取り敢えず僕が行ったのは、情報収集だった。
取り敢えず僕が行ったのは、情報収集だった。
朝から営業している大学のカフェで、白石未筝について聞いて回った。もちろん、キーワードは名前ではなく『見た目子供なのに自分ではお姉さんと言ってる変わった女の子』である。
結果。
ああ、あの子ならいつも私がジョギングしている途中のレンタルショップでよく見かけるよ
そんな情報を入手した。
ちなみにその女性は結構な量の汗を垂らしながら、それでも爽やかにモーニングセットを頂いていた。
なあ、その大量の汗はどうしたんだ?
ああこれかい? ちょっとばかしジョギングしてきてな。今は消費したカロリーを補給しているところだ
太陽が似合うような、いや、いっそのこともう太陽そのもののような笑顔で彼女は言った。
ちょっと加減を間違ってしまったよ。3人分で足りるかどうか……
それ全部お前が食べるのかよ!?
思わず叫んでしまった。
身長は確かに平均よりも高い方だろう。男の僕とほぼ変わらないというかむしろ僕の方が少し負けているような気もする。
それでもスタイルは抜群なのだ。引っ込んだお腹にすらりと長い脚。何より胸のボリュームが事象お姉さんっ子とは比べるのも恐れ多い。
この体のどこに3人前も入ってしまうのか、分かるなら僕に教えて欲しい。
一体どれだけジョギングしたらそうなるんだよ……
ん? まあ今日は少し張り切ったからな。ざっと42.195キロだっ!!
それもうフルマラソンだから!!
ジョギングってレベルを軽く超えちゃってるからあああっっ!!!!
もはや絶叫である。僕も僕で声量が会話のレベルを超えていた。
おいおい少年。元気なのはいいことだがうるさ過ぎるよ。それに私はテレビ出演などしない。あくまで私が走りたいと思うから走るのだ
何を言っているのだろうこの女は。僕はただ距離の話をしているだけであって、本当に正式なフルマラソンに参加したと言った訳でもないのに。
と。こんな説明を書いたのは正直僕はもう不慣れなためにツッコミ疲れていて、声を出したくないからどこかの誰かに代弁してもらったということだ。
だけどこれだけは僕の口で聞いておこう。
はぁ。ところでお前、『牛の角が消える時間』と言うのはいつのことだか分かるか?
ああ、分かるよ
即答だった。馬鹿なはずなのに。
……馬鹿なはずなのに
おいおい君きみ。心の声化は分からないけれど、声に漏れてしまっているよ?
しまった!?
うん。じゃあやっぱりこの話はなかったということで
いやあごめんごめん。馬鹿じゃなくてスポーツ馬鹿と言いたかったんだよ勘違いだ
スポーツ馬鹿という言葉もこの場合では褒め言葉にならないのだが。
いや、そうかそうか。スポーツ馬鹿と言いたかったのか。すまない、勘違いをしていたよ
予想外に謝られた。やっぱり馬鹿だったようだ。
分かってもらえたようでよかったよ。それで? それはいつを指しているんだ?
それはだな少年。ずばり夕方の5時だよ
そうか。それで、どうして『牛の角が消える時間』が夕方の5時になるんだ?
まあ待て、そう慌てるな。それはあれだろ? 白石未筝が待ち合わせに指定した時間じゃないのか?
彼女はいきなりと確信を突いてくる。馬鹿なのか賢いのか、どちらかにしてほしいのだが。
まあ、そうだけど
続けて彼女は言った。
それにだ少年。白石未筝はその待ち合わせ場所に、『中に糸の入った樽がある場所』と指定して来なかったか?
おお、そうだその通りだよ!
確信した。彼女は馬鹿なんかではない。救世主であり女神である。
だったらそれは夕方5時の喫茶ひまわりで決まりだ。その場所その時間以外の何物でもない! 断言しよう!!!
随分と自信があるな
当然だ。なんせ私も同じことを言われ、そして彼女と会ったのが夕方5時の喫茶ひまわりだったからな
本当か!? ありがとう、助かったよ。今日の夕方5時に早速喫茶ひまわりに行って来るよ
ああ。それがいいだろう。善は急げだ
それにしてもお前には助けてもらってばかりだな。何かお礼がしたいんだけど、何かあるか、綾瀬?
本当か!? ならばすまないが君が美味しそうだと思うものを2人分買ってきてくれないか?
まだ食べるのか。まあいいさ、ちょっと待ってろ!
そうして僕は、エッグベネディクトと朝の和定食の2つを彼女の元に持って行った。
おお、すまないな。ところで少年。こんなに親切な君を少年と呼ぶのはいささか良心に障る。名前を教えてもらおうか
ああ、僕の名前は都大樹だ
ふむ、ではみーくんだな!
いきなり馴れ馴れしいなお前!!
いいではないか。ご飯をご馳走してくれた。それだけでもうみーくんは私の親友だ!!
ずいぶんと展開が早いけど、まあ僕も友達ができるのは嬉しいからな。よろしく頼むよ
あるいはこの展開は予想通りとも言える。
そうか、それは良かった。ではみーくん。今度は私の番だな。私の名前は綾瀬咲月(あやせ さつき)だ。よろしく!
お互いに名前を教え合い、それから僕はカフェを後にした。現在の時刻は午前7時半。夕方の5時までにはまだかなりの時間がある
講義に出ても良かったが、やっぱり僕には意味がないので、時間までも彼女こと白石未筝に偶然出会うかもしれないと、綾瀬に聞いたジョギングコースをゆっくりと歩くことにした。
ご飯を2人前も奢ってくれるなんて、みーくんは本当にいい人だなあ
僕が去った後、きっと彼女はぺろりと全てを平らげてしまうのだろう。
また会いに行かせてもらうよ。それまで待っていてくれ
いったん家に帰って靴を履き替えようと、僕は大学を出た。
ふむ、美味かった。ご馳走様!
残された彼女も着替えるべく席を立ち家に向かう。
それにしても綾瀬は、あんなに食べてお金はどこから出てくるのだろう……
そういえばみーくん、私が名乗る前に私の名前を呼んでいたが、そんなにも私は有名になってしまったのだろうか……
それぞれが疑問を持ち、それでも時間は進み始める。
全ての人に平等に、とは言えないけれど。