バス停に降り立つと、
今まで乗ってきたバスは
排気ガスの臭いとエンジン音を残して
その場から走り去った。



周りを見回してみても人の姿はない。

商店らしきものはなく、民家もまばら。
バス停の待合小屋だけがポツンと浮いて見える。
 
 

三崎 凪砂

意外に寒いな……。

 
 
 

 
 
風は途切れることなく吹いていて、
波の音もハッキリと聞こえてくる。


東京では春の陽気でポカポカしていたのに、
強い海風のせいで
ここは季節が少し逆戻りしたような感じだった。

一応、東京よりも南なんだけどなぁ……。



俺は背中を丸めつつ、
道路を横切って砂浜へと歩いていく。
ただ、歩き慣れていないから足を取られるし、
靴に砂が入って気持ちが悪い。


――いっそ裸足になっちゃおうかな。
 
 

三崎 凪砂

あっ! そういえば――

 
 
裸足で歩くといえば、
以前に見た夢の中にも出てきたっけ……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

三崎 凪砂

痛っつぅ。
切れて血が出てきちゃった。

女の子

またハダシで歩いたんでしょ?
海からはなれた場所は、
貝がらとかビンのはへんがあるから
あぶないんだよぉ?

三崎 凪砂

でもハダシの方が
足のウラが気持ちいいんだよ。

女の子

おじさんとおばさんに
ハダシで歩いたらダメって
何度もおこられてるのにぃ。

三崎 凪砂

う……それは……。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――そうだ、裸足で歩くのは危ないんだっけ。

夢の中に出てきた女の子のおかげで
怪我をしなくて済んだかもしれない。



確かに砂浜をよく見てみると、
砂に混じってお菓子の袋や花火の燃えカス、
ペットボトル、タバコの吸い殻といった
ゴミが目立つ。
 
 

三崎 凪砂

やっぱりビーチサンダルくらいは
履いていないとダメだな。

 
 
俺は大きく息をつき、
そのまま我慢して砂浜を歩いていくことにした。


それからしばらく経つと、
周囲は見覚えのある景色に近付いていく。

見覚えがあると言っても
夢の中での話だけど……。
 
 

三崎 凪砂

なんか懐かしい感じがする。
やっぱりここには何かある……。

 
 
一歩一歩、砂浜を踏みしめるたびに
その想いは確信に変わっていくような気がした。

特に根拠はないけど、本能がそう感じている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

三崎 凪砂

靴が濡れないように
気をつけないとな。

 
 
俺は波打ち際を歩いていった。

波で濡れた部分は乾いた砂の部分より
いくらか歩きやすいから。


ただ、油断していると大きな波が来た時に
靴や靴下がびしょ濡れになってしまう。

いくら反射神経が良くても、
意外に打ち寄せる波のスピードって速いから
避けきれないことがあるんだよな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
やがて俺は海岸のとある地点で足を止めた。

そこから見えたのは、
まさに夢に出てきた景色そのもの――。
 
 

三崎 凪砂

あれ……?

 
 
なんか頬が冷たいと思っていたら、
勝手に涙が流れ出していた。
理由は分からない。

俺は戸惑いながらも手の甲で目の周りを拭い、
再び景色を眺める。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
――今度は全身が震えた。

ずっと景色を眺めていたいのに、
ここにいるのが切なく感じる……。


その相反する想いが
胸の中でぶつかり合って息苦しい。
頭もズキズキと激しく痛み始める。
 
 

三崎 凪砂

なんだ……この感覚……。

三崎 凪砂

っ! うっぷ!

 
 
猛烈な吐き気がして、咄嗟に手で口を押さえた。

ここにいちゃいけない。
本能がそう警鐘を鳴らしているかのようだ。
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
視界に映る世界がグルグルと回る中、
俺は這々の体でその場から離れた。

そして砂浜を出たところで
ようやく気分が落ち着いてくる。
 
 

三崎 凪砂

う……ぁ……。

 
 
――まだ少し頭が痛い。

とりあえず今日はもう宿へ行って休もう。


そう思った俺は、
周りの家の住所表示を見て現在地を確認した。



すると砂浜を歩いているうちに、
父さんの知り合いが経営しているという
民宿のそばまで来ていたことが判明する。

つまり停留所3つ分くらい歩いたというわけだ。



そこから徒歩5分くらいで俺は民宿に着いた。

店の前には『宿とお食事・わかた』という
看板が出ている。ここで間違いない。
 
 

三崎 凪砂

事前に連絡していた時間より
少し早く来ちゃったけど、
大丈夫だよな……。

 
 
不安を抱えつつも、俺は店の引き戸を開けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
その場に入店を知らせる電子音が鳴り響いた。
店内に入って見回してみると、
食事をするお客さんの姿が結構ある。


――そっか、分かったぞ。

この店はバスも通る広い道に面しているし、
大きな駐車場もある。
でも周りには食堂がほとんどない。

だから車やバイク、
トラックなんかのドライバーさんが
ここで食事をすることが多いんだ……。
 
 

若田 詩穂

いらっしゃいませぇ~っ!
お好きな席へどうぞ~っ!

 
 
元気な声を響かせながら、
女の子が店の奥から出てきた。

見た感じ、年齢は俺と同じくらいかな?
 
 

若田 詩穂

あれ……?

 
 
女の子は俺を見るなり目を丸くしていた。

見慣れない客だし、
車を運転してやってきた客にも見えないから
なぜここへ来たのか訝しげに感じているのかも。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第5片 初めて見る、思い出の景色

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