僕は足が動かなかった。

ミーシャさんを追いかけなきゃいけないって
分かっているのに、
金縛りにあったみたいに自由が利かない。


――それに胸が締め付けられて息苦しい。
 
 

マール

トーヤお兄ちゃんと
ミーシャお姉ちゃんが
ケンカするの見たくないよぉ……。

ソラノ

トーヤもミーシャも
頭に血が上りすぎだね。
お互いに少し落ち着かないと。

トーヤ

……おっしゃる通りです。
すみませんでした、ソラノさん。

ソラノ

こらこらっ!
謝る相手が違うんじゃないのかい?

トーヤ

そうですね。
マールちゃんとミーシャさんに
謝らないといけませんね。

 
 
僕は泣いているマールちゃんの方へ向き直り、
深く頭を下げる。
 
 

トーヤ

マールちゃん、ゴメンね。
もうケンカはしないし、
ミーシャさんにも謝ってくるよ。

 
 
そう告げたあと、
僕は頭を上げてマールちゃんを見つめた。

すると彼女は涙をピタリと止め、
鼻を啜りながら
手の甲で目の周りをゴシゴシとこする。
 
 

マール

ホント?

トーヤ

うん。だから許してくれる?

マール

……絶対だよ?
それなら許してあげるっ!

トーヤ

ありがとうっ!

 
 
マールちゃんの顔に笑みが戻り、
僕はほんのちょっぴり気が楽になった。

あとはミーシャさんを探して謝らないと!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
僕は病室を出ると、
建物内をくまなく探していった。

廊下やほかの病室、階段、待合室――
トイレや浴室以外の場所を
とにかく片っ端から見ていく。


そして北棟の屋上へ出るドアを開けた時、
奥で佇むミーシャさんの姿を発見する。




彼女は屋上の手すりに両肘をつき、
落ち込んだ様子でボーッと遠くを見ていた。

心ここに在らずといった感じで、覇気がない。
 
 
吹いてくる風に
彼女のきれいな髪がなびいている。
 
 

ミーシャ

あ……。

 
 
ミーシャさんは僕の姿に気付いたようだった。
それとほぼ同時に、
僕はゆっくりと彼女へ歩み寄っていく。

照りつける強い日差しが
肌の露出した部分を焼き、
外気の暑さは全身から汗を噴き出させる。
 
 

トーヤ

ミーシャさん……。

ミーシャ

っ!?

ミーシャ

こっちに来ないでよっ!

 
 
拒絶されても僕は歩みを止めない。
ミーシャさんに視線を向けたまま、
ただひたすらに前へと進む。

一方、ミーシャさんも
その場から逃げようとはしなかった。
当惑しながらもこちらの様子を眺めている。



やがて彼女の前まで辿り着いた僕は
神妙な面持ちで頭を下げた。
 
 

トーヤ

さっきは僕、
冷静さを失っていました。
ごめんなさい。

ミーシャ

頭を下げたくらいで
許すとでも思ってんの?
土下座して頭を床に
こすりつけて謝りなさいよ。

トーヤ

……分かりました。
それで許してくれるなら。

 
 
言われるままに僕はその場に土下座した。


石造りの床は太陽の光によって
熱せられていて、
触れた手足や額が火傷しそうなくらいに熱い。



でもこの程度で弱音を吐くわけにはいかない。

それだけの罰を受けるに値することを
僕はしてしまったのだから……。
 
 

ミーシャ

ちょっ!?

トーヤ

ミーシャさん、ごめんなさい。

ミーシャ

バ、バカっ!
ホントに土下座しないでよっ!
冗談に決まってるでしょっ?
真に受けないでっ!

トーヤ

え……?

ミーシャ

許すから頭を上げなさいよ!

トーヤ

ありがとう、ミーシャさん。

 
 
僕は立ち上がって
ミーシャさんに御礼を言った。

すると彼女はばつが悪そうな顔をして、
僕から視線を逸らしたままポツリと呟く。
 
 

ミーシャ

わ、私だって少しは……
悪かったわよ……ゴメン……。

トーヤ

じゃ、仲直りしてくれますか?
マールちゃんと
約束しちゃったので。

ミーシャ

分かったわよ。
でも仲直りするのは
マールのためなんだから
勘違いしないでよねっ?

トーヤ

ありがとうっ!

ミーシャ

ふ、ふんっ!
仕方なくなんだから
感謝される筋合いなんてないわよ。

トーヤ

――僕、薬草師としての腕を
もっともっと磨いて
魔力熱に効く薬を作ってみせます。

ミーシャ

えっ?

トーヤ

その日まで自ら命を絶とうだなんて
思わないでほしいです。
いつになるか分かりませんけど。

トーヤ

ミーシャさんには
生きていてもらいたいから。
元気になってほしいって気持ちも
ホントです。

ミーシャ

っ!?

 
 
僕はミーシャさんの瞳をジッと見つめた。
大きく見開いて、逸らさずに……。


すると彼女は不意に僕に背を向け、
手で涙を拭うような仕草をした。
さらに小さく鼻を啜る。

直後、こちらに振り向いた彼女は
頬を濡らしながら嬉しそうに笑っていた。
 
 

ミーシャ

仕方ないわね、
100年くらいなら待っててあげる。
それが限界。
だからさっさと腕を磨きなさいよ?

トーヤ

100年って短いですね……。

ミーシャ

そんなことないわよ。
もし人間なら寿命であの世に
逝ってる期間なんだから。

トーヤ

でも僕たちは魔族ですよ?
寿命はその何倍も
あるじゃないですか。

ミーシャ

寿命が尽きなかったとしても、
症状が悪化して
待てなくなっちゃうかも
しれないでしょ?

 
 
ミーシャさんはやや伏し目がちになって呟いた。

でも重苦しくなりそうな空気を察して、
すかさず苦笑いを浮かべる。
 
 

ミーシャ

不老不死の薬があれば、
いつまででも待てるのにね。

トーヤ

不老不死の薬っ!?
そんなのないですよっ!

 
 
思わず声が裏返ってしまった。


だって僕は隠れ里や王城で
薬草師をしてきたけど、
不老不死の薬なんて話題にも出なかったから。

当然どんな書物にも書いていないし、
そもそもそんなものが存在するとは思えない。



でも僕の反応を見たミーシャさんは
なぜか真面目な顔つきになる。
 
 

ミーシャ

――私さ、親が上民なんだ。
私も一応、その身分。

トーヤ

…………。

ミーシャ

あ、別に自慢する気はないの。
気を悪くしたらゴメン。

トーヤ

……うん、大丈夫です。

ミーシャ

そういう身分だったから、
各地のお偉いさんが
家によく来ていたってこと。

ミーシャ

それでその人たちが
話していたのを聞いちゃったの。
この世には
不老不死の薬が存在するって。

トーヤ

まさかっ!?

 
 
僕が声を上げると、
ミーシャさんは人差し指を口に当てて
静かにするよう促してきた。

それを見て、僕は慌てて手で自分の口を塞ぐ。
 
 

ミーシャ

まぁ、驚くのが普通よね。

ミーシャ

作れない薬はないと世界的に名高い
伝説の薬草師・ギーマ老師でさえ
それだけは作れなかった。
そう言われてるもんね。

トーヤ

それは初めて聞いたな……。

ミーシャ

でも本当は
作れるんじゃないかって噂なのよ。
キーマ老師はその事実を
隠しているだけだって。

トーヤ

えっ?

ミーシャ

だからその薬を作らせようとして
色々な連中に狙われているとか。

トーヤ

そっかぁ……。
もしその噂が本当だとしたら
僕も事実を隠そうと思います。

ミーシャ

どうして?

トーヤ

世界が生き物で
溢れちゃうじゃないですか。

ミーシャ

確かにね。

トーヤ

それに命って限りがあるから
その瞬間を一生懸命に生きようと
思えるんじゃないですか?

 
 
それを聞いたミーシャさんは、
小さく息を呑んだ。

そして納得したような顔をして頷く。
 
 

ミーシャ

なるほどね……。
私たち魔族が人間に負けたのって
その辺に理由があるのかもね。

トーヤ

どういうことです?

ミーシャ

勇者はノーサスとの決戦の時、
その一瞬に全てを賭けて戦った。

ミーシャ

寿命が短いから
魔族とは比べものにならないくらい
意気込みが違ったのね、きっと。
勝てるわけはないわ。

トーヤ

なるほど。
そうかもしれないですね。
今度、本人に聞いてみます。

ミーシャ

本人っ?

トーヤ

なんでもないですっ!
――じゃ、病室に戻りましょう。

ミーシャ

そうねっ!

 
 
僕は病室へ戻ろうと、
建物へ入るドアへ向かって歩き出した。

でもその直後、後ろから鈍い音が響いてくる。
 
 

 
 

トーヤ

っ!?

 
 
振り向いてみると、
なんとミーシャさんが床に倒れ込んでいた。

呼吸は大きく乱れ、顔が赤く染まっている。
 
 

ミーシャ

……っ……ぁ……。

トーヤ

ミーシャさん!

 
 
僕は慌ててミーシャさんに駆け寄った。

そして彼女の体を揺すろうと触れてみると、
体温は尋常ではない熱さになっていた。

このままだと命に関わる!



――ま、まさかこの症状が、魔力熱っ!?
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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