ニニギとサクヤヒメの息子、ホデリ、ホスセリ、ホオリはすくすくと育ち、やがて大人になった。

長男のホデリは釣りが得意だったので、周りからは海幸彦と呼ばれ、末のホオリは狩りが得意だったので、山幸彦と呼ばれていた。ちなみに次男のホスセリについては一切情報が無いので出番はここまでだ。

ある日、山幸彦は、兄の釣り道具を羨ましそうに見ながら言った。

山幸彦

なぁ、なぁ、兄貴ぃ ・ ・ ・ 僕も、釣りがしてみたいんだけど ・ ・ ・ ・ ・ ・ その道具、貸してくんない?

海幸彦

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ やだ。


実はこのお願いをするのは初めてじゃない。これで4度目だ。

狩りが得意すぎて、いつの間にか山幸彦と呼ばれるようになっていたホオリだったが、彼は海が好きだった。

ホオリ

えぇーいいじゃないか。貸してくれよ。

海幸彦

嫌だよ。俺の大切な道具だもの。

ホオリ

なぁーー兄貴ぃーいいじゃんかぁー、ケチぃ!今日だけだから!な??なっっっ???

海幸彦

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


何度断ってもしつこい弟に、海幸彦も呆れ気味だ。

山幸彦

お願いっっ!!!


山幸彦はパチンッと祈るように手を合わせた。

海幸彦

はぁ ・ ・ ・ ・ ・ ・ わかったよ。今日だけだからな。じゃあ、俺は狩りに行くよ。お前の道具、貸しな。

山幸彦

よっしゃ!!さんきゅ!兄貴!!


こうして、やっとの思いで道具を貸してもらい、人生初の釣りに張り切って出かけた山幸彦だったが、魚は一向に釣れなかった。

ホオリ

はぁ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ もう、夕方か。ちぇ。やっぱ、人の道具じゃダメなんだなぁ ・ ・ ・ ・ ・ ・ そろそろ帰らないと ・ ・ ・


と諦めかけたその時、ぐいっと釣竿が引っ張られる感覚がした。

ホオリ

おぉっ!!なんか引っかかって ・ ・ ・ ・ ・ ・ あれ??魚?魚じゃね???

山幸彦

んぐぅぅぅ ・ ・ ・ こりゃ大物 ・ ・ ・ ・ ・ ・ うりゃっっっっ!!


山幸彦は、このチャンスを逃すまいと、思いっきり竿を引っ張った。

すると・・・

大きな音を立てて、糸が切れてしまった。

ホオリ

え ・ ・ ・ えっ!?や ・ ・ ・ やばい ・ ・ ・ ・ ・ ・ 針!針が無い!!!岩に引っかかったのか??? ・ ・ ・ うわあぁぁぁぁ ・ ・ ・ どうしよう ・ ・ ・ 兄貴に怒られる ・ ・ ・ ・ ・ ・


サァッと血の気が引いた山幸彦の後ろから、彼を呼ぶ声が聞こえた。

海幸彦

おーーーい!!山幸彦、調子はどうだーー??

海幸彦だ。

海幸彦

俺の方は全然ダメだったよ。つーか、お前もぜんぜん釣れて無いじゃんか。やっぱ、山は山幸、海は海幸ってコトなんだろ??ほら、さっさと俺の針返しな。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ って、山幸彦?

山幸彦

あ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 兄貴 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 悪ぃ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

海幸彦

・ ・ ・ ・ ・ ・ !!!!!


案の定、山幸彦はこっぴどく怒られた。

謝って謝って謝り倒しても許してもらえなかったので、自分の十拳の剣(とつかのつるぎ)をつぶして500本もの針を作って詫びた。それでも許してもらえなかったので、さらに1000本の針を作って詫びた。しかしそれでも海幸彦は『あの針じゃなくちゃダメなんだ。』と言って、弟を許さなかった。

山幸彦は打つ手がなくなり、海を眺めながら深いため息をついた。確かに針を失くした自分が悪いけど、ここまでくると海幸彦も大人気ない。

ホオリ

この海のどこかに ・ ・ ・ ・ ・ ・ いやぁ ・ ・ ・ 無理だよなぁ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ぐすっっ。


自分ではどうにもできない状況に涙が流れてきた。山幸彦がしばらく泣いていると、誰かに後ろから声を掛けられた。

シオツチ

どうかなさいましたか?


相当、負のオーラが出ていたのだろう。

シオツチ

たまたま通り掛かったところ、ドンヨリした背中が見えたから ・ ・ ・

と言って、シオツチという潮汐の神が親切にも事情を聞いてきた。

山幸彦は事の経緯を話した。

シオツチ

そうでしたか ・ ・ ・ 。であればワシでもお役に立てましょう。ワシが竹籠を隙間無く編み込み、潜水艦をつくります。あなたはそこに入るのです。

山幸彦

え?それで、どうすればいいんだ?

シオツチ

ワシがその籠を潮に流します。朝になる頃には、ワダツミ様の宮殿に着くでしょう。

ホオリ

ワダツミ?イザナギとイザナミが産んだ海の神じゃないか ・ ・ ・ それなら助けてくれそう。

シオツチ

おそらく。しかし、アポ無しですからね。宮殿の外に桂の木があります。そこから、泉が見えるので、まずは様子をうかがってください。ワダツミ様の娘がいるので、彼女に話を通してもらうと良いでしょう。

山幸彦

わかった。ありがとう!!


山幸彦は、シオツチが作ってくれた竹の籠に乗り、ワダツミの宮殿に向かうことにした。籠を海に流すとシオツチは、スゥっと消えてしまった。

それから長い時間、波に揺られ、いつの間にか寝入ってしまった山幸彦がふいに目を覚ますと、目の前にはウロコのように家が何層にも重なっている美しい海底都市が広がっていた。

その中心にある、ひときわ大きな宮殿がワダツミの宮殿だろう。塀の横にはシオツチに教えてもらった通り、桂の木が植えてある。

山幸彦がその桂の木に登ると、泉が見えた。塀の奥には部屋があり、自分では絶対チョイスしないような可愛らしいすだれが下がっている。きっとワダツミの娘の部屋だ。しばらく様子をうかがっていると侍女が水を汲みに来た。

ホオリ

・ ・ ・ 侍女の子か。ワダツミの娘さんと話したいんだけどな。


山幸彦が身を乗り出すと、急に泉が光り出し、侍女は驚いて桂の木を見上げた。

侍女

っっっ誰!?

ホオリ

やばっ!見つかった ・ ・ ・

山幸彦

いや ・ ・ ・ えっと ・ ・ ・ ・ ・ ・ 別に怪しい者じゃなくて ・ ・ ・ なんか、のどが湧いちゃったんだよね。お水もらえない?


山幸彦は、慌てて意味の分からない、いい訳をついた。

侍女

・ ・ ・ ・ ・ ・ えぇ ・ ・ ・ どうぞ ・ ・ ・ ・ ・ ・


侍女は怪しいと思いながらも、タイプだったので、ついつい水甕を渡してしまう。

山幸彦

どうも。


山幸彦は、笑顔で侍女から水の入った甕を受け取ると、自分の首にかけていた玉を口に含み、ポトンとその甕の中に落とした。

山幸彦

こんな手品くらいしかできないけど。普通の人じゃない誰かが来た事だけ分かれば十分だろ。

山幸彦

はい、ありがと。


山幸彦は玉を落とすと、水も飲まずに甕を返した。

侍女

・ ・ ・ ・ ・ ・ ??


侍女は訝しげな顔をした。

侍女

なぜ水を飲まない?ていうかさっき、口から出した玉 ・ ・ ・ 何???
この水、姫さまのところに持って行かなきゃいけないんだけど ・ ・ ・ 汲み変えたら失礼だよな ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。


侍女は迷い、彼が落とした玉を取ろうとした。しかし、その玉は甕の底にしっかりとくっついていて取れない。

不思議に思って山幸彦を見ると、彼はドヤ顔でこちらを見ていた。

山幸彦

・ ・ ・ ・ ・ ・

侍女

えぇー!?めっちゃ得意そうにコッチ見てるんですけどっ!!何がしたいの?この人っ!?


侍女は自分だけでは対処しきれないと思い、部屋に戻ってワダツミの娘にその甕を渡した。

侍女

うわーん。姫さまどうしよう。この甕見てくださいっ!!

トヨタマヒメ

え??何この玉。外に人でもいるの??

侍女

そうなんです。なんか、変な人が桂の木の上からこっち見てて・・・イケ様なんですけど、水くれって言ったくせに、水飲まなかったり、玉を口に入れて出して甕に落としたと思ったら、ドヤ顔されて。しかも、コレ取れないし。もー意味わかんなくて!!

トヨタマヒメ

口から出した玉が取れない変なイケ様??? ・ ・ ・ 確かにこの玉、底にくっついちゃってるけど ・ ・ ・ 全然、目的がわからない ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ と ・ ・ ・ とりあえず、私が見に行ってくるわね。

侍女

お願いしますっ!!


山幸彦は、桂の木の枝にごろんと器用に寝そべりながら、また誰かが出てくるのを待っていた。

しばらくすると綺麗な着物に身を包んだ、おしとやかそうな女性が出て来た。今度は格好から察するにお姫様だ。きっとワダツミの娘だろう。

山幸彦

つーか、すげぇ美人!!


山幸彦は一瞬で心を奪われた。相手もこちらに気付いたようだ。目が合うと、しばらく2人は見つめ合った。

ホオリ

ていうか、この視線 ・ ・ ・ 完全に脈アリじゃないかっ!!あれ?運命??これ、運命じゃない???


山幸彦が彼女に声を掛けようとすると、先に相手がぼぉっとした様子で口を開いた。

トヨタマヒメ

・ ・ ・ あなたが ・ ・ ・ 口から出した玉が取れない変なイケ様 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

山幸彦

っっ!? ・ ・ ・ う”ぅっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 伝わり方が不本意だけど、辛うじて最後にイケ様がついててよかったよ。

トヨタマヒメ

えっ?あ、ごめんなさい。ふふっ。

山幸彦

はは ・ ・ ・ えっと。もしかしてワダツミ様の娘さん?用があって来たんだけど。

トヨタマヒメ

はい。ワダツミの娘でトヨタマヒメと申します。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ どのようなご用件でしょうか?

山幸彦

そりゃあ、もちろん、君との結婚を許してもらいにっっ!!!!

トヨタマヒメ

まぁ!喜んでご案内しますわっ!!


トヨタマヒメが父のワダツミを呼んでくると、山幸彦は、本来の目的をすっかり忘れ、ワダツミにトヨタマヒメがどれだけ美しいかを熱弁し、彼女を嫁にくれと必死に訴えた。

ワダツミ

って、あなた、ニニギ様の息子のホオリ様じゃないですかっっ!!


ワダツミは山幸彦の正体をすぐに見破ると、大喜びで彼を家に招いた。

そして、高級なアシカの皮の敷物を8枚重ね、その上に絹の白いシーツも8枚重ね、フカフカになった敷物の上に山幸彦を座らせると、目の前に机を100台も並べて、その上にプレゼントやら、豪華な食事やらを置き、早々に結婚の儀まで行ってくれた。

ワダツミ

じゃ、後は若いお2人で☆


ワダツミは満面の笑みを浮かべてそう言うと、山幸彦とトヨタマヒメの2人を残し、家来や付き人を全員連れて、さっさと部屋を出て行ってしまった。

ホオリ

えっ、お2人でって・・・・


あっという間の急展開から、山幸彦がふと我に返ると、ムーディーな照明の中、フカフカのいい感じの敷物の上にトヨタマヒメと2人きりになっていた。

トヨタマヒメ

・・・・っっ!!お父様のバカッッ!!!

山幸彦

いやいや、オオクニヌシ様じゃないんだから、僕、こんな真昼間から発情しないよっ!?

ワダツミ

いえいえ、どうぞっ!!ご遠慮なくっ!!

山幸彦

って、覗いてんじゃねぇよ!エロジジィ!!!


こうして、ワダツミに超ウェルカムモードで迎え入れられた山幸彦は、ちゃっかりこの宮殿に住み込み、トヨタマヒメと新婚生活を送ることとなった。

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