それからしばらくして
バス停の前にバスが止まった。

でもお客さんを乗せる準備ができていないのか、
前扉は開かないまま。
ただ、なぜか中扉は開けられている。
 
 

三崎 凪砂

もしかして運転手さん、
トイレにでも行くのかな?

 
 
うちの近所の駅でも、
運転手さんがバスの中扉を開けて
トイレに向かう姿を何度か見たことがある。

終点に着いてから発車するまでの時間しか
トイレに行く時間がないもんなぁ。


俺は置き去りにされないよう、
前扉の前まで歩いていって待つことにする。



一方、ベンチに座っていた女の子も
読んでいた文庫本をカバンにしまって
立ち上がった。

そしておもむろに俺の方に歩み寄ってきて、
ポカンとしながら見つめてくる。
 
 

女の子

何をしてるんですか?
バスに乗らないんですか?
このバス、野江岬行きですよ。

三崎 凪砂

えぇ、乗りますよ。
でもまだドアが
開かないみたいですね。

女の子

そっちは降りる時に使う
ドアですよ?
乗る時は真ん中か後ろのドアに
決まってるじゃないですか。

三崎 凪砂

は?

三崎 凪砂

この子、
また変な冗談を言ってるよ……。
乗る時は前扉に
決まってるじゃないか。

女の子

それとも私を笑わすための
ボケですか?
そういうの、
ノーサンキューですけど。

女の子

乗り遅れても知りませんよ?

 
 
女の子はそう言うと、
開いている中扉からバスへ乗ってしまった。


なんだ、彼女も同じバスに乗るのか――
っていうか、そっちから乗ったらマズイだろ!
運転手さんに怒られちゃうぞっ!?

――と思いながら眺めていると、
あとからやってきたおばあさんたちも
同じように中扉からバスに乗った。
 
 

三崎 凪砂

んんっ!?

 
 
戸惑いながらバスの車体をよく見てみると、
前扉の横に『出口』と
書かれていることに気がついた。

まさかと思って中扉の方も確認してみると、
そちらには『入口』と書かれている。


どうやら本当に中扉から乗るらしい……。
 
 

三崎 凪砂

マジだったのか……。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いつもと違う乗り方に違和感を覚えつつも、
俺は中扉からバスに乗った。

ちなみに彼女は中扉の正面の席に座っている。
 
 

三崎 凪砂

えーっと、運賃はどうするんだ?

 
 
財布を取り出したものの、
中扉の横には運賃箱がない。
その代わり、謎の機械が設置されている。

まごまごしていると俺の戸惑いを察したらしく、
女の子が話しかけてきた。
 
 

女の子

運賃は降りる時に払うんですよ。
まずは整理券を取ってください。

三崎 凪砂

整理券?

女の子

ほら、ドアの横に
機械がありますよね?
そこから紙片が出ているでしょう。

三崎 凪砂

――あ、これかっ!

 
 
ドア横にある謎の機械を見てみると、
『整理券』と書かれた場所から
紙片の端が出ていた。

引っ張ってそれを取ってみると、
そこには数字が印刷されている。
 
 

女の子

降りる時に運賃表と
印字されている番号を
照らし合わせるんです。
その運賃を払って降りるんですよ。

 
 
女の子は車内の前方を指差した。

そちらを見てみると、
フロントガラスの上の方に運賃表が
設置されている。


――なるほど、そういうシステムなのか。
 
 

三崎 凪砂

複雑なんですね。
俺の住んでいた地域では、
乗る時に決まった運賃を払って
おしまいなのに。

女の子

えっ? それじゃ、
1区間しか乗らない時と
終点まで乗った時って
運賃が同じなんですか?

三崎 凪砂

そうですよ、基本的には。

女の子

……なんか不公平ですね。

女の子

そんなの……人生みたいに
不公平ですよ……。

 
 
なぜか女の子は暗い顔をして、
唇を噛みしめていた。

彼女は今まであまり表情を変えなかったから、
その変化にすごくインパクトがある気がする。
 
 

三崎 凪砂

人生みたいに不公平……か……。

 
 
――確かにそれはそうなのかもしれない。

人間は生まれた時は平等なんて聞くけど、
実際にはそうじゃないもんな。


生まれた国や家庭環境なんかで、
むしろ最初から差がついてしまっている。
そして成長する過程で
その差は大きくなる一方だ。



彼女もそんな世の中の不条理に
何か思うところがあるんだろうな……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
その後、バスは時刻表通りに駅を出発した。

俺は中扉のすぐ後ろ――
つまり女の子の斜め後ろの席に座っている。


ちなみに彼女は相変わらず、
静かに文庫本を読んでいるみたい。

俺は何か夢の手がかりになる景色がないかと、
窓から外へ注意を払う。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
バスは市街地を抜けたあと、
小高い丘に沿って進んでいった。

そこを抜けると今度は海沿いの道に出て、
目の前の空が大きく広がる。



澄んだ空の青がすごく映えているなぁ。

また、開いた窓から涼しい海風が入ってきて
潮の香りが一気に鼻の中で膨らむ。
 
 

三崎 凪砂

うーん、心地いい風……。

 
 
俺は空気を肌で感じながら
海と砂浜、打ち寄せる穏やかな波を眺めていた。

それからしばらくした時のことだった。
 
 
 
 
 
 
 
 

三崎 凪砂

ッ!? この景色っ!

 
 
 
 
 
心が大きく揺れ動かされた。

なんとなく見覚えがあるような
海岸線が見えてきたからだ。


道路に立てられている標識を確認すると、
この辺はすでに
富須磨海岸に入っているらしかった。
 
 

三崎 凪砂

――ついに来たんだ、俺はっ!

 
 
夢の中で見たのは、
もう少し先だったような感じがする。

それでも興奮を抑えきれなかった俺は
降車ボタンを押して
次のバス停で降りることにした。


見落としがあったら嫌だし、
歩いていて何か思い出すかもしれないから。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
程なくバスはバス停で止まった。

俺は降りようと座席から立ち上がって
前扉に歩いていこうとする。
 
 

女の子

またね。

 
 
女の子は俺が横を通り過ぎようとした時に
声を掛けてきた。

その時の彼女は穏やかに微笑んでいた。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第4片 人生みたいに不公平ですよ……

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