都 大樹

いない?

僕が振り返った先には、先ほども見た小学生たちがいた。当たり前のように、数秒前と何も変わらずに。

ただ。一つ。

彼だけを除いて。

都 大樹

どうして? 事故は起こってないはずじゃ……

忘れるはずもない。
鮮明に覚えている。

彼を。赤い血の色に染まった少年を。

忘れられるはずがないだろう。

都 大樹

ねえ、ちょっと

気付けば僕は、小学生に声をかけていた。

振り返った彼らは、怪しい人でも見るかのように僕の方を振り返った。

都 大樹

……

その態度に僕は少々戸惑いを覚えた。

しかし考えてみれば、当たり前と言えば当たり前か。先ほど横断歩道で唐突に叫び出した変なお兄さんに、突然声をかけられれば無理はない。

都 大樹

い、いや、ごめんね。何でもないよ

僕のその言葉に、小学生たちは再び歩き出した。

結局僕は、彼らに何も聞けないまま大学へと向かったのだ。

都 大樹

……ていう事なんだけど、それは僕の努力のおかげとかそういうものじゃないんだよ

昼食をすでに終えていた青葉は、ノートにペンを走らせながら僕の話を聞いていた。

都 大樹

それに、あの子が本当に助かったのかも分からないんだ

青葉 桐斗

なるほど………っと!
つまり、こういう事だな

僕が話を終えると、青葉はペンの頭をカチッと押してペン先を引っ込めてから、僕の方にノートを開いて見せた。

青葉 桐斗

都がした事と言えば、車に轢かれた少年に花を供えただけ。その後は何もしていないから自分が役に立ったとも思えないし、そもそもその少年が助かったとも考えられないと

都 大樹

まあ、そういう事だよ

青葉のノートには、僕の話した事がイラスト付きできれいにまとめてあった。ほんと、こいつはどこまで真面目なのか。

青葉 桐斗

でもさ、考えてもみろよ。少なくともお前の目の前ではその子は死んでいないんだろう。だったらその子がいなかったのは、きっと事故に遭わないようにその場所とその時間が重ならなかっただけなんだよ。

都 大樹

つまり、どういう事だよ

青葉 桐斗

つまり、その子は助かる為にその場所にいなかった

都 大樹

ああ、なるほど。そんな考え方があるのか

青葉 桐斗

助かる方法は何も1つじゃないだろう?お前が守るとか、車が信号無視をしないとか。今回はたまたま少年がその場にいないことだった。ただそれだけの事だろうさ

都 大樹

そうか、そうだよな!

本当に。真面目な青葉に言われると簡単に納得してしまう。これまでの心のもやもやが嘘のように晴れていった。

青葉 桐斗

まあでも、それでも気になるって言うなら、明日の新聞でも見てみろよ。小学生が死んだなんて事件があったら大々的に載るだろうさ

最後に一言。彼はそう付け加えながらノートを静かに閉じた。

都 大樹

ありがとう青葉。お前のおかげで随分と気が楽になったよ

僕はそう言って席を立つ。

青葉 桐斗

力になれたようで何よりだ。それじゃ、午後の講義も頑張りますか!

青葉も同じように席を立つ。時計を見れば12時40分だった。あと10分もすれば午後の講義が始まる時間だ。

都 大樹

次は深層心理だっけ? 僕何気にあの先生好きなんだよなー

そんな風にカフェを後にし歩き始めた時のことだ。
前から見知った顔が歩いてきたのは。

都 大樹

やあ、お疲れ藤峰。また今度一緒にご飯でも食べないか?

何の気なしに軽く挨拶をしたつもりだった。しかし、彼の反応は予想外なものだった。

藤峰 明人

……

無言。暴言を吐くでもなく、誰だお前みたいな顔で僕を見ながら何も言わずに通り過ぎていった。

すれ違い離れていく藤峰を見ながら、僕は青葉に疑問を放った。

都 大樹

なあ青葉。僕あいつに何か気に障るような事でもしたかな?

瞬間に、僕はそのことを後悔した。理由など分からない。分かっていたら困惑などしない。

しかし青葉の返答に、その理由もすぐに分かるのだが。

断っておくが、青葉の真面目さは何も講義においてだけではない。僕の話をノートにまとめていた事からも分かるように、彼の真面目さは彼の人そのものであるのだ。

故に。彼のその返答は、藤峰の反応以上に予想外のものではあったが、決してふざけたものでも、僕をからかっていたものでもない。

彼は純粋に、心の底からこう言った。

青葉 桐斗

誰だよあいつ。都、お前俺以外にもちゃんと友達がいたんだな

僕に青葉以外に友達がいないとさらりと言ったことは気にはするし傷付きもするがさて置いて。

僕の友達である藤峰を、僕の親友であり超真面目な青葉が知らなかった事よりも。

都 大樹

あ、れ……

何より、彼が一体誰であるか、僕とどうやって知り合ったのか。その説明ができないことに、僕は気付き、戸惑ったのだ。

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