部屋から出て行けと言われ、
僕は悲しい気持ちで一杯になった。


悔しいとか腹が立つというより、ただ悲しい。



でもシンディさんにしてみれば、
いくらラジーさんの紹介状があるとはいえ、
僕たちはヨソ者であり
邪魔者でしかないのも事実だもんね……。

施療院は治療をする場であって
宿泊施設ではないから。


だったらせめて、お役に立つくらいは――
 
 
 
 
 

カレン

あのっ!

 
 
 
 
 
僕がシンディさんに声を掛けようとした時、
わずかに早くカレンが口を開いた。

表情は凛として、瞳には意志の光が輝いている。
 
 

シンディ

まだ何か?

 
 
一方、依然としてシンディさんは
書類に目を落としたまま仕事を続けていた。

声は少し苛立っているような感じだ。
 
 

カレン

私たちで良ければ、
診察とか調薬とかのお手伝いを
させていただきたく――

シンディ

間に合ってるわ。
余計なことはしなくていいから。
私はこの雑談の時間さえ惜しいの。
早くここから出ていって。

ライカ

皆様、お出口はこちらです。

 
 
お姉さんはドアを開けて廊下を指し示した。
彼女はここに来てから終始、
物静かな雰囲気だ。


カレンは泣きそうな顔をしている。
その姿を見ていると、
僕まで胸が苦しくなってくる。

なんとか彼女の心を支えてあげたい……。
 
 

セーラ

あのぉ、最後にもうひとつだけ
お訊ねしてもいいですかぁ?

シンディ

ダメ。却下。終了。さよなら。

トーヤ

そんなに拒絶しなくても……。

セーラ

でもでもぉ、
10分はいただける約束ですよねぇ?
残り時間くらいは
いいじゃないですかぁ。

シンディ

…………。

セーラ

その沈黙は了解したと
受け取らせてもらうですぅ♪

シンディ

……やれやれ。

セーラ

さぁ、トーヤくん。
シンディさんに聞きたいことが
あるんじゃないですかぁ?

トーヤ

えっ?

セーラ

忘れちゃダメですよぉ。
何のためにサンドパークまで
やってきたんでしたっけぇ?

トーヤ

あっ! そうでしたっ!

 
 
ふぅ、危なかったぁ……。


色々と考え込んでいたせいか、
一番大事なことを聞くのをすっかり忘れていた。

セーラさんがいてくれて良かったよぉ。
 
 

トーヤ

シンディさんはギーマ老師を
ご存じですか?

シンディ

……当然でしょ。
医師や薬草師なら誰だって
名前くらいは聞いたことが
あるんじゃない?

トーヤ

僕たち、ギーマ老師から
このサンドパークへ行ってみろって
言われてやってきたんです。
何か心当たりはありませんか?

ライカ

なっ!?

シンディ

その話、本当なのっ?

トーヤ

はい。実は――

 
 
僕はここまで旅をしてきた大まかな経緯を
シンディさんに話した。

ちなみに途中で約束の10分は過ぎちゃったけど、
やめろって言われなかったから
そのまま最後まで話ができた。
 
 

シンディ

あなたたちの話が本当かどうか、
試させてもらってもいい?

トーヤ

もちろんです。

 
 
僕の返事を聞くと、
シンディさんは引き出しの中から
何かの液体が入ったビンを取り出した。

それを机の上に置いてフタを開ける。
 
 

 
 

シンディ

この薬を飲んでみて。

トーヤ

これは?

シンディ

もし嘘をつくと
脳細胞が弾けて死に至る薬。
嘘さえつかなければ
無害だから安心して。

シンディ

その薬を飲んだあとで
もう一度ギーマ老師の話を
聞かせてもらうわ。

トーヤ

分かりました。

カレン

ちょっと、トーヤ!
もし万が一のことがあったら
どうするのよっ!

トーヤ

大丈夫だよ。
嘘なんてついていないんだから。

シンディ

…………。

 
 
僕はビンを手にとって、
一気に中の液体を飲み干した。


――香りはなくて甘さだけが舌に広がる。


つまり果物などの汁というよりは、
砂糖とか甘味料の味なんだろうなと想像できる。
コレ、意外においしい。
 
 

トーヤ

では、あらためて話を――

シンディ

ふふ、あなたたちを信じるわ。
それは私が調合した栄養剤。
体に害はないから安心して。

トーヤ

ふぇっ?

セーラ

なるほどぉ、
少しでも躊躇したら
怪しんだわけですねぇ?

シンディ

そういうことよ。
ゴメンなさいね、騙しちゃって。

 
 
シンディさんは苦笑しながら頭を下げた。

その瞳はさっきまでと違って柔らかくて
なんとなく温かい。


これはどういう気持ちの変化なんだろう?
 
 

シンディ

北棟の病室に
ベッドの空きがあるわ。
あなたたち、そこを使いなさい。
地下倉庫の話は取り消し。

トーヤ

えっ?

ライカ

先生、よろしいんですかっ!?
しかも北棟だなんて!

シンディ

ライカ、案内してあげて。

ライカ

わ、分かりました。
先生がそうおっしゃるなら……。

 
 
ライカさんは狼狽えつつも小さく頷いた。


なぜあんな反応をしたのだろう?

北棟って言葉を聞いて焦っていたから、
そこに何かあるってことなんだろうな……。
 
 

シンディ

カレン――だったかしら?
あなたには同じ病室にいる患者の
診察を任せてもいいかしら?

カレン

えっ?

シンディ

無理にとは言わないけど?

カレン

いえっ、やりますっ!

シンディ

トーヤには薬を作ってもらうわ。
私が作り方を教えるから
明日の朝に調薬室へ来なさい。

トーヤ

分かりましたっ!

セーラ

あのあのぉ、
私はどうしましょう?

シンディ

基本的には自由よ。
ただ、カレンやトーヤが困った時に
協力してあげて。

セーラ

承知したのですぅ。

ライカ

では、皆さん。こちらへ。

 
 
こうして僕たちはライカさんの案内で
北棟の病室へ向かった。


それにしてもシンディさんの態度が気になる。

最初は冷たい感じだったのに、
ギーマ老師の話をしたら
春の日だまりみたいに温かくなっちゃった。



きっとそれには何か理由があるんだろうな……。

今はまだ何も手がかりがないけれど、
ここで過ごしていれば
少しずつでも分かってくるはず。



だからしばらく成り行き任せにしてみようと
僕は思った。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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