俺が泊まる部屋は離れ家にあるらしい。
それは食堂を出て、
細い路地を挟んだ向こう側にあった。
路地の右側の奥は上り坂になっていて、
少し進むと行き止まり。
周りには何軒かの民家が建っている。
逆に左側はすぐに大通りにぶつかり、
そこを越えて百数十メートル先が海だった。
俺が泊まる部屋は離れ家にあるらしい。
それは食堂を出て、
細い路地を挟んだ向こう側にあった。
路地の右側の奥は上り坂になっていて、
少し進むと行き止まり。
周りには何軒かの民家が建っている。
逆に左側はすぐに大通りにぶつかり、
そこを越えて百数十メートル先が海だった。
詩穂さんに先導され、俺は離れ家に入った。
建物内は静まり返っていて、
俺たち以外には誰もいないっぽい。
はいっ、部屋のカギ。
玄関で詩穂さんから部屋のカギを渡された。
そこに付けられているプラスチックのタグには
油性ペンで『201』と書いてある。
部屋は階段を上がって左側ね。
トイレと浴室は1階。
空いている時、
自由に使って構わないから。
ん、分かった。
門限は22時だけど、
私に知らせてくれれば
なんとかするよ。
電話番号とメルアドを教えて。
あ、うん。
俺はポケットからスマホを取り出し、
詩穂さんと連絡先の交換をした。
すると早速、
詩穂さんがその場でスマホを操作して
メールを送ってくる。
…………。
なんかニヤニヤしながら
こっちを見てるんだけど……。
俺は訝しげに感じつつも、
メールの本文を見てみることにする。
おかえりなさい、凪砂っ!
まずは何にする? 食事? お風呂?
それとも――
た・わ・しっ?
たわしって何だよっ!?
知らないの?
汚れを落とす時に使う道具だよっ。
そういう意味じゃないって!
最後のところは
『わ・た・し』だろっ!
えぇ~っ?
凪砂くん、エッチぃ……。
そういう目で私を見てたのぉ?
っっっっっ!
お約束すぎることするの、
やめてもらえるっ?
あはははっ!
詩穂さんはお腹を抱え、
目に涙まで浮かべて大笑いしていた。
ほかに物音がしないこともあって、
玄関や廊下によく響いている。
こ、この人はぁ~っ!
でも18時を過ぎると
近所で開いてる店はないし、
周りは真っ暗だけどね。
花火とか星の観察とか
暗い方がいい場合もあるんじゃ?
ひとりで花火とか星を観るの?
夜の海岸ってオフシーズンでも
カップル多いよ?
寂しくならない?
う……。
それともそういうのを覗きに
ここへ来たとか?
違うって!
私が一緒に行ってあげよっか?
意外にいい雰囲気になって、
心を許しちゃうかも?
…………。
詩穂さん、そういうことは
冗談でも言っちゃダメだよ。
もし俺が短絡的で
ヤバイ性格だったらどうするの?
キミはそんな人じゃないよ。
なぜそんなことが分かるの?
まだ出会って間もないのに。
分かるんだよ、私には……。
はっ? だからなんで?
さぁてねっ♪
それよりも部屋に行こっ!
お茶を淹れてあげる。
ゆっくり休んで。
うわっと!
詩穂さんは不意に俺の背中を無理矢理押した。
仕方なく、俺は戸惑いつつも階段を上っていく。
結局、理由は教えてもらえないまま、
はぐらかされてしまったのだった。
ま、別にいいんだけどね……。
部屋は和室で広さは8畳。
奥の窓の向こうには海が見えた。
見晴らしは最高だ。
詩穂さんが窓を開けると、
爽やかな涼風と潮の香りが室内に入ってくる。
俺は荷物を置き、
座布団の上に座って息をついた。
ちょっと古い感じだけど、
過ごすにはいい部屋だね。
古いのは仕方ないよ。
最低限の補修はしてるけど、
立て替えはせず
基本的にはそのままだから。
こっちの離れ家は知り合いとか、
海水浴シーズンで
本館が満室になったら
臨時で使うだけだし。
普段は使ってないんだ?
まぁね。
でも私が1階に住んでるから
管理はバッチリだよ。
詩穂さん、1階に住んでるのっ!?
何かおかしい?
いや……別に……。
なんかまた冗談を言って
からかわれそうな気配が……。
夜、部屋に遊びに来てもいいよ?
一緒にゲームでもする?
それともぉ、もっと別の――
やっぱりな……。
なぁに、そのメンド臭そうな顔ぉ?
少しくらい話に乗ってくれても
いいじゃん……。
それよりも
お茶を淹れてくれるんじゃ
なかったんだっけ?
もうっ! 凪砂くんの意地悪っ!
詩穂さんは頬を膨らませつつ、
テーブルの上に用意されていた
急須などを使って
湯飲みにお茶を淹れてくれた。
普段からやっているのか、手慣れている感じ。
はい、お茶が入りましたよ。
お・きゃ・く・さ・まっ!
う……。
詩穂さんは乱暴に湯飲み茶碗を置いた。
その勢いのせいで
ちょっとだけお茶が零れてしまう。
ニコニコしつつも言葉にはトゲがあるし、
気むずかしい子だなぁ……。
俺はやれやれと肩を落としたあと、
出されたお茶をすすろうと湯飲み茶碗に
手を伸ばした。
するとその直後、
インターホンらしき電子音が鳴り響く。
おーい、詩穂ぉ~!
いるかぁ?
ん? 豪(ごう)くんかな?
詩穂さんは立ち上がり、
部屋のドアを開けて廊下に出た。
そしてそこから1階に向かって叫ぶ。
豪く~ん! こっちこっち!
上がってきて~!
分かった~っ!
そのあと、階段を上ってくる足音が聞こえて、
詩穂さんと一緒に
俺と同い年くらいの男子が部屋に入ってくる。
肌は日焼けしていてワイルドな感じだった。
見た目はちょっとチャラそうだけど、
根は真面目っぽい印象を受ける。
俺と目が合うと彼は爽やかに微笑んできた。
こんにちはっ!
いらっしゃいませ!
……どうも。
三崎凪砂くんだよ。
えっ!?
彼は俺の名前を聞いて目を丸くしていた。
そしてパチクリと激しく瞬きをしながら
こちらを眺めてくる。
――な、なんなの、この反応は?
次回へ続く!