有希

……雲がゆっくり……流れてる……






授業中。
まったく身が入らない。


黒板に書かれる文字はわけもわからないし、
耳に流れ込む言葉も理解出来ない。


ただただ流れる雲から視線を外せず――
ただただ矢橋君の言葉がリフレインする。




美代

有希……大丈夫?





有希

あっうん

有希

大丈夫だよ






ぼーっとし過ぎていたからか、
隣に座っていた美代ちゃんが声を掛けてくれた。




美代

でも顔も赤いし……
トイレ?
あっそれとも保健室行く?

有希

本当に大丈夫だからっ

美代

……そっか





美代ちゃんは何度か私を見た後に、
黒板に視線を戻した。




そして私は再び、
雲がゆっくり流れる空を見た。




思い出されるのは、
今朝、私の告白と、矢橋君の、返答。
























有希

あなたです、矢橋 快さん











……………………

…………ごめん。今は付き合えない






有希

え、えっと……

有希

はい……





当然、予想していた答えの内の一つ。

だって、
イエス、ノーか、保留の三つしかないんだから。




昨日はショッピングモールで追いかけ回して。
名前を間違えて。
今日だって朝からいきなり。




おかしいってわかってても、
早く伝えたかった。



美代ちゃんからもらったアドバイスのせいにするわけじゃない。


私が考えて。
私が起こした行動。


だけど……上手く、……消化できない……。






有希

理由を、

有希

理由を伺ってもいいですか?






考えられることはたくさんある。

だけど、それでも、
矢橋君から理由を聞きたかった。



ちゃんと振られて、
ちゃんと諦めたかった。


だけど、




うん。そうしてもらえるなら、

ありがたいな






矢橋君は優しく私に微笑みかけてくれた。


私と並んで、矢橋君が歩く。


後ろには日浦君が。

突き刺さるような視線が背中にぶつかる。




僕はね、

有希

はい

僕は、昨日初めて、人に告白されたんだ

………………

有希

そうだったんです、か……






じゃあ、
その人とお付き合いすることになったから、
振られちゃったってこと……?


なら昨日、もしも名前を間違えてなかったら……!!






それで、

その人の告白も断った

有希

えっ……?






僕の近くにはいっつも、
人から告白されるやつがいてさ

その人達は、いっつも玉砕してた

それで、僕はそんな人たちを見て、
かっこいいなって、思ったんだ

有希

かっこいい、ですか?

うん。
だから僕も、そんな人達に……なんというか、憧れたんだ

心から好きになった人に、心から思いを伝える
そんな人になりたいなって






…………

でも僕はこれから先、
どんな人を好きになるかわからない

その人が明るい人なのか、暗い人なのか、
性別だって









前を向いて、
明るいトーンで話を続けていた矢橋さんが、
私の目を強く見つめて、


不安が見え隠れする笑顔で。




だから春野さん、友達からじゃダメかな?

有希

っ!!!

有希

大丈夫です!!
すっごく嬉しいです!!!

そっか、よかった……





ほっと、一呼吸つけた矢橋君。

その息に、何が込められているかは、
私にはわからない。




有希

あ、改めまして、
これからよろしくお願いします!

こちらこそ






それからの通学路は、

名前を間違えて告白してしまったことや、

矢橋さんの後を付けて家を特定しまったことなどを話した。


矢橋さんは驚いていたようだったけど、
笑いながら、「凄いね」って、言ってくれた。



私は……
本当に嬉しかった。


嬉しく、思ってしまった。



















有希

友達……

有希

悪くない、結果だよね……?





やっとのこさ雲から目をそらし、


隣を見ると、




美代

っ!

美代

後でノート見せてあげるからね






美代ちゃんと、目が合った。


ずっと心配して、見てくれてたのかな……。

有希

ありがとうっ!





後で、アドバイスをくれたお礼も一緒にしなくちゃ。



後ろに座る矢橋君をチラッとみて。
真面目にノートをとるその姿をみて。

私も頑張らなくちゃと、



前を、向いた。




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