詩穂さんと親しげな感じの彼は、
いったい誰なんだろう?
豪くんって呼ばれているけど。



――もしかして彼氏かな?

詩穂さんって気さくな感じで話しやすいし、
見た目も結構可愛いし、
男子に人気ありそうだからありえるよな。
 
 

若田 詩穂

彼は綾部(あやべ)豪くん。
私の幼馴染みだよ。

三崎 凪砂

彼氏ではないのか?
彼氏なら彼氏だって言うもんな。

綾部 豪

こんにちは、三崎くん。

三崎 凪砂

――っ!?
は、はじめましてっ!

 
 
ニコニコと微笑んでいる綾部さんに向かって
俺は慌てて頭を下げた。

色々と考えていたせいで挨拶が遅れちゃった。


すると彼は小さく吹き出し、
温かな眼差しで俺を見つめてくる。
 
 

若田 詩穂

それで豪くん、私に何か用?

綾部 豪

今日の漁で採った魚を
持ってきたんだ。
イキのいいメバルだぜ。

若田 詩穂

うわぁ~っ、春だねぇ!
じゃ、煮付けにしようかなぁ。
豪くん、あとで家に
持っていってあげるよ。

綾部 豪

サンキュ!

若田 詩穂

凪砂くんにも夕食の時に
出してあげるね。

三崎 凪砂

ありがと。

 
 
 
 
 

綾部 豪

…………。

 
 
 
 
 

三崎 凪砂

っ?

 
 
たった今、ほんの一瞬だけ、
俺に向けられていた綾部さんの目つきが
鋭くなったような……。


――気のせいかな?
 
 

若田 詩穂

豪くんは私のお父さんの船で
漁師をしているんだよ。
そういえば、船に乗るようになって
もうすぐ1年だね。

綾部 豪

そうだな。去年の4月から
大将にお世話になってるからなぁ。

三崎 凪砂

大将?

若田 詩穂

私のお父さんのことだよ。
漁師をしてるんだ。

三崎 凪砂

綾部さんは
漁師をしているんですか?

綾部 豪

まだ見習いだけどね。
将来は漁師になろうと思って
修行させてもらってるってわけ。
平日は詩穂と同じ高校に通ってる。

若田 詩穂

豪くんは私よりも学年が1つ上の
高校3年生なんだ。
もし進学なら今ごろ勉強で
忙しいんだろうけどねぇ。

綾部 豪

大将の修行は
受験勉強よりも厳しいって。

若田 詩穂

あははっ、かもねっ♪

 
 
楽しげに笑い合う2人。
お似合いのカップルかもしれないな。


――それにしても綾部さんは高校3年か。

詩穂さんがその1歳年下ってことは、
彼女と俺は同い年だったのか。
2、3歳くらい年上だと思ってたよ……。
 
 

綾部 豪

ところで三崎くん。

三崎 凪砂

はい?

綾部 豪

どうしてこの町へ?

三崎 凪砂

観光です。

綾部 豪

観光……ねぇ……。
オフシーズンなのに?

三崎 凪砂

え? えぇ……まぁ……。

 
 
深く追求されて、俺は口ごもってしまった。

笑みを浮かべて頷いてはみたけど、
きっと表情は引きつっていただろうな。



正直に話をしてもいいけど、
やっぱり気が退ける。

だって信じてもらえないだろうし、
もしかしたら妄想癖がある変なヤツだと
思われてしまうかもしれないから。
 
 

綾部 豪

何かほかに目的でも
あるんじゃないの?
だってわざわざこの町を――

 
 
 
 
 

若田 詩穂

あーっ! えっとっ!
あははははっ!

 
 
 
 
 

三崎 凪砂

っ?

 
 
急に大笑いをしながら
詩穂さんが間に入ってきた。

突然のことにビックリして、
俺も綾部さんもキョトンとして黙ってしまう。


――なんだろ、詩穂さんのこの強引な感じは?
 
 

若田 詩穂

そろそろ食堂のお仕事に
戻らなきゃ!
豪くん、持ってきてくれたお魚を
運んでもらえるかな?

綾部 豪

あ……うん……。分かった。

若田 詩穂

じゃ、凪砂くん。
またあとでねっ!

 
 
詩穂さんは綾部さんの背中を押して
部屋を出ていった。



ドアが閉まり、
部屋の中でポツンとひとり佇む俺。

途端に静けさが空間を支配し、
風の音とたまに道路を通過する車の音だけが
聞こえてくる。
 
 

三崎 凪砂

詩穂さんの様子が
なんとなくおかしかったような?
まぁ、いいけどさ……。

三崎 凪砂

さて、何をしようかなぁ。
少し近所を歩いてみようかな。
何か手がかりが
掴めるかもしれないし。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
俺は窓から上半身を外に出し、
雨戸のレール部分に両肘を載せて
体重を掛けた。
そしてボーッと景色を眺める。



遠くに見える青空と白い雲。藍色の海。
手前には木々の緑。

さらにその手前には左右方向に
広い道路があって
そこからこちらへ路地が続いてきている。


そしてその路地を歩く人影がひとつ――。
 
 

女の子

…………。

三崎 凪砂

あれ? あの子って
バス停で出会った子かな?

三崎 凪砂

おーいっ!

女の子

あ……。

 
 
俺が叫びながら手を振ると、
女の子は顔を上げてこちらに気が付いた。


――うん、あの時の女の子に間違いない。
 
 

三崎 凪砂

あなたは近所に
住んでるんですか~っ?

女の子

下に降りてきませんかぁ?
大声で話すのは恥ずかしいしぃ、
近所迷惑になりますのでぇ~!

三崎 凪砂

それもそうですね~っ!
今、そっちに行きま~すっ!

 
 
俺は窓を閉めると、
部屋のドアを施錠して階段を下りていった。
そして靴のかかとを踏んだまま、
外へと飛び出す。





俺が女の子のところに到着した時、
彼女はスカートのポケットの中を
ゴソゴソと探っていた。

やがてそこから何かを取り出して
俺の前に差し出してくる。


見てみるとそれは、
前にもらったのと同じミルク味の飴だった。
 
 

女の子

また会うたなぁ。
再会記念の飴ちゃんや、とっとき。
大サービスやでぇ?

三崎 凪砂

あ……どうも……。

三崎 凪砂

なんで飴をくれる時は
いつも関西弁なんだ?
やっぱり変な子だ……。

女の子

こちらの民宿に
お泊まりだったんですね。
でもさっき降りたバス停から
離れてますけど?

三崎 凪砂

元々この民宿を予約してたんです。
海岸を歩きたかったので
あのバス停で降りたんですよ。

女の子

海岸を歩きたい?
そのあと海へ身投げしようと
していたとか?

三崎 凪砂

飴ちゃんをもらったら
幸せすぎて、
自殺する気なんか起きませんよ。

三崎 凪砂

――と言っておけば、
納得するかな?
いや、まさかな……。

女の子

なるほどっ! 確かにっ!!
納得しましたっ!

三崎 凪砂

メチャクチャ
納得しちゃったよ……。

 
 
女の子は興奮しながら何度も頷いている。

こういう反応を見ていると、
もらった飴の中にヤバイ薬でも
入ってんじゃないかって心配になるなぁ……。


でも俺は何ともないから、
単に彼女の性格ってことなんだろうけど。
 
 

三崎 凪砂

えっと、俺は三崎凪砂。
来月から高校2年になります。

篠山 菜美

私は篠山菜美
(ささやま なみ)です。
学年は一緒みたいなので、
タメ口でいいですよ。

三崎 凪砂

そっか。
それならそうさせてもらうね。
篠山さんの家はこの奥なの?

篠山 菜美

はい。そうですよ。

三崎 凪砂

じゃ、詩穂さんとは
幼馴染みとか?

篠山 菜美

そうですけど、
今はほとんど交流がないです。
幼いころは毎日遊んでましたが。

三崎 凪砂

ケンカでもしたの?

篠山 菜美

…………。

 
 
篠山さんは悲しげな顔をして
視線を落としてしまった。
そのまま口を噤んでしまう。



――しまった! 

調子に乗ってプライベートなことに
踏み込み過ぎちゃったな……。
 
 

三崎 凪砂

ゴメン……。
今の質問は
聞かなかったことにして。

篠山 菜美

……すみませんが、
そうさせてもらいます。

篠山 菜美

ところで凪砂くんは今、暇ですか?

三崎 凪砂

暇といえば暇かな。
これから近所の散歩に
行こうかなぁとは思ってたけど。

篠山 菜美

だったら一緒に行きませんか?
私も近所を歩こうと思って
家から出てきたんです。

三崎 凪砂

それは助かるよ。
迷わずに済むからね。

篠山 菜美

では、行きましょう。

 
 
篠山さんは照れくさそうにしながら微笑した。


こうして一緒に散歩することになった
俺たちは、
まず広い道路を渡って海の方へ向かった。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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