません。

三崎 凪砂

根本的にって?

篠山 菜美

あの世とかこの世とか、
分けて考えることが
間違っているんですよ。

三崎 凪砂

え?

篠山 菜美

この世はあの世でもあり、
あの世はこの世でもある。
自分がこの世だと認識すれば、
それはこの世。逆も然りです。

篠山 菜美

そしてそれは
確定したものではなくて
容易に変化をする。

三崎 凪砂

難しいことを言うね……。

 
 
俺は少し頭がこんがらがってきた。


認識次第で世界は
この世にもあの世にもなるけど、
この世だと思っていた世界が
実はあの世だったりあの世へ変化することも
あり得るってことかな?



そんなこと、考えたこともなかったな……。
 
 

篠山 菜美

三崎くんは
『われ思う、ゆえに我あり』
って言葉をご存じですか?

三崎 凪砂

聞いたことはあるけど、
詳しくは知らないな……。

篠山 菜美

自分はここにいると思えるから
自分の存在はここにあると
証明できる――ということです。

三崎 凪砂

うんうん。

篠山 菜美

逆に言うと、
自分以外の全ての存在は
そこにあるかどうか
誰も証明できないんです。

篠山 菜美

また、同じものを見ても
それを自分と他人が
同じものとして認識しているとは
限らない。

三崎 凪砂

つまり何かが『ない』ということも
証明できないって意味でもあるね。

篠山 菜美

そうですね。

篠山 菜美

『何か』は『何か』でしかなく、
それ以上でも以下でもない。
存在の有無を考えることこそ
無意味なんです。

三崎 凪砂

あはは、難しいね……。

 
 
僕が苦笑いを浮かべると、
篠山さんは口元に手を寄せてクスッと笑った。

今夜の彼女は珍しく表情が豊かだ。
 
 

篠山 菜美

見たままを見たままに
感じ取ればいいということです。
見ているものの全ては不確実。
可能性と言い換えてもいいですね。

三崎 凪砂

つまりは何が起きても
おかしくないし、
それを受け止めればいいってこと?

篠山 菜美

はい。どんなに荒唐無稽なことでも
起こりえるんです。
それって夢と似ていませんか?

三崎 凪砂

あ、確かに。

篠山 菜美

そういう意味で、
夢は私たちのいる世界より
次元が上の世界なのかなぁ
というのが私の考えです。

篠山 菜美

そして今の私と夢の世界の私は
眠ることによって行き来する。
自分は自分なのに、
別の世界へ
飛ばされてしまうんです。

篠山 菜美

そこに恐怖と戸惑いを
感じるんですよ。

 
 
篠山さんの瞳が少し曇った。


そうか、だから眠りたくないって言ってたのか。
確かにいきなり見知らぬ世界へワープしたら
戸惑うだろうしなぁ。

今はそれと同じ感覚でいるってことなのか……。
 
 

三崎 凪砂

でもそれも
不確実なものなんでしょ?

篠山 菜美

そうなりますね。

三崎 凪砂

もし篠山さんの意識と
俺の意識がひとつになれたら、
お互いに存在を確実なものとして
認識できるのにね。

三崎 凪砂

つまりどの世界でも
一緒にいられる。

篠山 菜美

っ!?

 
 
篠山さんは目を丸くした。


ちょっとクサイこと言っちゃったかな?
でもそれは俺の素直な気持ちだし。

小さな想いも、集まれば大きな想いになる。
確かなものに近付く。
それってすごく素敵なことだと思うもん。
 
 

篠山 菜美

それだと様々な可能性が
減ってしまうという
ことでもあります。
それもつまらない世界ですよ。

篠山 菜美

でも――

三崎 凪砂

ん?

篠山 菜美

三崎くんと意識を共有できるのなら
嬉しいって私は思ってます。

三崎 凪砂

篠山さん……。

篠山 菜美

なんだかお話をしていたら、
眠る勇気が湧いてきました。
私、家に戻ります。

三崎 凪砂

うん、その方がいいよ。
女の子が深夜にひとり歩きなんて
危険だもん。

 
 
俺たちはその場から引き返し、
民宿の前で『おやすみ』と挨拶をして別れた。


その直後、俺も睡魔に襲われて、
部屋に戻るなり横になったのだった。

もちろん、今度はきちんと布団の上にね……。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第12片 われ思う、ゆえに我あり

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