ちゃっかりワダツミの宮殿に住み着いた山幸彦は、トヨタマヒメと幸せな夫婦生活を楽しんでいた。

時間が経つのも忘れ、めちゃめちゃ楽しんだ。

びっくりするくらい楽しんだ。

我を忘れて楽しみまくった。





本当、心から楽しみ過ぎて、気づいたら3年も経っていた。




山幸彦

っっっ!!
んああああああああああぁぁぁぁぁっっっっ ・ ・ ・ !!!!!!

トヨタマヒメ

!?

急に叫びだした山幸彦にトヨタマヒメはビクッと驚いた。

山幸彦

わ・・・忘れてた・・・・


いつも楽しそうにしている山幸彦が、顔面蒼白で部屋の隅で四つん這いになってうなだれている。トヨタマヒメは、声をかけるにかけられず、父のワダツミに彼の様子を報告した。

ワダツミは心配になり、トヨタマヒメと共に山幸彦の部屋に顔を出すと、負のオーラ全開の彼の後ろから声をかけた。

ワダツミ

ホオリさま?どうかなさったんですか??娘とあなたが一緒に暮らしはじめてもう3年になりますけど、こんなヘコんでいる姿を見るのは初めてです。トヨタマも心配していますよ??

山幸彦

あぁ・ ・ ・なんか、心配かけちゃってすみません。。。実は、大事なことを忘れてて ・ ・ ・ ・ ・ ・

ワダツミ

大事なこと??そう言えば、なんで海の国に来たのかも聞いてませんでしたね。

山幸彦

や・・・実は・・・・


山幸彦はそもそも、兄の海幸彦の釣針を探すために海底の神殿まで足を運んだことを2人に話した。

最初は心配そうに耳を傾けていたワダツミとトヨタマヒメだったが、後半は笑いが止まらなくなっていた。

トヨタマヒメ

ふっ、ふふふっ!ホオリ ・ ・ ・ ・ ・ ・ そんな大切なことを3年も忘れるなんて、すごい神経してるわっ!!

山幸彦

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 本当。君のせいだ。全面的に。


山幸彦は子供みたいにいじけてみせた。普段はしっかりしているのに、たまに見せるこういうところが可愛らしい。

ワダツミは話しを聞くとすぐに大小の海の生き物達を集め、海幸彦の針を知らないか聞いてくれた。

すると、案外あっさりと情報を得ることができた。最近、喉に針がつまってしまい、ご飯が食べられなくて困っているという鯛がいたのだ。

ワダツミはタイの喉から針を抜くと清めて山幸彦に渡した。

山幸彦

わぁ、コレだぁー!!まさかこんな早く見つかるなんて!!ありがとうございますっ!!

ワダツミ

それはよかった。

山幸彦

トヨタマ ・ ・ ・ ごめん、僕、兄貴にこれを返しに行かなくちゃ ・ ・ ・ ・ ・ ・

トヨタマヒメ

うぅん、大丈夫。しばらくは遠距離になっちゃうけど、私も後から行くから。

山幸彦

本当っ!?よかったぁー!!そしたら、先に行って待ってるよ。

トヨタマヒメ

うん!

ワダツミ

はぁ・・・お帰りになってしまうんですね。寂しいです。。。では、ホオリさま、お兄様にこの針を返す時は、この言葉を唱えてください。


ワダツミは、山幸彦の耳元で呪文を伝えた。

山幸彦

え ・ ・ ・ ・ ・ ・ 何ですか?このあからさまに怪しい呪文。

ワダツミ

この言葉を唱えて、針を後ろ手に持って渡すのです。そして、田植えのシーズンになったら、お兄様とは離れた土地に田んぼを作ってください。水の加護で、お兄様は3年で貧乏になりますから。あなたを許さなかったお兄様に、ささやかなプレゼントです。


ワダツミは、イタズラっぽく笑った。

山幸彦

はは ・ ・ ・ 兄貴も大人気無かったもんな。

ワダツミ

それと、もしそれで、お兄様に襲われたらこれを使ってください。

山幸彦

これは?

ワダツミ

こちらは、潮満珠。これを使うと、相手の周りに潮が満ちて息ができなくなります。それで、こっちが潮干珠。お兄様が反省したら、これで潮を引いてあげてください。

山幸彦

おぉ〜!何から何までありがとうございますっ!!


ワダツミは山幸彦に2つの玉を渡すと、海の魚たちを呼び寄せた。

ワダツミ

これから、ホオリさまが陸に帰られるのだが、誰か早く送れる子はいないかな。

すると、大きなサメが

ボク、1日で送れますよ!

と名乗りを上げた。
山幸彦はそのサメの背中に乗って陸に帰り、お礼に自分の小刀に紐をつけて首に巻いてあげた。サメは、嬉しそうに飛び跳ねながら海の国へと帰って行った。

山幸彦

サメってもっと怖いと思ってたけど、案外かわいいんだな。


山幸彦が久しぶりの我が家に向かって浜辺を歩いていると、すぐに兄を見つけることができた。あれだけ喧嘩したのに、久しぶりに会えると嬉しくて笑みがこぼれる。

山幸彦

兄貴!!久しぶり ・ ・ ・ 兄貴の針、やっと見つけたんだ!!

海幸彦

山幸彦っっっ!!おまえ、3年間もどこ行ってたんだよ??なんだ。俺が怖くて逃げ出したものかと思ってたよ。


しかし兄の方は相変わらずのふてぶてしい態度だ。

山幸彦

・ ・ ・ ちょっと、海の方にね。はいこれ。

海幸彦

え?俺の針??わざわざ取ってきたのか?ありが ・ ・ ・

山幸彦

あ、ごめん。ちょっと待って。


そう言うと、山幸彦はくるりと後ろを向き、

山幸彦

この針は、ふさぎ針、せっかち針、貧乏針、愚か針。


と呪文を唱え、目も合わせず背を向けたまま後ろ手で海幸彦に針を渡した。

海幸彦

・ ・ ・ ・ ・ ・ 確かに、俺の針だけど。何だよ、今のあからさまに怪しい呪文 ・ ・ ・

山幸彦

別に?


山幸彦はにっこり笑顔を返した。

しかしそれからというもの海幸彦は不幸に見舞われることとなる。

その年、海幸彦が低い土地に田を作ると、土地は干上がってしまった。山幸彦は兄と離れた、高い土地に田を作った。すると、そちらは豊作となった。

翌年はそれを見た海幸彦が高い土地に田を作った。山幸彦には、干上がった低い土地に田を作れと追いやった。すると今度は高い土地が干上がったじゃないか。海幸彦は、その年も作物が取れなかった。しかも、干上がった土地で田植えをした山幸彦は今年も豊作だ。

犯人は簡単。ワダツミだ。海の神であるワダツミは、水を操る力を持っていたので、海幸彦の土地には水を送らず、山幸彦の土地にばかり水を送っていたのだ。

とんだ婿贔屓だ。

3年も経つと、ワダツミに言われた通り海幸彦はドン底の貧乏暮らしになっていた。

海幸彦

・ ・ ・ くそっっ!!何でお前ばっかり!!!!やっぱ、あの呪文、何か意味があったんだろう!!!ふざけんなっ!!!!

ついに我慢できなくなった海幸彦は、十拳の剣を抜きいきなり襲って来た。山幸彦は驚いて、咄嗟にワダツミにもらった潮満珠を目の前に掲げる。

海幸彦

!?

すると、潮満珠から魔法のように水が飛び出し、海幸彦の周りにその水がまとわりついた。陸地だというのに宇宙みたいに海幸彦の入った水がプカプカ浮いている。

息ができなくなってしまった海幸彦はその水中で必死に泳いだが、びしゃびしゃと音が立つだけでどうにもならない。

しかも慌てて体を動かしたもんだから、息はすぐ限界に達し、あっという間に顔が真っ青になってしまった。

山幸彦

兄貴、観念して僕に遣えるんだな!!

海幸彦

ぶくぶふっっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ がふっっ!!!


海幸彦は水の中で必死で何かを訴えている。しかし ・ ・ ・

山幸彦

え? ・ ・ ・ ・ ・ ・ あ、どうしよう。何言ってるかわからない ・ ・ ・ 遣えるってこと??

海幸彦

ぶふっっ、がぶっっっっっ!!!!


彼は白目を向きながら首をぶんぶん縦に振っている。たぶん頷いているのだろう。

山幸彦

よし。わかった。なんとなく。OKってことだよね??

海幸彦

ガフッッ ・ ・ ・ ゴボボボッッッッ ・ ・ ・ ・ ・ ・


海幸彦の方はもう限界を越えている。顔が既に昇天しかかっていた。

山幸彦

じゃあ、今後は、部下として、よろしくお願いします!!!

山幸彦は兄にぺこりと頭を下げると、もうひとつの潮干珠を掲げた。するとまた魔法みたいに玉が一気に水を吸い取った。

海幸彦は立っていられず、その場で四つん這いになった。

海幸彦

ハッッがはっっっ!!けほっっっ ・ ・ ・ けほっっっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ハッッ ・ ・ ・ ハッ ・ ・ ・ はぁ ・ ・ ・ ・ ・ ・

山幸彦

・ ・ ・ ・ ・ ・ 大丈夫?兄貴。

海幸彦

げほっっ ・ ・ ・ はぁ、っ今後は ・ ・ ・ ・ ・ ・ 隼人として、お前に遣えてやるよ ・ ・ ・ ケホッ ・ ・ ・ 俺の子孫もみんなな ・ ・ ・ はぁ ・ ・ ・ ・ ・ ・ くそっ ・ ・ ・ ・ ・ ・

山幸彦

ん?くそ??

海幸彦

いや、なんでもない ・ ・ ・ デス。ケホッッ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ちゃんと遣えます。


隼人とは、九州地方の部族で、今でもその血を受け継ぐ人達が残っている。そして現在でも、海幸彦が山幸彦にやられた時に苦しんだ姿を舞にして伝えている。

しかし、そんな敗北した時の舞を、何千年も律儀に残しているところをみると、海幸彦も無愛想なだけで、めっちゃイイ奴だったんじゃないか。という声が最近、高天原では上がっている。

こうして兄を従えた山幸彦は、日向の国を治めることになった。

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