物心ついた頃から、何にも興味が持てなかった。

 この世界で最も重要な物は何だ?

 金? 健康? 権力? それとも女? 下らない。何もかもを手に入れたとして、その時残った人間には果たしていかなる欲望が生まれるものなのか。

 いや……違うね。

 これは恐らく――そういう問題ではない。

 こうして言ってしまうと、あたかも僕が全てを手に入れてしまったが故に全てに興味を持てないかのように聞こえるが、きっとつまる所、そんな理由など後付に過ぎなく――




――僕は徹頭徹尾、生まれつきただ、そういう人間だっただけなのだろう。

 今日も今日とて、さして面白く無い学校生活を送る。

 特に努力などした事無いけど、昔から勉強も運動も出来た。コネについても所詮僕は作られる側であり、学校なんて行く意味もないが、行かない意味もなかったので今も僕はここにいる。

 まぁ、今は幸運にも笹宮さんと言う精神的支柱がいるので、学校生活にもはりが出てるんだけど。

七篠 明雲

今の所、GEMに目立った動向はありません。オリクト本家も静かなものです。

神城 鋭

そうか……

七篠 明雲

イリス様から報告を受けていないのでしょうか?

神城 鋭

イリスが報告しない可能性はあるが、あの雌犬が報告しない可能性はまず無いだろうな。

 あの雌犬の雇い主は、GEMの代表でありイリスの祖父でもあるクロノ・オリクトだ。雌犬には報告義務がある。
 鳩尾にけっこういいのを入れてやったが、トドメは刺していないし寝込んで報告出来ないとも思えない。あいつはできの悪いSFのアンドロイドみたいな女なのである。ましてや、あれから三日も経っている。回復していない可能性はまずない。

 色々想定はできるが、その辺りはすでに七篠達が考えているだろう。僕は面倒になったので考えるのをやめた。

神城 鋭

そうだな……二人まとめてぼこぼこにしてやったのが良かったのかもしれないな

七篠 明雲

さ、左様でございますか……

 んなわけねーだろ、という言外のつっこみをひしひしと感じさせつつも、七篠は何も言わなかった。

 雄弁は銀沈黙は金を知り尽くしている男である。この状況に応じた巧みなコミュニケーションこそがこの男の力なのだ。

 GEMCorporation
 全面戦争するなら逃げるわけにはいかないが、平和主義な神城グループとしては避けたい所ではある。戦争なんて不毛だ。ラブアンドピース、ラブアンドササミヤ。

神城 鋭

まぁいい。注意はしとけよ。
オリクトの会長は孫馬鹿だから、敵に回すと面倒くさい

七篠 明雲

承知しました

神城 鋭

あと、以前頼んでいた例の件を忘れるな?

七篠 明雲

……承知致しました。見込みは経ちましたので近い内にお届け出来るかと

 さすが、本当に手の早い男だ。
 七篠家は代々、執事業を営んでいる家系である。奴の手の速さはそれに由来するのかもしれない。

 僕は教室の時計を確認しながら、称賛の言葉を出した。

神城 鋭

やるじゃないか……似てなかったら吊るすから

七篠 明雲

……はい。肝に銘じておきます

神城 鋭

じゃーまた何かあったら報告してくれ

七篠 明雲

はっ

 電話を切り、背伸びをする。
 防弾の強化ガラスが嵌めこまれた窓からは朱色の光が差し込み、きらきらと机の表面に反射している。
 日の短さがそろそろ冬の到来を予感させた。

 後十日もすれば冬季休暇に入るだろう。そうなれば学校で笹宮さんと会うこともなくなる。

神城 鋭

んー、冬休み中ずっと笹宮さん家に泊まるのはまずいかなあ……

 僕もなかなかどうして暇じゃないし、そもそもそれで笹宮さんに影響を及ぼすわけにもいかない。
 迷惑を掛けるのは本意ではない、その辺り常識はあると自負している。

 別に笹宮さんの漫画が気になっているわけではないが、彼女はその存在自体が国の宝みたいなものなのだ。

 マンションの同フロアを全て抑えるという方法もあるが……んー。

雪柳 空

神城さん、すいません。期末のパーティの件なんですが……

 笹宮さんには欲がない。三大欲求を全て廃し創作欲につぎ込んだような人なのだ。欲がない相手にはあらゆる手が通じない。

神城 鋭

……ん? まてよ……

 と思われる。思われていた。思っていた。が、だ。

 果たしてそのような人間がいるだろうか? 人を半分くらい飛び越えている僕でさえまぁ何というか欲求みたいなものがあるというのに。

 漫画のためならば蛆でもゴキブリでもマフィアにでも立ち向かう笹宮さんにもきっと弱点のようなものがあるのではないだろうか。

 笹宮マイスターとしてまだ知らない笹宮さんが居るのではないだろうか?

雪柳 空

……

 こちらを向いて黙っている雪柳の方に視線を向ける。別に言ったことが聞こえなかったわけではないが、期末パーティなんて今はどうでもいい。

神城 鋭

なぁ、雪柳お前さ。何か欲しいものとかある?

雪柳 空

……

雪柳 空

え!?

 まぁ笹宮さんも一応肉体的には人間だし、性別的には女だし、きっと雪柳の意見が参考になる可能性もねえな。

 冷蔵庫くんも心構えだけは高く評価するけど、中身つまんなかったし。

雪柳 空

な……なな……なんですか、いきなり!?

 頬を染めてあたふたする雪柳を眺めていると熱が引いていくのを感じる。
 昔は全てが等価で無価値に見えていた。今は笹宮さんだけが価値ある存在に見えるが、そのせいでその他大勢が本当にその他大勢に見えてならない。
 漫画のモブキャラみたいなものだ。名前が出ているだけまだマシだけど。

 特に、雪柳空というのは神城グループの一員として教育が施されている。
 幼少期から僕を知る数少ない人物だし、彼女の僕への好意レベルはかなり高い。
 そもそも、遺伝子的に優れる僕は異性に好かれる性質があるのだが……まぁ、そんな事はどうでもいいか。

神城 鋭

良いからさっさと言えよ。もし何かプレゼントを貰えるなら何がいい?

雪柳 空

え……あ……う……

 雪柳はしばらく口ごもり、忙しなくあちこちに視線を向けていたが、やがてこちらを上目遣いで見た。

雪柳 空

神城さんから貰えるなら……何でも嬉しい、です


 そういう事聞いてんじゃねーんだよッ、この屑がッ!

神城 鋭

こういうのをチョロインって言うんだよ……いや、ヒロインじゃないからちょろモブか……

 モブなのにチョロいとか話にならん。どこの需要を狙っているんだよ。

 そんな内心も知らず、ただこちらを見上げる雪柳。こいつに期待したのが間違いか。
 壁は高ければ高い程乗り越えた際の成長がある。

雪柳 空

……

神城 鋭

よし、取り敢えず笹宮さんの所に行くか…… 

 雪柳の視線を無視し、立ち上がると鞄を掴む。
 期末パーティについては放っておけばこいつが全てやってくれるだろう。

 僕には僕だけしか出来ない事があった。

 これは正当な取引の物語だ。

 笹宮さんは僕に希望を与え、僕は笹宮さんにその他全てを提供する。

 彼女の生み出す物語は何よりも美しく、僕の提供する現実を打ち砕くに違いない。

美少女天才ストーリーテラー笹宮さんと

僕の

愉快で退屈な日々

pagetop