ポートゲートを出発して数日が経った。


外の景色は四六時中、地平線まで砂ばかり。
たまに遠くに砂嵐が見えたり、
砂漠に生息する小型のモンスターと
遭遇したりする程度だ。

大きなトラブルというものはなく、
旅はすごく順調だった。

なお、船室内には冷房装置がついているので、
過ごすには快適な環境だ。



――で、僕は作業室を用意してもらって、
マイルさんから依頼された
酔い止めを作っている。
旅客の人たちに販売するんだって。


船に積んである商品を
自由に使っていいということなので、
材料に関しては心配がない。

でも僕の作業が追いつかない。
かなりの数のお客さんが
船酔いで参っているらしいから、
作っても作ってもすぐに注文がくる。
 
 

トーヤ

ふぅ~できたぁ~。
これで今回の依頼分の
半分が終わったかな。

カレン

お疲れ様! 少し休みなさいよ。
トーヤが倒れちゃうわ。

 
カレンは僕に歩み寄ってきて、
肩を軽く揉んでくる。
最初はちょっとくすぐったいけど、
少し経って慣れるとすごく気持ちいい。


彼女には材料の用意とか
薬の瓶詰めなどの作業を手伝ってもらっている。



ちなみにセーラさんは船酔いにやられて
船室のベッドに横になっている。

もちろん、酔い止めを飲んでいるけど、
効果には限界があるからね……。
 
 

トーヤ

そうだね、
少し休憩させてもらうよ。
集中力が落ちると調薬の成功率が
どうしても下がっちゃうし。

カレン

お茶とお菓子をもらってきて
あげましょうか?

トーヤ

うーん、そうだなぁ……。

 
その時、部屋のドアがノックされ、
ドアが開いた。
そして部屋にはクロードさんが入ってくる。

彼はトレーを持っていて、
その上にはティーポットやカップなどが
載せられている。
 
 

クロード

トーヤ様、調子はいかがですか?

トーヤ

はい、順調です。
でも依頼されている量を作るには
もうしばらくかかると思います。

クロード

決して無理は
なさらないでくださいね?
トーヤ様が過労で倒れてしまったら
大変ですから。

トーヤ

お気遣いありがとうございます。

カレン

っ!

クロード

紅茶とクッキーをお持ちしました。
茶葉は最高級のヒッルム、
クッキーは王都の老舗である
トイトイ屋のものです。

トーヤ

ホントですかっ!?
ヒッルムってすごく貴重で
香りが最高なんですよねっ!

 
ヒッルム産の茶葉はブランドになっていて、
栽培や加工に高度な技術がいるから
流通量が少ない。

しかも香りだけなら最高級品種の『覇王』より
上だって評価する人もいるくらいだ。
 
 

クロード

さすがトーヤ様ですっ!
よくご存じですねっ♪

クロード

私は一番美味しい淹れ方も
マスターしております。
ぜひご堪能ください。

トーヤ

うわぁっ、嬉しいなぁっ!

クロード

ふふっ♪

トーヤ

それとトイトイ屋って
王都でも超一流の名店ですよね?

トーヤ

いただきものでしたけど、
何度かあのお店のお菓子を
食べたことあります。
美味しかったなぁ。

クロード

ご用意したクッキーは
紅茶と一番相性のいいものを
チョイスしました。
好きなだけお召し上がりください。

トーヤ

ありがとうございますっ!

クロード

いえ、頑張っていただいている
トーヤ様のためですからっ♪

カレン

……あのぉ?

クロード

あ、カレン様も
よろしければどうぞ。

カレン

……ありがとうございます。

 
カレンは仏頂面で素っ気ない感じだった。


どうしちゃったんだろう?
少し前まですごく機嫌良さそうだったのに。



その後、クロードさんは紅茶を入れてくれた。

部屋の中には芳醇な紅茶の香りが広がり、
吸い込むと精神が落ち着いていく。
 
 

 
 
 

クロード

さぁ、どうぞ。

トーヤ

クロードさんも一緒に
お茶しましょうよ。
僕が淹れてあげますっ!

クロード

は、はいっ!
恐縮です、トーヤ様っ!

カレン

っっっ……。

 
僕だって紅茶の淹れ方には
ちょっぴり自信がある。

薬草師としての知識や技術を
駆使してということはもちろんだけど、
お茶は僕の趣味でもあるから。


こうして僕はクロードさんに
紅茶を淹れてあげた。
そして3人揃ってお茶をいただくことにする。
 
 

トーヤ

じゃ、いただきま~すっ!

トーヤ

まずは紅茶から。

 
僕はクロードさんの入れてくれたお茶を
一口啜った。

すると淀みのない香りが鼻に抜け、
舌の上にはなんともいえないうま味が広がる。


最高だ、このお茶……。
 
 

クロード

いかかですか?

トーヤ

おいしいですっ!
やっぱりヒッルムは最高ですね!
もちろんクロードさんの淹れ方も
素晴らしいです。

クロード

あっ♪

トーヤ

……そうか、この香り。
女王様のブレンド茶には
ヒッルムも入ってるな、きっと。

クロード

えっ? トーヤ様は
ミューリエ女王様と
お知り合いなのですかっ?

トーヤ

あ、はい。
僕は王城で薬草師をしていたので。
女王様もお茶が趣味なんですよ。

クロード

左様でしたかっ!

カレン

すみません、クロードさん!

 
不意にカレンは眉を吊り上げながら
クロードさんに声を掛けた。

口を尖らせ、彼を睨み付けている。


するとクロードさんはキョトンとしながら
カレンへ視線を向ける。
 
 

クロード

はい? どうなさいましたか、
カレン様?

カレン

ちょっとトーヤに対して
馴れ馴れしくないですか?

クロード

……っ?

トーヤ

カレン、僕は別に――

カレン

トーヤは少し黙ってて!

トーヤ

は、はぃ……。

 
カレンの迫力と怒気混じりの声に押され、
僕は大人しく引き下がって体を縮ませた。

睨まれた瞬間に
背筋が寒く感じたような気も……。


それに対してクロードさんは
全く動じることなく、
落ち着いた様子で首を傾げた。
 
 

クロード

私、そんなに
馴れ馴れしかったでしょうか?

カレン

えぇ、かなり。

クロード

それは失礼いたしました。
以後、気をつけます。

カレン

お願いします。

クロード

ちなみにお訊ねしたいのですが、
カレン様はトーヤ様と
特別なご関係なのですか?

カレン

はぁっ!?

カレン

べ、別にそんなんじゃ
ありませんけど。

クロード

そうですか。
でしたらトーヤ様はまだ
誰のものでもないと
いうことですよね?

カレン

そ、そうだけど……。

クロード

ですよねっ?

カレン

…………。

 
なんか2人の間に火花みたいなものが
散っているような気が……。

なんなの、この一触即発みたいな感じ。



それから少しの間が空いたあと、
クロードさんは僕を見つめながら
ニコッと微笑んだ。
 
 

クロード

そろそろマイル様と
打ち合わせをする時間ですので、
私は失礼させていただきます。

トーヤ

あ、そうなんですか。
それは残念です。

クロード

トーヤ様、
いずれまたゆっくりと
お茶の話でもしましょう。

トーヤ

はいっ、ぜひっ!

クロード

そのお茶とお菓子は
おふたりでお楽しみくださいませ。
それでは失礼いたします。

 
クロードさんは深々と頭を下げると、
船室を出ていった。

そのあと僕は視線をカレンに向けて声を掛ける。
 
 

トーヤ

クロードさん、いい人だね。

カレン

どこがよっ?

トーヤ

っ?
どうしたの、カレン?
さっきから機嫌悪そうだけど?

カレン

気のせいよ!

 
それっきりカレンはそっぽを向いて、
話しかけてもあまり応えてくれなかった。
そしてその状態は翌日まで続いたのだった。



これって機嫌が悪かったってことだよね?
お茶とお菓子の美味しさに
はしゃぎすぎたってことなのかな?

これからは気をつけよう……。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

pagetop