えー、今日の講義はこれまで。んじゃまあ、続きは来週な

毎日聞きすぎてもはや鳴っていることに気付かない時もあるほど聞き慣れたチャイムの音が聞こえるやいなや、教員はそう言って足早に教室を去って行った。

都 大樹

はあぁーー……

僕は僕で、講義の終了とともに机にどっぷしと体を預ける。講義内容など、これっぽっちも頭に入らなかった。

青葉 桐斗

なあおい、授業中もずっとボーっとして、どうしたんだよお前。心を奪うような素敵な女性にでも会ったのか?

と。僕の隣に座っていた真面目大学生の青葉桐斗が、先生の小ネタまできれいにまとめたノートを閉じ、興味津々といった様子で話しかけてきた。

都 大樹

そんなんじゃないよ……

青葉 桐斗

まあなんだ。昼飯でも食べながら親友の話を聞いてやろうじゃないか

力の抜けた返事を返す僕に、彼はカバンを持ちながらそう言った。

僕はその言葉に頷き、カバンを手にし昼食の場へと向かった。

青葉 桐斗

……つまり、事故が起きた後、不思議な少女に渡された花のせいで時間が戻ったと

都 大樹

不思議じゃなくて不気味な

大学内にある小洒落たカフェでランチを食べながら、僕は今朝の出来事を同じ学部でもある青葉に話した。

彼の真面目な性格の故か、僕のとても信じられないような話も、馬鹿にすることなく聞いてくれた。

青葉 桐斗

それで?
事故が起きる前に戻って、それでその事故は防げたのかよ?

都 大樹

それがさ……

今朝の出来事を思い出すたびに、僕の胸は苦しく締め付けられる。この感覚は、おそらく当分は消えることはないだろう。

都 大樹

僕の努力は、何の意味も無かったんだよ……

それでも。青葉に結末を伝えるため、そして再三自分に言い聞かせるため、僕は今朝の出来事を思い返した。

……

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都 大樹

うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!

その車を見て。
その音を聞いて。
自分は間に合わなかったと理解して。

気付けば僕は叫んでいた。

何のために戻ったのか。
何のために繰り返したのか。

これでは。
これでは……

都 大樹

これじゃあの子を2度殺しただけじゃないか

擦り切れるような音がのどを通って声になった。
けれど、その声を聞いてもただ自分がむなしくなるだけで。
僕はきっと心を壊してしまっていただろう。

あの声を聞かなければ。

おい兄ちゃん。そんな大きな声を上げて、一体どうしたんだよ?

そんな声とともに肩を叩かれ、僕は現実に引き戻された。

都 大樹

え……?

辺りを見回せば、みんなが不思議そうな顔で僕を見ていた。おじさんや、スーツを着たサラリーマンや、制服を着た中学生に高校生。しまいには僕の後ろで笑い合っていた小学生たちまで、訝しげに僕を見ていた。

さっきの車がでたらめなスピードで目の前を横切ったからって驚いて声を上げたのか?
小学生も叫ばなかったってのに、随分胆の小さい兄ちゃんだな

僕の耳には、おじさんがそう言ったようにしか見えなかった。僕の目には、おじさんが笑っているようにしか見えなかったし、事故なんて起こっているようには見えなかった。

横断歩道の信号はまだ青のままだった。

都 大樹

あれ?

事故なんて、一つも起きてはいなかった。

小学生の集団へ目を向ける。車に轢かれるどころか、こけてけがをした様子もなかった。

都 大樹

……はは

気付けば頬は緩んでいた。

都 大樹

守れた。助かったんだ!

おい兄ちゃん、ほんとに大丈夫か? 信号も変わるし、もう行っちまうぞ? 兄ちゃんも早く渡れよ!

青信号は点滅を始め、止まっていた人たちは僕から視線を外し各々の道を進んで行く。

都 大樹

よし、僕も大学に行くか。そろそろ青葉も着くことだろう

信号が赤に変わってしまう前にと、僕は急いで横断歩道を渡る。小学生たちは、渡り切った先を右に向かって歩いていた。

僕はそのまま進路を左に変えて、つまり小学生とは反対の道へ、心とともに軽くなった足を一歩前に踏み出した。

都 大樹

あいつ、真面目なのはいいけど、真面目すぎて集合時間に少しでも遅れたら後で面倒なんだよなあー

そんな風に大学への道を歩いて行く。
その一瞬前に。

僕は心のどこかに小さな違和感を抱きながら、しかしそのことはさほど気にも留めずに、ただ何の気なしに後ろを振り返った。

それが良かった。いや、それがいけなかったのか。

都 大樹

……あれ……

僕は気付いた。

都 大樹

なん、で……

知ってしまったのだ。

都 大樹

……いない?

無意識に抱いていた、その違和感の正体に。

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