海へと続く細い路地は、
緩やかな下り坂となっていた。
真っ直ぐの道の先に少しだけ海が見えている。

また、左右にある民家は
コンクリートの塀で囲まれていたり、
背の高い生け垣があったりする。


――これらは海風を防ぐためなのかな?
 
 

三崎 凪砂

篠山さんはずっとこの町に
住んでいるの?

篠山 菜美

はい、そうです。
この町で生まれ育ちました。

三崎 凪砂

この辺って生け垣のある家が
多いよね?
あれって風よけの役割?

篠山 菜美

はい、その通りです。
イヌマキという木で、
風に強いんですよ。

三崎 凪砂

そうなんだ。

篠山 菜美

…………。

 
 
篠山さんはきちんと受け答えを
してくれたけど、
どこか上の空のようだった。

なぜかしきりに周囲を見回している。


そのせいか歩くスピードもゆっくりな感じだ。
 
 

三崎 凪砂

どうしたの?
キョロキョロしてるけど、
何か気になることでもある?

篠山 菜美

えぇ……まぁ……。

三崎 凪砂

もしかして、
2人で歩いているところを
見られたら恥ずかしいとか?

篠山 菜美

恥ずかしくはありませんよ。
ただ、学校の新聞部の人や
盗撮目的の男子が隠れているかも
しれませんので。

篠山 菜美

学校新聞のスクープとして
1面を飾ったり、
写真が裏で売買されたりするのは
嫌ですから。

三崎 凪砂

えっ? そうなの?

篠山 菜美

好意を寄せる男子や
そんな私に対して仄暗い感情を
抱いて意識している女子が
たくさんいるんです。

 
 
篠山さんは視線を落とし、ポツリと呟いた。

確かに彼女は可愛いから、
男子たちから告られることも多いかもな。


それに嫉妬した女子は陰湿なイジメを……。
 
 

三崎 凪砂

そっか、大変なんだね……。

篠山 菜美

嘘です。冗談です。

 
 
 
 
 

三崎 凪砂

ぶはっ!
嘘なのかよっ!?

 
 
 
 
 
――心配して損したっ!


なんか詩穂さんと似ているところがあるけど、
篠山さんの場合は
本当か嘘か分かりにくいから厄介だな……。
 
 

篠山 菜美

むしろ私は空気みたいな存在で
誰も気にしてくれません。

篠山 菜美

だから気に掛けてくれて
嬉しいです。
ありがとう、三崎くん。

三崎 凪砂

そう返されると怒れないって……。
だからといって喜べばいいのか、
同情しなきゃいけないのか、
対応に困るんだけど……。

三崎 凪砂

それならどうして
周りを気にしてるの?

篠山 菜美

探し物です。

三崎 凪砂

探し物?

篠山 菜美

なかなか見つからなくて、
もう何年もこの近所を
探しています。

三崎 凪砂

……それって、また冗談?

篠山 菜美

本当です。
何度も何度も探しているのですが、
全然見つからなくて。

 
 
――どうやら今度は本当らしい。

だって表情とか仕草とかを見ると、
嘘を言っているようには思えないもん。



そうか、本当か嘘かを見極めるのは
難しいけど、
彼女は隠さずハッキリと口に出す。

言いたくない時は
『言いたくない』って言うしね。



面倒くさいような気もするけど、
うやむやにはならないからいいのかも。
 
 

三崎 凪砂

それってどんなもの?

篠山 菜美

宝物の入った瓶。
大きさはこれくらい。

 
 
篠山さんは右手の親指と人差し指を広げ、
それらの隙間で大きさを示した。

あの感じだと、10センチくらいだろうか?
 
 

三崎 凪砂

宝物って何?

篠山 菜美

さぁ?

三崎 凪砂

さぁって……。

篠山 菜美

時間が経ちすぎたからなのか、
自分でも何だったのか
思い出せないんです。
でも宝物であることは確かです。

篠山 菜美

見ればきっと思い出すはずですが。

三崎 凪砂

そんなに小さなもので、
しかも何年も前になくしたのなら
雨とか台風とかで
どこかへ行っちゃったんじゃ?

篠山 菜美

その可能性は否定できません。
でも私はまだ近くにあるような
気がするんです。
だから探し続けています。

三崎 凪砂

雲を掴むような話だね。

 
 
――と言いつつも、
俺だって似たような境遇だよなと思ったり。

だって夢で見た景色だけを頼りに、
この町へ来ちゃったんだから。


それでも来てみて手応えはあったわけで、
そう考えると、雲だって掴もうと思えば
掴めるのかもしれない。
 
 

篠山 菜美

そうかもしれません。
でもつい最近、
探していたもののひとつが
見つかったんです。

三崎 凪砂

探し物はひとつじゃないの?

篠山 菜美

はい、ふたつありました。
その片方が見つかったんです。
だから残りのひとつも
見つかるような気がしてるんです。

篠山 菜美

信じて探していて良かったです。

三崎 凪砂

見つかったものって何?

篠山 菜美

……それは言えません。

 
 
篠山さんはすごく嬉しそうな顔をして
俺に微笑みかけてきた。
その穏やかな笑顔から
幸福に満ちた感情がひしひしと伝わってくる。


いつも淡々としている印象が強いからか、
余計にそう感じたのかもしれない。
 
 

三崎 凪砂

じゃ、俺も探すのを
手伝ってあげようか?
実は俺も探し物をするために
この町へやってきたんだよ。

篠山 菜美

そうだったんですか。
それなら三崎くんの探し物も
私の探し物も一緒に探しましょう。
1人より2人です。

三崎 凪砂

俺が何を探しているのかって
聞かないの?

篠山 菜美

私の探し物が何かを
話していないのに、
三崎くんにだけ聞くなんて
不公平じゃないですか。

三崎 凪砂

なるほどね。

篠山 菜美

三崎くんの探し物も
この近所にあるんですか?

三崎 凪砂

分からない。
でも歩き回っていれば
見つかるような気がする。

篠山 菜美

そうですか。
私と同じですねっ。

 
 
 
 
 

 

 
 
篠山さんが楽しげに笑った直後、
視界全体が明るくなった。


そして目の前に広がるのは海と砂浜――。

話をしているうちに
俺たちは海岸沿いの道まで到達したらしい。
 
 

三崎 凪砂

海まで着いちゃったね。

篠山 菜美

私は会話の最中も
きちんと周囲に注意を向けて
探していましたよ?

三崎 凪砂

え? そうだったの?

篠山 菜美

当然です。探索のプロですから。
探し物は見つかりませんけど。

三崎 凪砂

ぷっ! 何それっ?

 
 
俺は思わず大笑いをしてしまった。



その後、俺たちは近くの道を歩きながら、
お互いに自分の求める『何か』を探し続けた。

当然、そう簡単に見つかるわけもないんだけど、
見つかりそうな気配だけはした。



――根拠はないけど、直感でそう思った。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第9片 それぞれの探し物

facebook twitter
pagetop