空はすでに茜色――。


もうすぐ暗くなるということで、
俺たちは探すのを中断して
民宿の前まで戻ってきた。
 
 

篠山 菜美

結局、見つかりませんでしたね。

三崎 凪砂

明日も一緒に探そうよ。

篠山 菜美

それなら明日の朝、
民宿の下まで迎えに来ます。

三崎 凪砂

あ、いいよ。
俺から迎えに行くよ。
近所に住んでいるんでしょ?

篠山 菜美

色々と事情がありまして。
ケータイも持っていませんし。
だから私が迎えに来ます。

篠山 菜美

では、また明日。

三崎 凪砂

じゃあね~っ!

 
 
篠山さんは小さく手を振ると、
民宿の前の路地を山側に向かって
歩いていった。

俺は姿が見えなくなるまでその場で見送る。
 
 

若田 詩穂

あれ? 凪砂くんっ?

三崎 凪砂

あ、詩穂さん。

 
 
横を振り向いてみると、
そこにはエプロンを身につけた詩穂さんが
立っていた。

食堂の勝手口から出てきたところのようだ。
 
 

若田 詩穂

どこかに出かけてたみたいだね。

三崎 凪砂

はい、近所を散歩してました。
今、帰ってきたところです。

若田 詩穂

そっか。
今日はもうお出かけは終了?

三崎 凪砂

そうですね。
歩き回って疲れたので、
あとは部屋で休みます。

若田 詩穂

じゃ、夕食の準備を始めても
大丈夫だね。
用意ができたら
部屋に呼びに行くよ。

若田 詩穂

あるいは先にお風呂に
入っちゃってもいいし。
沸かしてあるからさ。

三崎 凪砂

いえ、お風呂はあとにします。
まずは――

若田 詩穂

たわし?

三崎 凪砂

たわしで何をするって
言うんですっ!?

 
 
詩穂さん、まだあのネタ引っ張るのっ!?


それともたわしに思い入れがあるとか?

実はスポンジには恨みがあって――って
そういうわけじゃないよね?
 
 

若田 詩穂

そうだねぇ、凪砂くんが
たわしですることといえば
足裏マッサージ?

三崎 凪砂

それは良さそうですね。
足の疲れが取れそうで――

三崎 凪砂

って、違いますよっ!

若田 詩穂

いいね、ノリツッコミ♪

三崎 凪砂

俺がしたいのは、
畳の上でゴロ寝ですよ。
自宅の俺の部屋って洋間で狭いから
それをするのが夢だったんです。

若田 詩穂

あははっ! 夢って、
そんなの前は嫌っていうほど
やってたじゃん。

三崎 凪砂

――は?

 
 
詩穂さん、変なことを言ったぞ?
前にやってたってどういう意味だ?

俺の家に和室はないし、
そんなことをしていた記憶だってない。
過去を知ってるはずもない。



俺が考え込んでいると、
詩穂さんは引きつったように笑った。

視線を向けると彼女は小さく息を呑んで
慌てて目を逸らす。


明らかに様子がおかしい……。
 
 

若田 詩穂

さ、さぁって!
夕食の準備に
取りかからないとね~っ!

 
 
そう言うと、
詩穂さんは母屋の方へ早足で去っていった。


――なんなんだ、いったい?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
日が落ちて辺りはすっかり暗くなった。

空には月と星が眩く輝き、
海には船らしきものの灯りも見える。


開いている窓から吹いてくる風は
心地よい涼しさがあって、
目を瞑っていると眠ってしまいそうだ。



少しウトウトしてきた時、
ドアがノックされて
詩穂さんが部屋に入ってくる。
 
 

若田 詩穂

お~い、凪砂く~ん!
夕食の準備ができたよ~っ!
1階のダイニングまで来てっ。

三崎 凪砂

あ……はい……。

 
 
俺は起き上がり、
詩穂さんに続いて部屋を出た。

廊下には味噌汁やダシのいい香りが
漂っていて、思わず腹の虫が鳴く。

――詩穂さんに聞かれちゃったかな?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
階段を降りた俺は、
玄関の横にあるダイニングへ入った。

するとそこのテーブルの上には
美味しそうな料理が所狭しと並べられていた。


刺身の盛り合わせや煮付け、焼き魚、
サザエの壺焼きなどの魚介類のほか、
野菜サラダや卵焼き、トンカツ、お新香――

俺の好物ばかりでテンションが上がるッ!



でもちょっと作りすぎじゃないのかなぁ?

例え俺と詩穂さんのふたり分だとしても、
食べきれないかも。
 
 

三崎 凪砂

すごく豪華ですねっ♪

若田 詩穂

あははっ、普通だよ。

三崎 凪砂

でも、量が多くないですか?

若田 詩穂

だって私の分もあるもん。
一緒に食べようと思って。

三崎 凪砂

そうなんですか?
でももしそうだとしても
品数は多いし、
内容だって充実してますよ。

若田 詩穂

今日はつい張り切っちゃった。
ここにある料理、
全部私が作ったんだよ?

三崎 凪砂

マジですかっ!?
どれもうまそうですっ!

若田 詩穂

うまそうじゃなくて、
うまいからっ!
だって普段からお客さんに
料理を出してるんだよ?

三崎 凪砂

それは失礼しましたっ。

若田 詩穂

ほらほら、早く椅子に座って!
ご飯とお味噌汁、よそってあげる。

 
 
俺が椅子に座ると、
詩穂さんはご飯と味噌汁をよそってくれた。


茶碗に盛られたご飯はツヤツヤとしていて、
一粒一粒が立っている。
そこから上がる白い湯気は、
吸い込むだけで勝手に唾が湧きだしてくる。


一方、味噌汁は赤味噌を使ったもので、
具はワカメ。
この色合いと形は新芽のワカメだな。

養殖ワカメを育てる過程で春に間引く新芽。
実はこれこそが最高にうまい。
地元以外にはほとんど出回らないけど。
 
 

三崎 凪砂

……ん?

三崎 凪砂

俺、なんでそんなことを
知ってるんだろう?
どこで得た知識だ?

若田 詩穂

じゃ、食べようか?

三崎 凪砂

っ!?

 
 
俺が色々と考え込んでいる間に、
詩穂さんは自分のご飯と味噌汁をよそい終え、
席に着いていた。

慌てて俺は姿勢を正し、手を合わせる。
 
 

三崎 凪砂

いただきますっ!

若田 詩穂

いただきます。

 
 
こうして俺たちは食事を始めたのだった。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第10片 掴めそうで掴めない

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