矢形市へ向かって出発する日になり、
俺は東京駅から特急電車に乗った。

でもまずそれに苦労してしまったわけで……。


というのも、
矢形市の最寄り駅の名前は分かっていたけど、
駅の券売機の上にある案内図に
その駅が乗っていなかったのだ。

駅員さんに聞いたら、
長距離や特急などの切符は
窓口で買わなければならないとのことだった。


俺はそういうことを初めて知った。
普段は近所や都区内ぐらいにしか行かないし、
IC乗車券1枚で全て済むからなぁ……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

間もなく矢形市です。
お降りのお客さまは
お忘れ物をなさいませんよう
ご注意ください。

三崎 凪砂

やっと着いたか。
意外に時間がかかったなぁ……。

 
 
色々とあったけど、
もうすぐ目的の矢形市駅へ到着する。

――いよいよだっ!


途中の車窓では何度か海が見えて、
すでに少しテンションが上がっている状態。
この感じって、子どものころに行った
遠足の時と似ているかもしれない……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
自宅を出て数時間、俺は矢形市駅へ到着した。

駅前に出るとそこには広いロータリーがあって
開放的な空間となっている。
ただ、人の数は少ないから、
そのせいで余計に寂しく感じるような気もする。


うちの近所にある駅はゴチャゴチャしていて
人もたくさん歩いているからね。
 
 

三崎 凪砂

さて……と……。
ここから路線バスに乗るんだよな。
乗り場はどこかな?

 
 
俺は左右を見回した。

周りには観光バスやタクシー、
自家用車などは止まっているけど
路線バスの姿は見えない。

でもこの駅からバスが出ているのは
確かなはずなので、
付近を歩いて探すことにした。



すると程なく、
ロータリーの隅の方に設置されている
いくつかのバス停を発見する。

それを順番に見ていって、
富須磨海岸へ行くバスを探す。
 
 

三崎 凪砂

……あれ?
富須磨海岸に行くバスって
どれなんだ?

 
 
全てのバス停を確認し終えたのだが、
そこにあるどの路線図にも富須磨海岸という
バス停名は書いてなかった。

どうやら主要なバス停しか載ってないらしい。



しかも時刻表を見てさらに驚いた。

バスが数時間に1本しか走っていないのだ。
うちの近所なら1時間に5本くらいはあるのに。
 
 

三崎 凪砂

もし乗り遅れたら
大変なことになるぞ……。

 
 
俺は思わずゾッとした。

周りにはファミレスやゲーセンといった
時間を潰せる場所がない。
つまりベンチにボケーっと座って
待たなければならなくなる。

歩き回るのはメンドくさいし……。
 
 

女の子

…………。

三崎 凪砂

あっ!

 
 
その時、俺はバス停のベンチに座る
女の子が目に入った。
見た感じ、年齢は俺と同じくらいっぽい。

今は熱心に文庫本を読んでいる。
 
 

三崎 凪砂

あの子に聞いてみるか。

 
 
俺はその女の子に近寄り、声を掛けた。
 
 

三崎 凪砂

あの、すみません。

女の子

はい?

 
 
女の子は顔を上げ、俺を見た。


――結構可愛いかもしれない。

目鼻立ちは整っていて、雰囲気もお淑やかそう。
スタイルだって悪くない。
 
 

三崎 凪砂

なんか顔が熱いし、
胸がドキドキしてくる。

女の子

何かご用ですか?

三崎 凪砂

あっ! えっと、その、
富須磨海岸へ行きたいんですけど、
乗り場と行き先が分からなくてっ!

女の子

それなら1番乗り場の
野江(のえ)岬行きですよ。

三崎 凪砂

ありがとうございます。

女の子

観光ですか?

三崎 凪砂

えぇ、まぁ……。

女の子

珍しいですね。
海水浴のシーズンでもないのに。
あそこには海しかありませんよ?

三崎 凪砂

え……えぇ……。

女の子

海に向かって
バカヤローって叫びにきたとか?
それとも密漁ですか?

三崎 凪砂

はい?

 
 
俺は目が点になった。


――この子は何を言っているのだろう?

ギャグなのかと思ったけど、
表情を見る限りそうじゃないみたい。



こういう場合はどう反応するのが正解なのか?
いや、そもそも彼女のこの問いかけに
正解なんてあるのか……?


当惑している俺をよそに、
彼女は勝手に納得したような顔をして
ポンと手を打つ。
 
 

女の子

そっか、分かった。
恋に破れて
海に身投げしたくなったんだ。

三崎 凪砂

あ……いや……。

女の子

そんなんやめぇや。
飴ちゃんあげるさかい
自暴自棄になったらあかんでぇ。

 
 
あくまでも冷静な――というか、
棒読みっぽい感じで女の子は言った。

そして持っていたカバンの中を手で探り出す。
 
 

三崎 凪砂

な、なんで関西弁!?
しかもエセっぽいし。
……へ、変な子だなぁ。

女の子

ほい、飴ちゃん。

三崎 凪砂

ありがとうございます……。

 
 
雰囲気的に受け取り拒否というわけにもいかず、
俺は彼女がカバンから取り出した飴を
素直に受け取った。

売られているままの包装がされているから
毒とか変なものは入っていないだろうけど……。


俺はそれを開けて口に入れる。
 
 

三崎 凪砂

あ……この飴、
俺の好きなミルク味だ。

女の子

バスが来るまで
あと10分くらいありますよ。
ベンチに座って待ったらどうです?

三崎 凪砂

そうですね。

 
 
俺は言われるまま、
ベンチに座ってパスを待つことにした。

一方、彼女は文庫本を読むのを再開させる。



横目でチラチラと様子をうかがってみるけど、
すでに本の方へ集中していて
こちらを気にしてはいないようだ。

傍目には可愛い子なんだけどなぁ……。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第3片 少し変わった女の子

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