奥から出てきた女の子は
俺の顔をジッと見つめていた。


――なんかずっと見られていて少し気まずい。

でもこのまま黙っているわけにもいかないので
声を掛けてみる。
 
 

三崎 凪砂

あの……えっと……
こんにちは……。

三崎 凪砂

違う~っ!
そうじゃないだろっ、俺っ!!
なんで挨拶をしてるんだ~っ?

若田 詩穂

もしかして、
泊まりの予約を入れてる
お客さんですか?

三崎 凪砂

はい、そうです。
三崎凪砂です。

若田 詩穂

あ……。

 
 
女の子の表情が大きく緩んだ。

そして柔らかな瞳で僕を見つめ、
満面の笑みを浮かべる。


ほんのり赤く染まった頬と
上目遣いで少し照れているような仕草。
ちょっと可愛いかも……。
 
 

若田 詩穂

――ようこそっ!
若田詩穂ですっ!!
すぐに部屋へご案内しますねっ!

 
 
 
 
 

若田 詩穂

おかーさーん!
食堂の方、ちょっとお願ぁ~いっ!

 
 
 
 
 
若田さんは店の奥に向かって叫んだ。

そのあと返事を待たずにこちらへ向き直り、
俺に向かって両手を差し出す。
 
 

若田 詩穂

旅行バッグ、お持ちしますっ!

三崎 凪砂

別にいいですよ。
そんなに重いものじゃないですし。

若田 詩穂

もしかして
見られちゃマズイものでも
入ってるんですかぁ?
例えば、エッチな本とかぁ?

三崎 凪砂

ふぇっ?

若田 詩穂

安心してください、
中は見ませんよっ!

 
 
そう言いながら、
若田さんは手で顔を覆うポーズを決めた。
でも指と指の隙間はしっかり空いている。

――安心できません、
それだと見ようと思えば見えちゃいますから。



バス停で知り合った女の子もそうだったけど、
この地域には変わった子が多いのかな……。
 
 

若田 詩穂

年頃の男子なら
そういうのを持っていても
不思議じゃないですっ。

若田 詩穂

そういうのに
興味がないって言われると
むしろ心配しちゃいますよ。

三崎 凪砂

あのぉ……
そもそもエッチな本なんて
入ってないんですけど。

若田 詩穂

だったら遠慮せず、
バッグをお渡しくださいっ♪

 
 
うーん、仕事の一環なんだろうけど
女の子に荷物を持たせるのは気が退けるな。

それに素直に渡してしまうのも面白くない。



ちょっと冗談でも言ってみるか……。
 
 

三崎 凪砂

いや、中にはヒョウモンダコや
イモガイが入っていて危険なので。
どっちも猛毒を持つ生物ですから。

若田 詩穂

えぇーっ!?
もしかして、
そこの海岸にいたんですかっ?
漁協の人に連絡しないとっ!

 
 
若田さんの反応は上々だ。


では、例の決めゼリフとポーズをしますかっ!

こういうのは慣れていないから、
ちょっと緊張するけど。
 
 

 
 
 
 
 

三崎 凪砂

安心してください、
冗談ですよっ!

 
 
 
 
 
俺はバッグを開けて中を見せた。
当然、そこには着替えや洗面用具などが
入っているだけ。


ドヤ顔で俺がポーズを決めていると、
若田さんは白い歯を見せて大きく頷いた。
 
 

若田 詩穂

えぇ、分かってますよ。
面白そうなので
話に乗ってみただけですから。

三崎 凪砂

っ!?

若田 詩穂

だってそんな危険生物、
知ってて素手で持つなんて
あり得ないでしょ?

若田 詩穂

それに明らかに
冗談だって分かる内容だし。
リアリティがあったら
それはそれで困るけどね。

三崎 凪砂

若田さんの方が
何枚も上手だった……。

若田 詩穂

ほらっ!
さっさと渡しなさいっ!
遠慮なんかしないのっ!

 
 
若田さんはとうとう痺れを切らし、
力ずくで強引に俺のバッグを奪おうとしてきた。

いつの間にか言葉遣いもため口になっている。



――なんだろ、この気心が知れた感じ。

別に嫌じゃないし、なぜだかホッとする。
でもここで退くわけにはいかない。
 
 

三崎 凪砂

いいんですよ、
気を遣ってくれなくて。
それに女の子に荷物を
持たせるわけにはいきませんよ。

若田 詩穂

え……。

三崎 凪砂

うわっと!

 
 
突然、若田さんがバッグを引っ張る手を離した。

不意のことだったから、
勢いで俺は後ろに倒れそうになってしまう。
なんとかバランスを取って踏み留まったけど。


若田さんは少しボーッとしたあと、
目を細めて俺を見つめてくる。
 
 

若田 詩穂

優しいね。
ちょっと嬉しいぞっ♪

三崎 凪砂

てはは……。

近所のおじさん

ぷっ! くーっくっく!

 
 
その時、食事をしていたおじさんが吹き出した。

ラフな格好をしているということは、
おそらく近所の人なんだろう。


肌は赤黒く日焼けしていて、顔のシワも深い。
腕の筋肉もたくましいから、
もしかしたら漁師さんなのかも。
 
 

近所のおじさん

詩穂ちゃんが
お淑やかに照れるなんて珍しい。
雨でも降るんじゃねぇか?

若田 詩穂

えぇっ!?

近所のおじさん

海が時化て漁に出られなくなるから
やめてくれよ?
がっはっは!

 
 
おじさんが大笑いすると、
ほかのお客さんたちもクスクスと笑い出した。

注目を浴びた若田さんは
瞬時に顔全体が真っ赤になる。
 
 

若田 詩穂

っっっ! もうっ!
食べ終わったのなら
代金を払ってさっさと帰れっ!
バカ~っ!!!

 
 
若田さんは眉を吊り上げ、
テーブルの天板をバチンと叩いた。

そして腕組みをしてそっぽを向いてしまう。


――なんか怒った顔もちょっと可愛い。
 
 

近所のおじさん

はっはっは!
んじゃ、また来るわ。

 
 
おじさんは腹を抱えながら、
お金をテーブルの上に置いて食堂を出ていった。

でも依然として若田さんは口をへの字にして
額に青筋を浮かべている。
まだまだご立腹の様子だ。
 
 

若田 詩穂

まったく、もぅっ!

 
 
若田さんは深いため息をついた。

そのあと俺の方を向き、
眉を曇らせながら申し訳なさそうに頭を下げる。
 
 

若田 詩穂

ごめんなさい。
お騒がせしてしまって。

三崎 凪砂

いえ、気にしないでください。
それにしても若田さんって
姉御って感じですね。

若田 詩穂

えっ?

三崎 凪砂

あ、すみませんっ!
調子に乗りましたっ!!
気を悪くしましたよね……。

若田 詩穂

ううん、よく言われますから。
それと私のこと、詩穂でいいです。

三崎 凪砂

俺のことも凪砂でいいです。
話し方も普段通りにしましょうか。
俺たちって年齢も近そうだし。

若田 詩穂

そうさせてもらおっかな。
じゃ、凪砂くん。
部屋に案内するね。

三崎 凪砂

うん、よろしく。

 
 
俺たちはお互いに笑い合った。

そのあと、揃って食堂を出て、
離れ家にある部屋へ向かったのだった。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第6片 明るく楽しい看板娘

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